杜預   賤しき出自の人 

しんの名将筆頭の一人と言えば、杜預とよだろう。

馬も弓もからっきしなのに軍績を上げ、

あの羊祜ようこから、後継者としての

指名を受けてもいるのだ。


っが、とにかく名士たちにとっては、

その出自が気にくわなかったらしい。


例えば、杜預が荊州けいしゅうに赴任する時。

人々が七里橋しちりきょうに集まって

送別の宴を開いた。


さて、楊済ようさいって人がいた。

恵帝けいていの義理の叔父に当たる、ド級名士。

こんな宴席になんか参加したくもない。

顔こそ出したが、すぐに立ち去った。


そのすぐ後に和嶠わきょうさんが来た。


「楊済はおらんのか?」


「来ましたけど、

 すぐどっか行っちゃいましたよ」


「……どうせ大夏門の辺りで

 馬技に勤しんでいるのだろうな。

 いつものパターンだ」


楊済の行動は、和嶠の想像通り。

和嶠、たちまち楊済をふんづかまえ、

車の中に放り込む。


そして宴席に戻り、

席につかせるのだった。



杜預が鎮南將軍ちんなんしょうぐんの官位を拝領した時も

似たようなことがあった。


その祝賀の宴に、多くの人々が集まる。

そして一つの長椅子に、

皆して腰かけていた。


その中には裴楷はいかい

鍾会しょうかいからその才能の称賛を受けた、

あの裴楷もいた。


そこに、羊琇ようしゅうと言う人がやってくる。

あの羊祜の親戚。

つまり親族であるにもかかわらず、

羊祜の仕事を継承できなかった人だ。


杜預が多くの名士たちとともに、

一つの椅子に腰掛けている。

もうなんか、それだけで気に食わない。


「おいおい、杜預殿まで一緒に

 腰掛けておられるではないかよ!

 勘弁してくれたまえ!」


そう言って立ち去る羊琇。

杜預としては追いたいところであったが、

何せ主賓だ。動けない。


なので裴楷に連れ戻してくれるよう頼んだ。

なので裴楷、馬に乗り、

既に遠くに去ってしまった羊琇を追う。


そして説得し、

羊琇を連れ帰ってくるのだった。




杜預之荊州,頓七里橋,朝士悉祖。預少賤,好豪俠,不為物所許。楊濟既名氏,雄俊不堪,不坐而去。須臾,和長輿來,問:「楊右衛何在?」客曰:「向來,不坐而去。」長輿曰:「必大夏門下盤馬。」往大夏門,果大閱騎。長輿抱內車,共載歸,坐如初。

杜預の荊州に之けるに、七里橋に頓じ、朝士は悉く祖す。預は少きには賤しく、豪俠を好み、物の許す所には為さざる。楊濟は既にして名氏の雄俊なれば堪えず、坐さずして去る。須臾にして、和長輿が來たりて問うらく:「楊右衛は何こに在りや?」と。客は曰く:「向に來たれるも、坐さずして去る」と。長輿は曰く:「必ずや大夏門の下にて馬を盤せん」と。大夏門に往けば、果たして大いに騎せるを閱ゆ。長輿は抱えて車に內せしめ、共に載りて歸り、初の如く坐さしむ。

(方正12)


杜預拜鎮南將軍,朝士悉至,皆在連榻坐。時亦有裴叔則。羊稚舒後至,曰:「杜元凱乃復連榻坐客!」不坐便去。杜請裴追之,羊去數里住馬,既而俱還杜許。

杜預の鎮南將軍を拜せるに、朝士は悉く至りて、皆な榻坐に連なりて在り。時にして亦た裴叔則有り。羊稚舒は後に至らば、曰く:「杜元凱、乃ち復た榻坐の客とて連ならんか!」と。坐さず便ち去る。杜は裴に請うて之を追わしめ、羊の去りたる數里を馬にて住き、既にして俱に杜が許に還る。

(方正13)




杜預

晋のトップ名将の一人。呉の平定に多大な功があった。あんま詳しく調べてないし世説新語でもこの二箇所にしか出て来ないけど、掘るときっと面白いんだろうな、とは思う。


楊済

弘農こうのう楊氏と言う、ド級名族。ただ本人は結局「名家の係累」でしかないのですよね。いくら杜預を嫌っていたとしても、晋における重要な任務を負う人間(荊州赴任という事は、下手すればまさしく征呉任務ですよ)に対するねぎらいを嫌うってのはどーよと和嶠さんにぶっちめられてる感じですな。つーかこのエピソードはむしろ和嶠さんの物理的剛腕ぶりが笑える。「抱」て。


羊琇

羊祜のいとこ。鍾会とも縁があったという事なので、裴楷ともいろんな縁があったんだろう。泰山たいざん羊氏も弘農楊氏と同じく外戚だからなあ。血縁縁故で皇室に連なってる人たちとしちゃ、杜預って目障りで仕方なかったんでしょうね。

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