曹操18 甄氏をめぐる話 

魏の文帝、曹丕そうひの皇后、けん氏。

ナイスバディで、めっちゃ美人。

元々は袁紹えんしょうの息子袁熙えんきの妻として、

ものすごく愛されてた。


さて人妻ハンター曹操そうそうのセンサーは、

当然甄氏もロックオン。

袁熙が守る町、鄴を落とすと、

まず甄氏を連れて来いと命じた。


そしたら側仕えが言う。


「あ、……ええと、もう、

 曹丕様が連れ去っちゃいました」


「ファッ!?」


 曹操、地団駄踏みながら言う。


「何だよ、あいつのための戦いに

 なっちまったじゃねえか!」



そんな甄氏、曹丕との間に子をなしている。

曹叡そうえい、そう、のちの明帝だ。


甄氏自身は後日曹丕から死を

賜ってしまっているのだが、

その母は健在でいた。


そこで明帝さま、祖母のために

邸宅を建ててやることにした。


邸宅が完成すると、その出来栄えを、

ご自身で視察。


「この館には、

 どんな名が相応しいと思う?」


明帝さまがそう周りの者に聞くと、

繆襲きょうしゅう、という人が進み出て、言った。


「陛下のおぼしめしは過去の

 至徳なる諸王にも引けを取りません。


 またその親を思うお気持ちは、

 孔子こうしの高弟、孝悌をもって知られた

 曾参そうさん閔子騫びんしけんにも勝りましょう。


 そんな陛下の、母親一族への思いが

 高じて建った、この館。

 ならば『渭陽いよう』、とすべきでしょう」




魏甄后惠而有色,先為袁熙妻,甚獲寵。曹公之屠鄴也,令疾召甄,左右白:「五官中郎已將去。」公曰:「今年破賊正為奴。」

魏の甄后は惠にして色有り、先には袁熙の妻と為り、甚だ寵を獲たり。曹公の鄴を屠るや、疾く甄を召さんとなさしむれば、左右は白すらく:「五官中郎は已にして將れ去れり」と。公は曰く:「今年の賊を破りたるは正に奴の為となれらんか!」と。

(惑溺1)


魏明帝為外祖母築館於甄氏。既成,自行視,謂左右曰:「館當以何為名?」侍中繆襲曰:「陛下聖思齊於哲王;罔極過於曾、閔。此館之興,情鍾舅氏,宜以『渭陽』為名。」

魏の明帝は外祖母が為に甄氏に館を築く。既にして成らば、自ら行きて視、左右に謂いて曰く:「館にては當に以て何ぞの名を為すべきか?」と。侍中の繆襲は曰く:「陛下が聖思は哲王に齊し。罔極なるは曾、閔に過ぐ。此の館の興りたるは、舅氏への情鍾ならば、宜しく以て『渭陽』を名と為すべし」と。

(言語13)




甄氏

伝統的な読みだと「しん」氏ですが、世説新語の他のエピソードと歩調を合わせたいため、音読みでルビを振っています。その、このエピソードで曹操と曹丕に取り合われてるわ、後々は曹丕と曹植の不和のネタにされるわ、まぁ散々な人ですね。びじんはたいへんだー。



渭陽


詩経しきょう秦風しんふうに載せられている歌。

作者はしん康公こうこう、秦の国力拡充に

資した名君の一人だそうである。


その本編は短く、


我送舅氏 曰至渭陽

何以贈之 路車乘黃

 叔父を送り 渭水の北に至る

 何を送別の品としようか

 黄毛の馬に、車を引かせよう


我送舅氏 悠悠我思

何以贈之 瓊瑰玉佩

 叔父を送るに 思いは尽きぬ

 何を送別の品としようか

 宝玉の帯飾りが良いか


でおしまい。


「なんで母親を思う、でこの詩やねん」

までが異様に遠い。いつものやつである。


秦の康公の母親は、しん文公ぶんこうの姉。

即位前の文公が政変に巻き込まれて

流浪の旅に出ていた時のこと、

政変の結果ぐちゃぐちゃになっていた

晋を立て直すため、文公は秦の後ろ盾を得て

晋入りすることになった。


康公と文公が出会ったとき、

既に康公の母親はなくなっていた。

その母の面影が、

文公にはくっきりと残っていた。


故に康公、

晋に出向かんとする文公の背中に、

母への思いを託した、そうである。


やっべえなこれ、

世説新語中で見てきた典拠ごっこの中でも、

いっちゃん遠い感じがある。

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