近藤さんと放課後の喧嘩。

 いつも通りに脅される昼休み、突然僕の前に現れた近藤さん。

 唯一の希望だと、そう信じていた―――――。

 だが、僕は近藤さんを相手にまともに喋る事もできず、意味不明な「シャットダウン」で逃げられた。


 ずっとこの状態が続くのだろうか―――――。


――――――――――


 翌日。


 放課後、トイレの近くで喧嘩が起きたらしい。

 喧嘩した2人はもともと関係が悪く、いつ衝突してもおかしくないとされていたが、「第三者が割って入っても無意味」という事で議論はされず、無視されていた。


 僕がその現場に向かうと―――――。


「近藤さん! なんでいきなり蹴ろうとするの!? 危ないでしょ!?」

「もともと噂になってたんだよ? 藤岡さんが他人に暴力振るってるって」

「そんなの……私を陥れるためのでっち上げに決まってる!」

 ああ、近藤さんだ。

 口論になっている紫の少しカールのかかったロングヘアの女子が藤岡さんだろうか。


「まーた近藤が何かやってるよ……」

「あいつは正義感が強すぎるからな……」

「やめとけ藤岡ー! そいつはお前に勝てる相手じゃないぞー!」

 見守っている男子からは、ヤジに近い声や陰口も聞こえてくる。


「ありゃー……。 そういうの、良くないよー?」

「うすら汚い鳥の頭を持った人型の怪物の口なんか……この手で塞いでやる!」

 おそらく藤岡さんの噂を聞いた近藤さんが、「制裁」しようとしたのかもしれない。

 しかし、その一環で後遺症も残り得るような暴力は如何なものなのか?

 そもそも暴力の噂は本当なのか?

 それは私刑にならないのか?

 複雑な思考をした末に、僕は―――――見守ることにした。

 触らぬ神になんとやら。

 このような事象には、直接触れない方が身のためだろう。


 とにかく、近藤さんが喧嘩に強いというのは周知の事実だ。

 藤岡さんに勝算の見込みは無いはず。


 殴りかかろうとする彼女だが、近藤さんは避けようとしない。

 むしろ受け止める体制だ。


 最初は藤岡さんによる右手のグーパンチ、狙いは近藤さんの頚椎―――――。

 下手をすれば呼吸器官に影響の出る部分。

 しかし、これがそのまま当たる。


 大丈夫なのかと思いきや、何事もなかったかのように立ち尽くしていた。

「大丈夫だ」と解釈していいだろう。

「甘いね」

「はあ!? 何を強がり―――――」

「とりあえずさぁ……『殴る』って、こういう事だから」

「ぐっ!?」

 近藤さんのパンチは、まるで先程受けたパンチの力を吸収してそれを分散させているかのような、強力な左ストレート―――――。

 後方の男子トイレの洗面器へと吹っ飛ばされていく藤岡さん。

 繰り出す姿勢、入れている力、振り抜く度胸。

 全てにおいて、先程のパンチとは次元が違う。


 この差はまるで、痩せこけた男性一人とわんぱく相撲で好成績を収めた子供数人の綱引きを見ているかのようだった―――――。

「うーん、さすがにやり過ぎたかな……? まあ、いいか」


 後頭部からは微量の血も出ているが、近藤さんは殴り合いが終わると判断すると一気に態度を変え―――――。

「さっきはごめん。 今度……私と格闘技の練習でもしない?」

 藤岡さんの目の前へと歩き、右手を差し伸べた。

「……はあ? いきなり一体何を―――――」

 これを拒絶しようと左の手のひらで右手を叩こうとするが、その左手をしっかりと掴む彼女。

 何をするかと思ったら、その直後―――――。

 掴んだ手を、一気に自らの頭と同じくらいに上げた。

 藤岡さんを無理矢理立ち上がらせようとしたのだろうか。

 それにしても、なんという握力とメンタルの持ち主だ。


「……とにかく、次からは気を付けよっか? 私もこんな事はしないから」

 この悪びれることのない姿勢。

 藤岡さんは一度舌を打つが、最後には彼女から目を背けながらも―――――。

「……ええ」

『二度としない』と約束した。


 近藤さんは掴んでいた左手を離し、トイレから去っていく。


「斜め上を……行っている……!」

「あれ、工藤? 見てたんだ」

 その際に、彼女が僕に気付いた。

 まだ覚えていたようだ。

「おっ、おい、いくらあれは……」

「藤岡さんの事?」

「そうそうそうそうそうそう。 なんでもあれは強すぎるだろ?」

 何を指しているかを当てられた僕は、首をやや強く上下する。

「そんな事は分かってるよ。 でも問題事が減らせるというなら、たまにはこういうのも……ね?」


 強すぎる正義感と握力、そして他人との喧嘩。

 今日は良い意味でも悪い意味でも、僕は近藤さんの凄さを思い知らされた気がする。

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