かっこかわいい近藤さん。

TNネイント

近藤さんとのファーストコンタクト。

 ある日の昼下がり、学校の隅―――――。

 僕は、数人に囲まれていた。

「おい、工藤! 偉そうな事言って逃げてんじゃねえよ!」

「何様のつもりだ、ボケ!」

 浴びせられる罵詈雑言ばりぞうごん

「黙れ、死ね! ウンコ!」

「それしか罵倒のバリエーションがねえのか!」

 言い返してやったが、右手で殴られてしまった。

 僕の貧相な語彙ごいでは、口でも彼らを相手にして勝つ事などできない―――――。


 そんな僕の名前は「工藤くどうたくみ」。

 この世に数人くらいはいそうなタイプの高校生だ。

 だが、登校する先での僕は、学内有数と言っても過言ではないほどに嫌われている。

 その原因は―――――何度も言われているので、自分でも分かっている。

「言動」だ。

 以前僕と隣の席にいた同級生の話では「自分の事を客観的に見る事が全くできていなくて」、「話は小学生レベルの下ネタと嘘ばかりで面白くなくて」、「そのくせ他人の不幸は誰よりも声を大きくして笑うような奴」らしい。

 思ったことをそのまま言う、でもたまに毒を吐く―――――僕はそのつもりでいたが、他人にここまで言われるようでは、受け止める以外にない。

 だが、言い方自体は自由だ。

 僕がこの態度をやめる事は、この学校における生徒の自由が、また一つ否定されるのと同義だと思っている。

 やめるわけにはいかない。


「痛いな! 何をするんだ、ウンコが!」

 そんな僕は、今日も酷い目に遭っている。

 しかし、これにもどういうわけか慣れが来て、「当たり前」とも思うようになっていた。

 前には学校の裏サイトに殺害予告が書き込まれ、家に警察が来た事もあった。

 だが、今日は違う。

 何者かが、ここに迫ってきていた―――――。


 争っている所へと全力で走ってきていたのは、茶色の長い髪の編み込み、白のタイツ、健康的な体の一人の女子。

「おい、後ろを見ろ!」

「後ろ?」

「まずい、ヤツだ! ぶっ飛ばされるぞ!」

 間違いない。

 この高校、及びその近隣では、喧嘩に手を突っ込んだ事のある同世代であれば、誰もがその名を聞いて震え上がるあの女―――――。

「近藤」だ。


「喝だぁあああああっ!!」

 数人が振り向いた頃には既に手遅れ、近藤は集団のリーダーに見えるような男の顔面に右足の飛び膝蹴りを食らわせた。

 男は呻き声を上げて吹き飛ばされていく―――――。

「やべえぞ、おい!」

近藤かよ……逃げるぞ!」

 あれだけ僕には罵詈雑言を浴びせてきた男達が、飛び蹴り一つで逃げていった。

 この時、僕は感じた。

 近藤さんこそが、唯一の希望であると―――――。


「助かったぞ。 お前がいなかったらどうなっていた事か……」

 僕にはこちらに向かって歩いてくる彼女から、まるで仏か何かが地上に降りてきたかのような後光が差している様にも見えていた。

「私も、力になれて嬉しいよ。 でも……一度だけだから、ね?」

 頬をわずかに紅く染め、囁くように言ったこの言葉が、僕の心に突き刺さった。


 しかし、僕の中の言葉ではそれを表す事はできない。

 大人しく顔を上下させるのみだった。


 この出来事が、僕と近藤さんの初めての出会いにもなった。



――――――――――



 だが、その後。

 僕はほとんどの時間を一人で過ごす一方、近藤さんは友人に恵まれた学園生活を楽しんでいた。


 そんなある日の昼休み中に、廊下を歩いていると―――――。

「あれ……知ってる?」

「うん。 工藤って、あれだよね?」

「ちゃんと覚えてるんだー……」

 2人ほどの女子といる近藤さんを発見した。

 横にいるのは―――――友人の中の2人だ。

 黒い髪を束ねている奴と、灰色のショートカットの奴。

 名前はそれぞれ「高藤」と「藤江」だったか。

 こちらのことを右手で指差してくる。


 歩み寄って、話しかけてやるか。

「うわっ、逃げないと!」

「大丈夫? 暴れたりしないよね……?」

 この2人のうち藤江は逃げ出し、高藤は近藤さんの後ろに回った。

 僕は害虫か何かか?

「あっ、やっぱり工藤だったんだ。 で、何か言いたい事でもあるの?」

「いや……あっ、えっ、やっぱりその……えー……」

 彼女の反応を見て慌てる僕。

「……うん? 話は?」

 首を傾げながら見守ってはいるが―――――。

 硬直してしまった。


「……あれ? おーい、処理落ちー? それともどこか壊れたー?」

 僕を使えないコンピューターに例えるのはやめろ。

 でも、必死に僕の目に向かって手を振ってくる様は、僕には可愛らしく見えた。


 しかし、再起動処理にはかなりの時間が掛かってしまっている。

 しばらくこの状況が続くと―――――。

「あぁー……ごめん! 今日はこの辺でシャットダウンするから!」

「あっ、待って!」

 だから僕はコンピューターじゃない。

 そもそも「シャットダウン」はそういう意味じゃない。


「おい、待て! 話が―――――」

 結局、そのまま近藤さんと高藤は去っていった。

 伝えたい事を伝えられずに終わるような、僕の話を聞く耳は、きっと持ってはいないだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る