第99話 さようならはじめまして

 リリィが尋ねてくる。


「これで、お兄ちゃんは過去に戻ることができるけど、どうする? 直ぐに戻る?」


「いや、皆に一言、言いたいんだ。待っててくれ」


 そう、問い返した。

 まずは、エリナさんの下に。


「エリナさん。短い間ですがお世話になりました。ありがとうございます」


「いいえ、聖戦士様のお役に立てて幸栄です」


 そう言って、エリナさんは一歩下がった。

 次に、アレンの下に向かう。


「アレン。私は、アレンに助けられていなかったら、今は無かった。今まで、本当に、本当にありがとう!」


「良いって事よ。だって、親友ダチだろ?」


 アレンは背を向いて、手を上げた。そうだな。アレンはそういう奴だったな。

 恥ずかしがりやで、寂しがりやだ。こんな湿っぽい別れは彼に合わないだろう。


 そして、エリカの下へ。


「エリカ……」


「アラン……。いえ、和人さん」


 和人!? なんで過去の私の名前を知っているんだ!?


「私達のご先祖様は記憶と名前を受け継いできました。和人さんの為に」


「私の為に……?」


「私はエリカ。いえ、貴方の妻の絵里香ですよ。和人さん」


 そんな。まさか! そんな事の為に、エリカ達は記憶と名前を受け継いできていたのか?


「まぁ、名前については気づいて貰えなかったけどね」


「それは、ごめん」


 エリカがふいに胸に飛び込んで来た。

 それを受け止める。

 そして、エリカは顔を上げて瞳を潤ませて言った。


「私達ご先祖様は、和人さんに伝えたいことがあって生きてきたの」


「それは一体?」


「『いつも、いつまでも貴方の事を、愛しています』って」


「そうか。……ぞうか」


 エリカは瞳から涙を零している。

 そして、私も涙が零れるのを止める事が出来なかった。

 胸に温かい気持ちが広がってくる。嬉しくて、そして、そうさせてしまった申し訳なさが襲ってくる。



「ありがとう。絵里香。本当に、ありがとう!」


「良いのよ。和人さん」


 エリカは泣きながら笑った。

 私もそれに笑顔で返す。


 そして、体を離した。

 そこにリリィがやってくる。


「お兄ちゃん。お兄ちゃんには、これから大きな試練が待ち受けている。本当にごめんなさい」


「そんな事ないさ。私にどれだけの事が出来るか分からないけど、頑張ってみる」


「そう……。お兄ちゃん。私は、リリィはあなたに会えて幸せだったよ」


「私も、リリィがいて幸せだった。リリィがいたからここまで来れたんだ。ありがとう」


 リリィを抱きしめる。

 リリィは何度も「ごめんなさい。ごめんなさい」と呟いた。



 思えば、長い戦いだった。アレンに拾われて、ギルド長に弟子入りした。

 サバイバルもしたし、エリカの覚醒の為に、死に物狂いで戦った。

 ジャック達と猟の仕事もしたな。

 そして、リリィと出会って、龍を退治したり、王子の腕を斬ったり。

 それから、遺跡の調査をして、今に至る。

 それも全て、妻の下に帰る為だ。

 ああ、そうだよ。絵里香の下に帰るんだ。


「じゃあ、リリィ。俺を時空魔法で過去に返してくれ」


「分かりました。お兄ちゃん……。頑張って」


「うん。頑張るよ」


 皆の顔を一瞥する。そして一言。


「みんな。ありがとう。それと、――さようなら」


「バイバイ。お兄ちゃん」


「さようなら。和人さん」


「じゃあな。アラン」


「聖戦士様。お気をつけて」


その声と共に体に魔法陣が展開されて、直ぐに意識を失った。







 目が覚めると、どこかの部屋にいた。

 今の西暦を確認する。


 「西暦二千〇八年」


 ということは、大学生か。私が事故に会った時から十年も前だ。

 余りにも戻り過ぎじゃないだろうか。

 また、大学生からやり直さないとなのか。

 リリィは言ってたな。聖戦士として、西暦二千五十年の世界大戦を食い止めるんだって。

 はたして、そんな事が出来る。器なのだろうか。

 それは、私には分からない。

 だけど、全力で国を動かす事が出来る仕事になろうと覚悟した。

 それが、俺がしないといけない事だ。



 そこに、インターホンが鳴った。

 誰だろうか。日付を確認する。

 三月の第三週。

 ああ、そうか。そういえばそうだったな。忘れていたよ。

 今日はそういう日だった。


 私はベッドから立ち上がり、ゆっくりとドアに近づいて行った。

 そして、ドアを開ける。


「あの! こんにちは、初めまして! 隣に引っ越してきた山田絵里香って言います」


「はい。こんにちは。私は、鈴木和人です――」


 そうさ。私達はこの日に出会った。

 また、これから二人でやり直して行こう。

 ゆっくりと、ゆっくりとね。

 

 さようなら。別れは誰にでもある。

 でも、それと同じくらい、はじめましても人にはあるんだ。


 やり直そう。そして、星を救う為に頑張るんだ。

 聖戦士だからね

 まずは、そう。


「――はじめまして」

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さようなら はじめまして 鈴木 淳 @purini-

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