第64話 自由23

「それでは、落札者。ええと、お名前を伺っても宜しいですか?」


「アランだ」


「では、ハイエルフの少女をアランさんが300,000コルで落札しました! お金を頂いても?」


司会の男が木槌を叩く音が静まり返っていたオークション会場に鳴り響いた。


「ああ、分かった」


そう言って、小袋の中身の金貨を相手の手の中にばら撒く。


「確かに確認しました。ありがとうございます!」


ヘンリー王子の勝利を誰もが確信していた所に、軽やかに現れて逆転したその余りにも絵物語のような逆転劇に大きな歓声が沸いた。

この鮮やかな逆転劇に、貴族も商人も一般市民も全ての人が痛快さにわだかまりを忘れ、大きな歓声と供に拍手が巻き起こる。


「リリィ! ああ、リリィ!」


「おにいぢゃん! おにいぢゃん!」


ああ、リリィだ。この手の中にリリィがいる。

龍を倒すという無謀とも言える死地に飛び込み、そして、死を覚悟しながらも倒した。


そして、今、求めていた家族が腕の中にいる。

良かった。本当に良かった。




「なんだ……なんだこの茶番はああああああああああああああああああ!」


その声にオークション会場が一斉に静まり返る。

声の主のヘンリー王子は怒りを堪えられない様子で荒れ狂っている。


「王族の邪魔をし、俺の奴隷を横から掻っ攫うだと!? お前、絶対に許さないぞ。絶対に殺してやる! おい、護衛共! あいつを殺せ!」


ヘンリー王子の下にいた4人の護衛であろう兵士が立ち上がりこちらに向かって来る。


「ねぇ、そこのお兄さん」


「へ? お、俺ですかい?」


「この町には腕の良い上級治療術師はいるのかい?」


「あ、ああ。いるけど」


「そうか。ありがと」


「おい! 王子さんよ! あんたはこの国じゃ偉いのかもしれないけどな。冒険者にはその肩書も権力も地位も関係ない! 冒険者は自由だ。歯向かって来るなら掛かって来い! どうやら良い治療術師はいるらしいからな。腕の1本や2本覚悟してもらうぞ!」


リリィを背に居合の構えで敵を待つ。

護衛の兵士がオークション会場を人の波をかき分けながら、やってくる。

そして、一人ずつやってくる敵に向けて抜刀。

腕を斬り飛ばす。


「ギャアアアア!」


続いてやってくる護衛にも居合の構えで抜刀して腕を斬り飛ばした。


「ぐわあああああ!」


その様子に残りの2人の兵士は怖気づいてしまって、近づいてこない。


リリィの手を引いてヘンリー王子の下に向かう。

その途中で2人の兵士と相対すが、


「腕を斬り飛ばされたくなかったらどけ」


と言うと、腰を抜かしてその場に尻もちをついた。


「やぁ、イケメン王子のヘンリー様。今はどんな気持ちだ?」


ヘンリー王子はまさか護衛がやられるとは思っていなかったのか。

空いた口が塞がらない様子だった。


「き、貴様! 俺に手を出したらこの国で生きていけると思うなよ! 俺は王族。王位継承権第三位のヘンリーだぞ! 俺になにかあったらお前一人なんてボロクズのように殺されるぞ!」


「知らないね。俺は冒険者だ」


そう言って、剣を抜刀。ヘンリー王子の右腕を斬り飛ばした。

空中で宙を舞って、右腕が地面に落ちる。


「ギャアアアアアアアアアアアアア! 腕が! 腕があああああああああああ!」


ヘンリー王子が腕を斬られた事にオークション会場も騒然となる。

悲鳴と騒ぎ声が混じって会場は大混乱になっていた。


その時、オークション会場の入り口が開かれる。


「何事だ! 貴様らその場で動くな!」


この混乱に気づいて衛兵が来たのか!?

ヤバイ! 逃げなくては!


「ここだーーーーーーーこいつを殺せーーーーーー!」


ヘンリー王子は腕を斬り飛ばされてもなお、憎悪の目線を私に投げかけて必死に叫んでいる。


「逃げるぞ。リリィ!」


リリィの手を取って衛兵が入ってきたところとは違う入り口に向かう。

オークション会場を出る。


この場所は貴族街の、城に近い所にある。

いつもは歌劇場として使われている場所だ。場所は北西。

ここから逃げ出すとなれば、西門が一番近い。時点で南門か。


だが、衛兵が騒ぎに駆け付ける事態だ。

もしかしたら、門も厳重な審査をしているかもしれない。


時間を掛けたらこっちが不利。


でも、どこに逃げれば良いか。


「アランさん! こちらへ着いてきてください」


声を掛けてきた方向を見ると、恐らくキースさんの使用人の一人がいた。

その人は後ろを気にしながらも迷わずに進んでいく。


大人の足に、リリィが着いてくるのは厳しいか。


「ちょっと、悪いね」


「ひゃっ」


リリィをお姫様抱っこして、使用人の人について行く。


「ちょっと揺れるけど勘弁してね。お姫様」


「ううん。大丈夫だよ。騎士様」


リリィはうっとりとした顔でこちらを見ている。

よし、行くか。


使用人の人は西門を弧を描くように通り抜けると、南西の貧民街の方向に走っていく。

その間も衛兵はかなり遠くにだが、追いかけてきているのがわかった。


そして、使用人の人が1軒の家に入る。

なんだ? そこに隠れるのか?

本当に大丈夫なのだろうか。


でも、追っては大分遠くまで撒いた。

これなら、隠れても大丈夫だろうか。


私達もその家の扉を蹴飛ばして豪快に中に入る。


「おお、お待ちしてましたよ。アランさん」


なんと、そこで待っていたのはキースさんだった。


「え、キースさんですか!? 一体なぜここに?」


「それは後にしましょう。とりあえずは、私の商店に戻りましょう」


何を言っているんだろうか。

キースさんの商店は十字路の少し北に行った所にある場所だ。

今の場所は南西の一軒家。

明らかに場所が違う。


「一体、どういう意味ですか?」


「それは、これを見れば納得してくれるかと」


使用人の人が、地面に広げられたカーペットを捲ると、扉が現れる。

そして、その扉を開けると、中は階段になっていた。


「隠し階段です。ささ、これを使えば商店に戻れるので直ぐに向かいましょう」


「は、はい」


リリィを下ろして階段を下っていく。

中は薄暗い。使用人の人が先導をしてランタンを持って歩いている。

私達はそれに従って着いていく。


それにしても商人ってのは凄いな。

こんな大規模な隠れ道を持ってるなんて。



「キースさんみたいな商人はこんな隠れ家に緊急用の脱出路を用意しているもんなんですか?」


「はははっ! そんな訳ないじゃないですか」


「じゃあ、これは一体?」


「王位継承権第二王子から頂いた物ですよ」


は?

王位継承権第二王子から貰った物?

それって王子様公認の脱出路って事?

それはヘンリー王子は知っているのか。知っていたら不味いんじゃないだろうか。


「それは……その、大丈夫なんですか? 色々と」


「はははっ! まぁ、大丈夫ですよ。悪事に使わなければ、ね」

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