第63話 騎士1

 お兄ちゃんがいなくなってからリリィの生活はとてもつまらないものになりました。

いつも一緒にいたお兄ちゃん。

頭を優しくなでてくれるお兄ちゃん。

楽しい話をしてくれるお兄ちゃん。


お兄ちゃんの事を考えると胸の奥がきゅーって痛くなって会いたくなります。

寂しくて涙が止まりません。


でも、それもリリィが全て壊してしまいました。


あの王子様がお兄ちゃんをいじめる所を見たら居てもたってもいられず、飛び出してしまったからです。


それ自体は問題はなかったとリリィは思うんだけど。

それで奴隷用の牢屋に入ることになってしまいました。


中身は奴隷用と言っても、暖炉もあるし、本や羊皮紙もあります。

暇つぶしをするのには全く困りません。


でも、やっぱり独りっていうのは寂しいです。

誰も入ってこないのは寂しいです。


お兄ちゃんは最初、そんなリリィの側にいるために牢屋の外で寝泊まりすることにしたみたいでした。


正直、とっても怖かったし、寂しかったのですごく嬉しかったです。


でも、王子様が毎日来るって言うのを思い出してしまったら、またお兄ちゃんがいじめられると思って、もう、来ないでと言ってしまいました。


とっても、とっても辛かったです。胸の奥がぎゅって掴まれてるように痛くて切なくて涙が止まりません。

でも、お兄ちゃんは本当はリリィの相手をしていい人ではないの。


お兄ちゃんは冒険者。自由なのです。


リリィの護衛をしていたのは、この首都まで送り届ける為であって、それ以上の期間は護衛ではないのです。


それでも、護衛をすると言ってくれた時には嬉しくて嬉しくてたまりませんでした。


でも、王子様の事を考えると悲しくなります。


なので、お兄ちゃんにいなくなってと言ってしまいました。


そんな事、思ってなかったのに。

本当はずっといて欲しかったのに。

お兄ちゃんが傷つくのが怖くて、言ってしまいました。


だって、リリィは奴隷で、お兄ちゃんは冒険者。


冒険者は自由って言ってた。

好きな時に仕事をして、

好きな時に仲間を組む。

好きな時に騒いで、

好きな時に去っていく。


冒険者は自由なの。だから、私みたいな奴隷がお兄ちゃんを止めちゃいけないんです。


もう、季節は4月の末。明日には奴隷のオークションが開かれてリリィもそこで見ず知らずの人に買われるのでしょう。

もしかしたら、あの王子様が買う可能性が高いかもしれません。

だって、あの王子様はリリィの事をおもちゃを見るかのような目で楽しそうに笑うのです。


その声がとても不気味で怖くて、考えるだけで涙が止まりません。


せめて、あの王子様以外の人であって欲しいです。

でも、それも無理かもしれません。


今のご主人様が言っていました。あの王子様はリリィにご執心しているって。

痛い思いをしたくないなら、従順になって従いなさいと言っていました。


怖いです。

とても怖いです。


窓から見える空は一面の星空と満月が映っています。

とても綺麗です。


ふと、思ってしまいました。

思ってしまうと、気持ちが溢れてきて止まりません。

涙が止まりません。

早く気持ちが静まるように頑張るのですが、すすり泣く声が響くだけです。

涙が零れ落ちておもちゃの指輪に落ちました。

それを見ていると、胸が苦しいです。

ああ、お兄ちゃんに。


――会いたい。


「お兄ちゃんに会いたいよぉ……」


そう呟いてしまうと、もう止まりません。

涙が止まることはなく。


泣き疲れるまで、私はベッドの上で泣いていました。



 次の日、ついにオークションの日がやってきました。

使用人の人に着飾られて、化粧もされます。

白と黒のゴスロリ衣装です。

でも、私はお兄ちゃんの買ってくれたエプロンドレスの方が好きです。

だけど、ご主人様がそれでは駄目と言うので仕方なく着ます。



オークション会場は熱気と大声と歓声で怖かったです。


次々と奴隷の人がステージに出されては、いろんな人たちが値段を言い合って、奴隷を買っていきます。


遂に、私の時が来てしまいました。


ステージの前に立たされます。ステージの周りにはいろんな人の目が目が、目が私を品定めするように見ています。


「さぁ、今回のオークションの目玉です。このエルフの少女。それだけで8,000コルはするでしょうがそれだけではありません! 50年や100年に一度生まれるハイエルフなんです!」


司会の男の人がそう言うと観客席からざわめきが聴こえ、歓声が聴こえます。

とても怖いです。


「さて、ハイエルフ! その希少性からも最低価格は100,000コルからスタートです!!」


「110,000コル!」「115,000コル」「120,000コル!」「125,000コル!」


どんどんどんどん値段を言う人が出てきます。その目はとても血走っていて恐ろしい人たちばかりです。


こんな人たちに買われたらどんなことをされるか……。

想像するだけで寒気がします。


「200,000コル」


その声を聴いて場が静まり返ります。その人はあの王子様でした。

王子様は余裕の表情で辺りを見回して宣言しています。

その顔には勝利に満ちた顔と自信が見えます。

誰も手を出さないと思っているのでしょう。自分は王族だから、と。


「200,000コル! それ以上の方はいらっしゃらないですか? では、カウント始めます!」


「10!」


「9!」


「8!」


「7!」


「6!」


「5!」


「4!」


「3!」


もう決定してしまいます。あの王子様に買われてしまいます。

そしたら私はもう殺されるかもしれません。

お願い。誰か!

――助けて


その時、扉がバンと開かれます。


「300,000コル!」


会場はざわつき、そして、その金額に驚愕の声が聴こえます。


私は涙が止まりません。涙で滲んでその人の顔が上手く見れません。


だって、その人は


――お兄ちゃんその人だからです。


「300,000コル! それ以上の方はいないですか? では、カウントダウン!」


「10!」


「9!」


「8!」


「7!」


「6!」


「5!」


「4!」


「3!」


「2!」


「1!」


「0!」


「300,000コルでお買い上げでーーーーーーーーーーーーす!」


「リリィーーーーーーーーーーー!」


お兄ちゃんはそのまま走ってこっちに向かってきます。私もステージを下りてお兄ちゃんに向かって走ります。


「おにいちゃーーーーーーーーーん!」


そのまま飛び跳ねてお兄ちゃんに抱き着きます。


「会いたかったよ。リリィ」


「リリィもほんとはお兄ちゃんに会いたくて! 会いだぐで!」


「いや、もういい。もう、なにも心配しなくていい。お兄ちゃんに全て任せればいいから」


「う゛ん!」

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