第60話 自由20

 日の光を浴びて目を覚ます。

昨日は周りに冒険者がいることもあって、安心して寝てしまった。

まだまだ、気が抜けていない証拠だ。


「気を引き締めないとな」


保存食を食べながら気を引き締める。

寝床を片付けて背嚢を馬に乗せた。

装備を点検する。

ダガーが8本に片手半剣が1本。片手剣1本。

ポーションは下級が4本に中級が2本。


よし、いつも通りだな。


半刻して、ジーク達の作業していた場所に着く。

彼らの準備はもう終わっているようだ。


落とし穴の上に横たわった羊がいる。

それも剣で傷を付けられて血を流した状態でその場に固定されている。


なるほど。羊を餌にして、落とし穴にかけた所を一網打尽にするってことか。


周りの冒険者達は離れた所で装備の点検をしたり空中を睨んでいる。


ジークを見つけたので声を掛ける。


「おはよう。ジーク」


「ああ、あなたか。おはよう。とりあえず、こちらは準備が終わったから後が釣り餌に得物が掛かるとのを待つだけさ」


「なるほどね。でも、他の魔物とかも血の匂いに釣られてきちゃいそうだけど」


「そこは、退治するさ。あくまで本命は幼龍だからな」


「分かった。じゃあ、君たちの作戦を見届けてから勝手に参戦させてもらうよ」


「ああ、良いぜ。直ぐに終わるから出番はないと思うがな」


ジークの下を離れて少しジーク達とは距離を置いてから休憩する。


龍も爬虫類らしく、冬眠はするらしい。

まぁ、しない個体もいるが基本はするようだ。

秋のうちに餌をたくさん食べて冬眠し、春になって暖かくなってから行動を開始する。


今は、冬眠開けなのでかなり腹が空いているはずだ。

それなら直ぐに掛かるかもしれない。

ダガーと片手剣に砥石で研いでその時をじっと待つことにした。


だが、その日は夕方まで待っても来なかったため、解散となった。

夜に戦っても見えないし戦いにくいからね。仕方ないさ。


私も、馬のとこに戻って、寝床の準備と食事を取ってから、いつもの日課をする。


剣を振り、魔闘気の鍛錬を行った所で体を布で拭いて、就寝した。


日数がこれ以上かかるのは困るな。

心にじりじりと焦りが生まれる。

でも、敵は野生の獣だ。

掛かる時は掛かるし、掛からない時は掛からない。


それは神のみぞ知るというもの。


相手次第だ。明日に期待しよう。



 次の日は早朝に起きて、仕掛けの場所まで向かう。

ジーク達冒険者は既に森の茂みで待機しているようだ。


私もそれに倣って、彼らと少し離れた距離で待つ。

早朝からやっているようだが、まだかからないようだった。


手持ち無沙汰に装備の点検を何度もする。

気持ちが焦ってきているのかもしれない。

心を冷静に保たないと……



 だが、昼頃に異変が起きる。

空を注視していた一人が何か動くものを確認したようだ。


「なにか、空で動いている!」


魔闘気を目に流して空を見る。

なにか赤い物体が翼を大きく羽ばたいて近づいてきているようだ。


「龍だ! 幼龍がきたぞ!」


誰か、冒険者の声で現場は騒然とする。

そして、一拍置いて、冒険者達は慌てて、戦闘準備にかかる。


茂みに隠れ、落とし穴に掛かるのを待つ。


幼龍はもう近場まで来ていて、あと少しで頭上に到着する所まで来ていた。


幼龍は罠の空中で何度か旋回した後、急降下して餌に両足で掴みかかった。


と、同時に落とし穴に引っかかり穴に落ちていく。


幼龍の困惑した声が響く。


「未だ岩を投下しろ! その後に弓矢部隊は射かけろ! 決して固まるな散開して戦え!」


ジークの声と共に茂みに隠れていた冒険者達が続々と雄たけびを上げて近づく。

そして、穴の近くに置いてある岩をいくつも幼龍に叩きつける。

岩は幼龍を傷つけるが致命傷とはいかない。少しの傷をつける程度だ。


幼龍が落とし穴から翼を羽ばたかせて出ようとしている。


「投網部隊行くぞ!」


ジークの掛け声で大きい投網が二つ投げかけられる。


出る寸前に、投網が幼龍に掛かり、地面に叩きつけた。

鳴き声が響く。


「弓兵部隊! 射かけろ!」


ジークも投網を引っ張り幼龍の動きを阻害している。

全員で5人ずつの二組が投網を引いて10名が両端から引っ張っている。


弓兵部隊も射かけているが硬い鱗に阻まれて、刺さってはいない。


いや、1,2本刺さっているか。でも、効果は薄そうだ。


幼龍の動きは疎外出来ているが、決定打にかけている。


「よし、行くか」


私はこれをチャンスと見て戦場に参加する。


「ジークさん! 参加させてもらうよ!」


「あ、あぁ! 正直、助かる!」


「良いってことよ! だけど、早い物勝ちだから悪く思わないでくれよ!」


上段に構えて魔闘気を爆発的に増やす。

そして、瞬動を使い、龍の首目掛けて右袈裟に斬り付ける。


その一撃は鱗を切り裂くが、指の第一関節くらいまでしか刃が入らない。


でも、その一撃で幼龍は怯んだようだ。

続いて、身体を反転して、居合の構え。

紫電の太刀を繰り出す!


それも鱗を切り裂くが、そこまで致命傷にはならない。

クソ! 思ってたより硬い! 全力の魔闘気でこれかよ!


まるで、大木を斬り付けているかのような手ごたえだ。

だが、怯まずに連続して上段の構えで斬り付け。

次に紫電の太刀で首に深く傷を負わせていく。


幼龍から血が滴り落ちていく。

でも、それでもまだ弱ってはいない。


幼龍は口を投網を引っ張っている一組に向ける。

そして、火炎がその部隊を襲う。


「ギャアアアア!」


「熱い! 熱いよおおおおおお!」


「息が、息が出来な……」


その部隊の惨状に誰もが手を止めた。

幼龍のブレスで5人の命が一瞬にして葬られたのだ。


反対の投網部隊の動きが止まった所で、幼龍は網を噛み千切り、完全に拘束から抜け出す。


「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■」


辺りに咆哮が襲い掛かる。

絶叫に全員の動きが止まる。


片翼は折れて、飛べないようだが、大地に足を着き、こちらを睨みつけている。


大きな頭部は片目が潰れてもなおこちらを睨んでいる。

両翼の片方は折れているが、大きく広げたその大きさは圧倒的な存在感がある。

その姿は地に伏しながらも空の王として君臨している。


――勝てない


誰かが呟いたのか。

それとも自分が呟いたのか分からないが、

その咆哮が

――大きさが

――威風堂々としたその姿が


なにもかもが、人を圧倒していた。


幼龍の瞳を真正面から覗き込んで、強烈な吐き気と虚脱感を感じた。

胃が気持ち悪い。喉の異常な渇きを感じる。

息をするのが辛い。唾を必死に嚥下する。

自分の鼓動が煩く鳴っている。


まだ、誰も動けない。

私も咆哮を間近で受けて身体が痺れているような感覚がする。


魔力を込めて声を出す。

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