第46話 自由6

 リリィは雪だるまを両手で抱えて上機嫌に馬車に乗る。

その後に続いて私も乗る。


「うー寒い寒い」


グローブが雪で濡れてしまい中まで冷えていた。

かじかむ手に息を吐きながら定位置に座る。


リリィはいつも自分が座ってる私の対面の席に雪だるまを乗せると、こちらをじっと見てくる。


「お兄ちゃん寒いの?」


「うん。グローブが濡れちゃったから手が冷えちゃってね。寒いんだ」


すると、リリィは私の隣にチョコンと座って、私の両手を自分の両手で包み込む。


「こうすれば、あったかいよ」


私はリリィの行動に驚いていた。

最初はツンケンしていたのだが、まさかここまで優しい行動を取ってくれるなんて!


「ありがとう。リリィ! でも、それじゃあリリィも寒いからほら、中においで」


外套を大きく広げてその中にリリィを入れて外套で包み込む。


「あったかい。あったかいねお兄ちゃん」


「うん。でも、これじゃあ護衛しにくいけどね」


そう言うと、リリィはちょっと拗ねたのか頬を膨らませた。


「お兄ちゃんは私の護衛だから私の通りにすればいいの」


「仰せの通りに、お姫様」


「うん。それで良いの」


馬車が動き出す。


「リリィ?」


「……すぅ」


「寝ちゃったか。おやすみ。リリィ」


私とリリィの関係も少しずつ動き出していた。




 夕刻、甲高い音が空に響き渡る。


ピイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ


うとうとしていた頭が覚醒する。

今の音はなんだ? いや、警笛の音か。

だとするなら前方でなにか問題があったのかもしれない。


「リリィ。起きて」


「ぅ……うん」


もぞもぞと眠そうなリリィに言い聴かせる。


「何か問題が先頭の馬車であったみたいだ。私は出ていくけど、しっかりとここで待っててね。わかった?」


「うん。わかった」


その言葉を聴いて馬車の扉を開けて先頭の馬車に向かう。


「いったい何があったんですか!」


「アランさん! 魔物です! 魔狼が前方にいます! こちらには気付いて走ってきています!]


キースさんが叫ぶ。

前方を見やると確かに白い景観の中に黒い動物が見える。


「数は4匹か。任せてください。私が出ます。1匹も通すつもりはないですけど、一応、戦闘の準備はしておいてください」


「わかりました」


「では、行きます」


距離は200mまで近づいてきていた。走りながらこちらも近づく。ホルスターからダガーを6本取り出す。


直ぐに100mまで相対す。ダガーを1本全力で投球する。


先頭の1匹の頭部に刺さる。

もう一度ダガーを1本全力で投球。


次は2匹目の心臓部に刺さる。


距離50mまできた。


残りのダガーを2本手首のスナップで投げる。

そして、居合の構えを取る。


2本は魔狼の前足と首に刺さった。だが、まだ息はあるようだ。


先に来た無傷の魔狼に抜刀する。

――紫電の太刀

逆袈裟に首を刎ねた。


最後の傷ついた魔狼の頭部を駆け寄り、首を刎ねる。


よし、これで全部片付いたかな。ダガーと討伐証明の耳に魔石を取っておく。


そして、馬車の邪魔になるであろうから道の端に避けて馬車に戻る。


「見事な手並みでしたねアランさん!」


キースさんと使用人の人たちが褒めてくれる。


「いやぁ、ただの魔狼4匹ですよ。そこまで脅威じゃありませんって」


「ご謙遜を。あの手際を見るとそこまでの実力でDランクだとは思えないですね」


「はは、ありがとうございます」


「ああ、アランさん。危険手当はちゃんと出しますので安心してください」


「それは有難いです。では」


「はい、また後で」


キースさん達の馬車を後にしてリリィのいる後方の馬車に戻る。


「ふぅ……戻ったよリリィ」


「おかえりなさい。お兄ちゃん」


席に着くとリリィは私の外套を広げて外套の中に入ってくる。

そして、身を寄せてくる。


「どうしたんだい? リリィ」


「お兄ちゃんに怪我があるかって心配になって……」


「魔狼4匹程度だから何の問題もなかったよ」


「良かった……」


頭を胸に擦り付けてくる。

私はリリィの肩を抱いて、リリィが落ち着くまで頭を撫でた。


「お兄ちゃん。あのね……私、何か思い出したかもしれない」


不安そうにリリィは呟く。


「それは、記憶の事かな? どんなことを思い出したんだい?」


「あんまり自分でもわかんないんだけど。なにかに追われてる夢。誰かと一緒に逃げてた。私、一人だけじゃなかったと思う。他に二人いたよ。でも、逃げてた途中で追ってきた何かにやられちゃった」


「それで、気づいたらいつの間にか一人だけになってたの。お兄ちゃんも消えちゃうかって思ったらとっても怖くなって」


服の裾を握られる。その手は震えていた。

私はリリィの肩を強く抱く。


「大丈夫。リリィを放って勝手にどっかになんていかないさ。私は、これでもそれなりに強い冒険者だからね」


「……でも、冒険者は自由なんでしょ?」


「そうだね。冒険者は自由だ。でも、今はリリィの護衛を受けている。それに、リリィの下から離れないっていう選択も自由だしね」


「そっか。冒険者は自由なんだもんね。冒険者って良いね」


「その代わり、自力が物を言う世界だけどね。リリィには少し難しいかな?」


「むぅ。そんなことないもん。お兄ちゃんの意地悪!」


「ははは、悪かったよ。……もう、怖くは無くなった?」


「うん。ありがとうお兄ちゃん。お兄ちゃんがいれば私、怖くないよ」


「そっか。それならよかった」


リリィは安心したように身体を私に預けてくる。

時刻は夕刻で、そろそろ夕食の時間だ。

だが、魔狼の死骸に他の魔物が寄ってくる可能性もあるので、まだ少し遠くに離れるようだ。

馬車は動いていく。

カタカタと小さく揺れる馬車にリリィはうとうとし出したのか、それとも安心したのか。

私にはわからないけど、眠ってしまったようだ。


リリィの身体は温かい。

やっぱり子供の体温は温かいな。

そう、まだリリィは子供なんだ。自由のない高級奴隷というなの子供なんだ。

それを考えると胸が凄く傷んだ。

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