第44話 自由4

「あの子には何もない。思い出も何も、ね。だから、アランさんがあの子と仲良くなってくれれば良い思い出になると思うんです。……まぁ、奴隷商人の私がこんな事を言うのはおかしい話なんですけど」


キースさんは自分の為に、リリィを売ろうとしている。それは純然たる事実だ。

だけど、それでも良心のが痛むのだろう。

記憶喪失の少女に少しでも明るくなって欲しいと、願っているのか。


「キースさん。旅はまだ始まったばかりです。これから先、何があるかもわかりません。出会いがあれば別れもある。出会ったのなら悔いの無い選択をするのが良いんじゃないですかね。……って、なんか恥ずかしい事言っちゃいましたね」


「いいえ、全然そんなことありませんよ。初めて会った時から別れるまでに、なんとか打ち解けるように頑張りたいと思います」


「応援していますよ。では、夕食を貰っていきますね」


使用人の人からリリィと自分の分を受け取って、リリィの待つ馬車に向かう。


「アランさん。どうもありがとうございます。リリィの事をお願いしますね」


「ええ、お任せください」




 馬車に戻るとリリィが窓から私の事を見ていた。


「戻ってきたよ。リリィ」


「おかえりなさい。お兄ちゃん」


「はい、今日は干し肉のスープと黒パンみたいだね」


「ありがとう」


「「いただきます」」


二人して両手を合わせる。黒パンは硬いので、ちぎってスープに浸して柔らかくしてから食べる。

リリィも小さくちぎりながら食事をしている。


 何分かして直ぐに食べ終わってしまったので、リリィの食べる様子を見ながら食べ終わるのを待つ。

リリィはまた、こちらをチラチラと見ながら少しずつ食べている。

うん。小動物みたいでとても可愛らしい。


「……お兄ちゃん。なんで、リリィの事を見るの?」


食べている途中にぽつりと尋ねられる。なんでリリィの事を見ていたのかって?


「んー、それは手持ち無沙汰になったっていうのもあるけど。なにより、リリィがとても可愛らしいからかな」


リリィは俯いて食事を止めてしまう。彼女の耳がピクピクと動いている。顔を覗き込むと視線を逸らされた。顔が少し赤くなっている。恥ずかしいのかな。


少し落ち着いてから彼女は食事を再開する。ただ、こちらの事は一切見ない。ありゃりゃ、嫌われてしまったかな?


リリィの食事が終わるまで沈黙は続いた。


「「ご馳走様でした」」


「リリィ。食器を頂戴。返してくるよ」


「ん。分かった」


リリィから食器を受け取って、使用人の人達に食器を返す。


そう言えば、剣の鍛錬をやってなかったな。夜中に外でやるのもあれだし、皆が寝静まるまでにやっておくか。


片手半剣を抜いて、上段に構える。

無心になって剣を振るう。右袈裟切りに左袈裟、横薙ぎと少しずつ型を確認しながら一心に剣を振るった。

剣の鍛錬を行っている時だけは、心が休まる。

何も考えずに剣を振るうことが出来るからだ。


自分の事も。

妻の事も。

カラエドでお世話になった人の事も。

……エリカのその後の事も。

ジャックたちとあの村についても何も考える事はない。ただひたすらに心を無にして振るう。


最後に剣を鞘に納めて居合の構えを取る。

目を閉じて神経を集中する。

一拍して剣を抜刀した。

――紫電の太刀。

長い間、やっていた技だ。自分で言うのもなんだが、技の冴えも少しは良くなっているのではないのだろうか。

なにより、盗賊団のお頭は紫電流の中級だった。

それに、速度で勝ったということなのだからその通りだろう。


一通り、剣の鍛錬を終えるとキースさんが寄って来る。


「いやぁ、凄いですね。あれが紫電流の剣技なのですか?」


キースさんが布を投げ渡してくる。それを受け取って流れる汗を拭いた。


「ありがとうございます。そうですね。今のが紫電流の剣技です。未だ未熟者ではありますので、鍛錬に手は抜けないので」


「そうですか。じゃあ、最後にやっていた技が紫電の太刀というものなのですね。素人の私には剣が見えませんでしたよ」


「一応、毎日技を磨いていますからね。でも、私の紫電の太刀でもまだ師匠からすると遅いし、威力も及ばないんですよ。なにせ、訓練用の木剣で木杭を断ち切ってしまいますからね」


「それはなんとも……恐ろしいですね。真剣でなくてもそんな事が出来るのですか」


「師匠は現役では紫電級の聖級と言っていました。現役を退いても木剣で木杭を断ち切ってしまうのですから現役だったらどうなのやら……それに紫電流の剣神は更に凄いんでしょうね」


「ちなみに、アランさんの剣の師匠とはどなたか伺っても宜しいですか?」


「ええ、カラエドのギルド長でノックスと言います。もしかしてご存知でしたか?」


「やはり、ノックスさんでしたか。今では私は50手前ですが、私が20歳の頃には冒険者のノックスはかなり有名な冒険者でしたよ。確かAランク冒険者だったはずです」


ギルド長のノックスさんってそんなに有名人なんだったんだな。まぁ、剣の稽古では一回も勝てない相手だったしなぁ。周りからの評価を聴くとあの強さも納得できるよ。

そんなギルド長の上の剣神ってのは本当に人なのかね?

一度でいいから見てみたいよ。


「自分でも現役時代にはAランク冒険者と言ってたから、同じ人で間違いはないでしょうね」


「あの人のお弟子さんなら先ほどの剣技も納得です。まるで剣舞を見ているような人を魅せる剣でしたよ」


「あはは、恥ずかしいですね。ありがとうございます」


「では、私はこれにて夜の見張りをしますので失礼しますね」


「はい。宜しくお願いしますね」


キースさんと別れて馬車に戻る。


「ねぇ、お兄ちゃん今の綺麗なのはなんなの?」


リリィから問いかけられる。綺麗なの? さっきの剣の鍛錬のことだろうか。間違ってたら恥ずかしいけど多分そうだろう。


「今のは剣技で紫電流って言うんだよ」


「紫電流……お兄ちゃん綺麗で格好良かった。お兄ちゃんって強いの?」


「あはは、ありがとうね。んー、強いかどうかって言われるとそこまで強くはないかなぁ。冒険者ランクで言うとDランクだし、まぁ中くらいの強さってとこかな」


「そうなんだ。お兄ちゃんでも中くらいの強さなんだ」


「そうだね。この世界には私より強い人なんて沢山いるんだ。……でも、リリィの事は守ってみせるよ」


「うん。信じてる」


リリィの返事に嬉しくなる。護衛だからね。必ず、リリィは守ってみせるさ。


「ねぇ、お兄ちゃん。冒険者ってなに?」


冒険者とは何ぞや。それは、答えにくい質問だ。なんて言ったら良いんだろうか。


「そうだねぇ。冒険者ってのは、簡単に言えば自由人かな」


「自由人?」


可愛らしく首を捻る。確かにこんな言葉では分からないだろうな。


「好きな時に依頼を受けて、

――時には未知なる遺跡を調査して

――ダンジョンを攻略し、

――危険な魔物を討伐し、

――金を稼ぐ。

自由に自分の行きたいとこにも行くし、気の合った仲間と打ち解け合い、時には喧嘩もする。

風に行くままに世界を渡り歩く風来人だよ」


「……お兄ちゃん。自由ってどうやったら手に入るの?」


「……ッ」


その言葉が胸に刺さる。そうだ、彼女には自由がないのだ。

一生、自由を手に入れる事が出来ない。

そんな彼女に私はなんて身勝手な事を言ってしまったのだろうか。

激しく後悔した。


リリィの無邪気な笑顔に涙が零れそうになった。

私にはこの子を自由にすることなんて出来ない。

それがとても悲しかった。


「私も冒険者になりたいなぁ」


「なれるさ。きっと、きっとね」


私の言葉は虚しく、無垢な心を傷つける。

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