第43話 自由3
リリィの食べる姿を見てから私も朝食を食べ始める。昨日のシチューらしきものの残りだ。
喉を通る熱さとじんわりと胃の中を温かくなっていく。
夢中になって食べると直ぐになくなってしまった。
「…………」
リリィはこちらをチラチラと見やりながら食べている。
どうしたのかな? もしかして、昨日の記憶喪失と言ったことが気になっているのだろうか。
でも、彼女から声が上がる事はない。
ゆっくりと朝食を食べ終えている。沈黙が回りを包み込む。
だけど、その沈黙は昨日のように気が滅入るような気まずさは薄れていた。
少しだけでも、興味を持ってくれたのだろうか。それなら良いのだけどな。このまま、無言のままも辛いしね。
しかし、こういう時は焦らない事だ。狩りの時もそう。
急いてはいけない。急がば回れというやつだ。
リリィが話しかけてくれる事を待つことにしよう。
「食べ終わった」
返事が来たので嬉しくなって顔を上げる。
ありゃ、なにか話しかけてくれるかなと思ったけど、ただ、食べ終わっただけか。結局、何も話はできなかったな。まぁ、良いさ。時間はたっぷりあるんだ。いつでも待つさ。
「食べ終わったらご馳走様って言うんだ」
「……ご馳走様」
「うん。じゃあ、片づけてくるから待っててね」
馬車の外に出て、使用人の下へ器を片付ける。
「キースさん。そろそろ出発ですか?」
「ええ、そうですね。そろそろ片づけたら出発したいと思います」
「でしたら、私は寝ずの番をしていたので、昼までは休みたいと思います。なので、なにか異変や問題が起こったら警笛を鳴らしてください」
「おぉ、そうでしたか。ご苦労様です。警笛ですね分かりました。何かあったら鳴らしたいと思いますのでその時は宜しく頼みますよ」
「はい、お任せください。まぁ、護衛ですからね」
「はは、でも、そういうことをしっかりと言ってくれる真面目な護衛な方はそんなに多くありません。護衛と言うものは何か問題がないと何もしないのが護衛ですからね。しっかりと護衛をしてくれているアランさんには感謝を」
そんなに、護衛ってのは手を抜くものなのだろうか。
まぁ、でもそうかもしれないな。長時間の移動にほとんどはなにも問題なんて起こらないのが普通だ。手を抜く人が多いのもそういう理由なんだろう。
でも、アレンは私をカラエドに連れて行く道中ではしっかりと寝ずの番もしてくれたけどなぁ。
冒険者としての自覚の問題なのかな? まぁ、いいや。
ここは、依頼主から好感を持たれたので良かったと受け取っておこう。
「そんな大層な事ではありませんよ。では、また後程に」
キースさん達を背にリリィの乗っている馬車に戻る。
「ふぅ……戻ったよ。リリィ」
馬車に戻って席に着くとリリィが頭を振って頷いた。
「悪いけど、夜の見張りをしていて昨日は寝ていないんだ。昼には起きるから、それまでに何かあったら起こしてね」
「わかった……」
少し、リリィが項垂れたような気がするが、お腹が満たされて眠気には耐えられない。
悪いけどこのまま寝かせてもらおう。
2人掛けの席に横になって意識を失った。
目が覚めた。目の前を見やるとリリィがこちらの顔を覗いていた。
私が目を覚ますとびっくりしたのか、慌てて視線を逸らした。
起き上がって、窓の外を見る。辺りは明るい。窓から顔を出すと太陽は真上を向いていた。
「おはようリリィ。なにかあったかい?」
「……おはよう。なんもなかった」
「そっか。それなら良いや」
それからしばらくして、先頭の馬車が止まり、こちらの馬車も動きを止めた。
そろそろ休憩かな?
そう思っているとこちらの従者が先頭の馬車に向かっていく。
昼食でも貰いに行ったのかな。私も貰いに行くか。
「そろそろ昼食の時間なのかな?」
「うん」
短い返事。だけど、返事を返してくれるのが嬉しかった。
私も食事を貰いに行った方が良いのだろうか。と思っていると、前から使用人の人がこちらに来て、扉を開ける。
「昼食を持ってきました」
おお、ありがたい。なんか偉い人になった気分だ。
「ありがとうございます」
そう言って、昼食を受け取る。食事はサンドイッチのようだ。中身は燻製肉のようだ。香りが良い。食欲をそそる匂いだ。
「休憩はどの程度の時間なんです?」
「そうですね。馬を休めるためにも一刻は取るつもりです」
「わかりました。ありがとうございます」
使用人の人に礼を言って、扉を閉める。
リリィにサンドイッチを渡して、食事を取る。
私は直ぐにサンドイッチを食べ終わってしまったので、やることがなくリリィを見る事にした。
リリィは小動物のようにサンドイッチを口に少しずつ頬張りながら食べている。
見ているだけで癒される。とても可愛らしいなぁ。
と、リリィも私の視線に気づいたのかチラチラとこちらを見ながらゆっくりと食事をしている。
可愛い。ついつい手を伸ばしてリリィの頭に手を伸ばす。
手が触れると、リリィはビクッとするが、頭を撫でるとされるがままになっていた。
そうして、彼女が食事を終えるまで私は彼女の頭を撫で続けた。
休憩時間は後、半刻程だろうか。窓から顔を出して馬を見ると、馬は桶の水を飲んだり、用意された牧草を食べていた。
「……お兄ちゃん」
馬車の中から声が掛かる。リリィだ。いったいどうしたのだろうか。
「なんだい。リリィ。聴きたい事でもあるのかな?」
「うん。昨日の事」
「昨日の事ってことは記憶喪失だって言ったことかな。それで、何が聴きたいのかな」
「お兄ちゃんの事」
私の事っていうとなにを言ったら良いのかな。
じゃあ、まぁアレンに助けられた初めの事から話すとするか。
「私が目を覚ました時はアレンっていう冒険者がいてね。その人に助けられたんだ。私は、記憶喪失で名前もなにもかも思い出せない状態でね。仕方なく、名前を付けて貰ったんだ。その時の名前がアラン。それからそう名乗ってる。それからはね――」
それから、私はアレンと一緒にカラエドの町に向かった事。
ギルド長や領主様に呼び出されて嘘発見器的なもので尋問を受けた事。
剣の稽古をするようになった事。
エリカという少女と出会った事。
これまでにやった事。感じた事を想うようにリリィに伝える。
リリィはその一つ一つに相槌をうち、身を乗り出して聴いている。
「――それでね。ギルド長の訓練の厳しさったら本当に辛くて辛くて……いつも泣きそうになりながらやってたよ。っと、もう夕方になってたのか」
「ほんとだ。もう夕方だ」
「それじゃあ、今日の話はここまで。また、次の時に話すよ」
「……わかった」
リリィは悲しそうに俯いた。まだ聴きたりないようだ。見た目通りの子供のような仕草に笑みが零れる。
そうこうする間に馬車が2台とも止まる。
使用人の人たちが火を起こして夕食の準備をし始めていた。
夜闇が空を侵食していく頃に焚火から白い煙が空へと上り、周りに人が集まり始める。
そろそろ夕食の時間かな。
「ちょっと夕食を貰って来るよ」
「うん。わかった」
馬車を出て、外に出る。キースさんの隣に向かった。
「こんばんわ。キースさん」
「ああ、どうも。アランさん。リリィとはどうですか?」
「そうですね。結構、仲が良くなった気がしますよ。まぁ、気がする程度ですが……」
「そうですか。アランさんがリリィと仲良くなって頂けると私も嬉しいのですけどね」
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