第42話 自由2
朝までの見張りというのは非常につまらないものだ。寒いし、なによりやることがない。
やる事と言えばリリィの寝顔をずっと見続けるだけだ。
そのリリィは可愛らしい寝顔でぐっすりと眠っている。
人形のように美しい少女。その寝顔も天使のようだ。
仕方ないので魔力切れを起こさない程度に鍛錬をすることにした。
と言っても激しい事は出来ない。リリィが目を覚ましてしまうからだ。それは、可哀想と言うものだろう。
ということで、魔闘気を纏う。
毎日の鍛錬で魔闘気が身体を覆う量は以前よりも増えているように感じる。実際、身体に漲る力も多くなっているので間違いないだろう。
ダガーをホルスターから取り出して、魔闘気を纏わせる。
これも、以前よりも上達している。前までは剣に纏わせる魔闘気が多かったというか。
無駄が多かったのだ。実際の剣よりも多く魔闘気を形どっていたため、魔力の無駄が多かった。
今は、薄く剣を覆い、剣を爪先程度の魔力で形どっている。
以前は爪先よりも多く流していたから上達した。
というより、節約出来るようになったといったところか。
前までは雑だったということだ。
そして、魔闘気を薄く、そして見えにくくする。これはジャックのやっていた技だ。まだ、微かに魔力の流れが見えるが、大分反応が小さくなった気がする。
ジャックは自然と一体化するようなイメージと言っていた。
瞑想して心を無にする。その状態で魔力を薄く、より薄くする。
一時間程、瞑想をしたが、完全に消える事は出来ない。
まぁ、まだ鍛錬を始めたばかりだ。
何時の日か忍者のように隠れながら敵を倒したり出来る日も近くないかもしれない。
そうしたら月影流の技でも覚えてみようかな。敵を倒す手段が増えれば増えるほど危険性は減る。自分の安全の為にも、習ってみる価値はあるかもしれないな。
でも、紫電流と月影流の技を覚えたら使い分け切れる気がしない。ていうかできないだろうな。
大人しく紫電流の技を磨いた方が良いだろう。
紫電流は技が少ないから自分に合っている。磨けば紫電流の上級になれちゃったりとかね。聖級にもなれるかもしれない!
流石に聖級は言い過ぎか。まだ、剣を持って一年と三、四ヶ月程度。
そんなもので上級も聖級もなれるわけがない。
地道に、地道に強くなるんだ。それが自分に一番合っている。
魔闘気で聴覚を強化する。耳から入ってくる音が大きくなる。大体は風邪で木々や草が揺れる音が聴こえる程度だ。生き物の音なんか聴こえない。
早々に、聴覚の強化を止めて、魔闘気で目を強化する。視界が広がり、人の流れる魔力の流れが見えるようになる。
この場合、リリィの魔力だ。その魔力量に驚愕する。
リリィの魔力は普通の人の3倍か4倍程の大きさだ。
今の私の魔力量と同じかそれよりも少し大きいくらいだ。
これが、ハイエルフという種族だからなのか?
RPGだとエルフは魔力に優れている種族で魔法使いや僧侶等のイメージが強い。
また、エルフと言えば弓の名手というイメージもあるか。
この世界もエルフはそういうイメージで合っているのだろうか。
人を圧倒する魔力量に困惑する。こんな魔力量の人なんてエリカ以外に見たことがない。
そして、ふと何か変な魔力を見つけた。
それはリリィから流れている魔力ではなく、リリィの首の周りを締めるかのようにか細くロープのようになっていた。
そのロープの先はこの馬車を出て、もう一つの馬車の中まで続いている。
気になって、そのロープをダガーで切ってみる。
だが、ロープはダガーをすり抜けてしまう。
いったいなんだこれは。
まるで彼女を拘束しているかのような……。
「なるほど」
多分、これが俗に言う奴隷魔術か使役魔術なのだろう。
思えばそうだろうと確信できる事はあった。
まず、リリィに手錠や足枷などで物理的に拘束していない事。
そして、それを裏付けるように誰も私以外に見張りがいない事だ。
もし、この魔力のロープが奴隷魔術ではなかったのなら、手錠や足枷のされてないリリィは簡単にここから逃げ出せる事が出来る。お目付け役の人もいない事もそれを裏付けている。
いるのはリリィと私と従者の三人だけだ。
彼女は魔術的に拘束されており、それにより逃げる心配がないのでお目付け役や手錠や足枷も必要ないということなのだろう。
恐らく、キースさんから一定の距離を離れる事が出来ないようになっているはず。
物理的に切れない事からも魔法で拘束されているのが理解できた。
「酷いな……」
リリィには自由がない。
このまま奴隷として誰かに売られるのを待つだけなのだ。
こんなか弱い小さな少女がだ。
でも、私にはそれを如何こうする術等ない。
この世界は前の現実の世界より命の価値が軽い。
この世界は奴隷や魔物がいるのが当たり前で普通な世界なんだ。
そんな世界に奴隷なんておかしい! と言って戦える訳も力もない。
郷に入っては郷に従え。
昔の人は良く言ったものだ。
この世界での私は無力だ。
こんなか弱く、小さな少女を自由にすることさえできないのだから。
朝になった。陽射しが眩しい。
ずっと考え事をしていたので、眠気もなかったが、朝だなぁーと認識すると不意に欠伸が出てしまう。
従者の人が焚火を起こしていた所に向かっていく。どうやら起きたようだ。
前の馬車からも使用人の人とキースさんや従者の人達が集まっていた。
そして、みんなで火を起こし、朝食の準備を進め始めた。
なにやら外が騒々しくなってきた辺りで、リリィがもぞもぞと動き始めた。
「……ん、ぅんん」
目を覚ましたようだ。蒼い瞳が私の姿を見ている。
「おはよう。リリィ」
「……おはよ」
まだ寝ぼけ眼なようで目を擦って起き上がった。
「ちょっと待っててね。朝食を持ってくるからさ」
私は立ち上がり、馬車の扉を開けて、外に出る。
扉を閉めるときに後ろから「わかった」という声が聴こえた。
「おはようございます。キースさん。皆さん」
キースさんと使用人の人たちに挨拶をする。彼らも挨拶や頷きで返事をする。
「おはようございます。アランさん。リリィとはなにかお話が出来ましたか?」
「いやぁ、まだ全然そんなことは出来ませんよ。ただ、挨拶は返してくれるようになってくれましたから、それが唯一の進歩といったところでしょうか」
「ほぉ、それでも大したものですよ。会って一日で挨拶を返してくれるようになってくれるなんてよっぽど気に入ったのかもしれませんね。本当にアランさんを護衛に頼んで正解だったかもしれませんねぇ」
「そうなんですか? それは嬉しい限りですけど」
「誇って良いと思いますよ。他の使用人では、挨拶すら未だに返してくれません。アランさんには人を魅せる力があるのかもしれませんね」
「ははは、そんなものありませんよ。ただ、運が良かっただけですって」
「運も実力の内とも言います。あの村に入って護衛依頼をした事。Dランクになって直ぐのアランさんに会えたこと。……自分で言うのもなんですが、なにか運命か誰かの思惑を感じざる負えませんよ」
「考えすぎですよ。では、二人分の朝食を貰っても良いですかね」
キースさんに返事を返して、鍋をかき混ぜてる使用人の人から木の器とスプーンを2つ受け取る。
そうして、馬車に戻る。
「ここで食べては行かないのですか?」
「いえ、私は護衛ですからね。護衛は側を簡単に離れるものでもありませんから」
「それは確かにそうでしたね。失敬」
キースさんは笑みを浮かべる。私も笑みを返して、リリィの馬車に戻る。
「戻ったよ。リリィ」
馬車の扉を開けて、中に入る。
「……おかえりなさい」
リリィから返事を受けたので笑顔で頷いて朝食を渡す。
「さぁ、食べようか」
「……うん」
「いただきます」
両手を合わせる。
すると、リリィは変な物を見たかのように頭を捻って、こちらを見てくる。
「おにいちゃん。それ、なに?」
「ご飯を食べる時の合図だよ」
「……そっか。いただきます」
彼女も両手を合わせて食べ始めた。
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