第三部 自由

第41話 自由1


「…………」


少女は何も言わない。私の事を一目見ると直ぐに窓の風景に視線を向けていた。


「あ、あのー……名前とか教えて貰えないかな?」


「…………」


返事はない。屍のようだ。ってそうじゃないけど。


しょうがないので、そのまま馬車の中に入り、少女の対面に座る。

少女の姿を見る。年齢は9歳か10歳だろうか。

顔立ちはとても綺麗で、人形のようだ。

透き通るような蒼い瞳。

そして、黄金色の髪を頭で二つに縛り、ツインテ―ルにしている。

服装もゴシックロリータ風な白と黒を基調にしたドレスに可愛らしい赤い靴を履いている。

絵本の中の少女のようだ。

そして、なにより彼女の耳は人と違っていて耳が尖っている。

これが、俗にいうエルフ耳というものなのだろうか。


「君は本当に奴隷なの?」


その言葉にも答えはない。視線もこちらに向けもしない。何一つ言葉を交わすつもりはないようだ。

だけど、本当に少女は奴隷なのだろうか。そんな疑問が沸いてくる。

一般的な奴隷と言えば、粗末な格好で、大勢が檻の中に放り込まれているようなイメージだ。

だが、少女にはそのような素ぶりはない。

顔色も良く。腕や足、胴体は細いが至って、不健康には見えない。

服も靴も、頭についている装飾品にすら高級感を感じる。

全く、不自由な感じがしない。


でも、少女は奴隷なのだ。

そう、キースさんは言っていた。”商品”だと。彼女は自由な子供ではない。奴隷なのだ。


そうこうする間に手綱の音が響いて馬車がゆっくりと動き始めた。


私は少女に興味のある話題がないか必死になってアプローチを掛ける。

だけど、彼女はつまらなそうに窓の光景を見ながら沈黙を貫いていた。


どんな話題にも無言を貫く少女の姿に私はため息を付いた。


はぁ……この先、三ヶ月間。このまま、ずっとこんな感じなのだろうか。それはとても居心地が悪いなぁ。


 その夜、馬車を止めて焚火を囲むようにキースさんと使用人の人が食事を取っていた。私もその輪の中に入ると、キースさんが隣に座ってきた。


「どうです? 彼女は。気難しいでしょう?」


「ええ、そうですね。気難しい所ではないです。何に対してもツーンとした態度で話にも応じてくれない。本当に人形なのかって思ってしまいましたよ」


キースさんはその言葉に笑う。


「ははは、そうですね。彼女は誰に対しても心を開いてくれません。彼女と旅をしてもう四ヶ月経ちますが、一向に見向きもされませんからね」


四ヶ月も一緒だったキースさんでもそうだったのか。なら、尚更、初対面の私なんて見向きもされないのも納得だな。

だけど、


「だけど、彼女は本当に奴隷なのですか? 見た所、どこかの貴族の子供のようにしか見えないですけど」


「確かにそう見えますね。ですが、私たちは高級奴隷を扱っているのです。なので、身綺麗に着飾り、美しくする。出来るなら作法だって勉強だってさせます。そうやって、商品として売るのです」


高級奴隷か。ということはキースさんのような奴隷商人は奴隷に対して酷い扱いはせずに、身を清めて、勉強や作法を覚えさせて商品価値を高めて売るのだろう。

でも、それだとしてもキースさんの商品は少女一人だ。それでも五月に始まる大規模なオークションに参加する。

少女にはそれだけの価値があるというのだろうか。もしかして、エルフ耳のエルフだということがその理由なのだろうか。


「キースさん。お聴きしてもよろしいですか?」


「なんでしょう。アランさん。出来る事なら何でもお答えしますよ」


「キースさんは五月に始まる大規模なオークションに参加するのですよね。それなのに、奴隷は少女一人だ。……はっきり聴きます。あの子にはどのような特別な価値があるのですか?」


キースさんは深いため息を吐く。そして、他の使用人に聴こえないように小さな声で答える。


「あの子はエルフです。それだけでも奴隷としては価値は高いのですが、その中でも更に希少なハイエルフという種族なのです」


「ハイエルフ? それは一体どのような種族なのですか?」


「ハイエルフとは50年か100年に一度生まれると言われる種族です。基本はエルフとは同じですが、精霊や自然と会話することができ、精霊魔法という特別な魔法を使える者たちです。その事から精霊の守り人やエルフの長になるものも多く、エルフの中でも神聖視されています」


つまり、ハイエルフのあの子はエルフ達にとっての王様やそれに準ずる程の大物ってことか。

え、でもそれってかなり不味くないのかな? エルフ達に見つかったらそれこそ大変なことになりそうなんだけど。


「それって、大丈夫なんですか? その、エルフ達からの報復とかそういうのは……」


「ははは、そんなの……ダメに決まってるじゃないですか。だから、秘密裏にそしてなるべく早く手放したいのです」


「だからこの冬の間に首都に向かおうとしていたわけですか。納得です」


「……彼女を見つけたのは幸運でした。カラエドより東に二ヶ月程の森の中で一人で傷つき倒れているのを見つけたのです。私は神に感謝しました。このような幸運滅多にあるものではありません。報復は怖いですが、それに見合う価値はあるのです」


森の中で一人で倒れていた? それをキースさんが見つけて保護したということだろうか。だけど、ハイエルフと言われるあの子を一人にするような事をエルフ達がするのだろうか? それこそ手厚く、箱入り娘のようにするのではないだろうか。


それが、森の中で一人で傷ついて倒れていた? なにか陰謀を感じるような気がする。いや、私の悪い癖かもしれないな。考えすぎだ。


「因みに、あの子の売却価格ってどのくらいなんですか?」


「ハイエルフという希少性もあるので、最低10万コル。オークションなのでそれ以上の金額で購入して頂けると思っていますね」


10万コル!? それってなんだ。最低でも金貨10枚ということか! しかも、オークションだから金額はもっと跳ね上がるかもしれない!


「……い、一般的な奴隷の価格はどの程度なんです?」


「そうですね。若い青年の奴隷なら1500コル。女性なら1000から2000コルと言ったとこでしょうか。戦闘奴隷なら3000コルはしますかね」


一般的な奴隷の価格を聴いて、驚きを隠せない。ハイエルフのあの子の金額は一般的な女性の100倍の値段もするのか。

手元の金を確認する。大体2500コル程度か……。これじゃあ、天地がひっくり返っても買えないな。


「まぁ、私も貴方のような優しい方に買って頂けのが一番嬉しいのですが、こればっかりはしょうがありませんね」


「そうですね。諦めます。でも、三ヶ月間も何も会話のない日々はとても耐えられそうにないです。

キースさんなにか話題になりそうな事とかあの子が興味を引きそうな話ってありませんかね」


「んー、私も話せたのは最初だけでしたからなんとも……奴隷商人だと分かると何も口を開いてくれなくなってしまいましたから」


「そうでしたか。それじゃあ、どうしようもないかな……」


「あぁ、あの子の事で一つありましたね。あの子”記憶喪失”だそうですよ」


「記憶喪失……ですか」


「自分の住んでた場所も、家族の事も自分自身の事さえも忘れてしまったらしいです。ただ、名前だけは憶えてたらしいですね」


「彼女の名前はなんていうのですか?」


「リリィ。そういうらしいです」


――リリィ。あの子に良く似合ったまるで妖精のような名前だな。




 食事を終えて、馬車に戻る。少女――リリィ――はもう食事を終えていたのか、窓の外の月を見ながら毛布に包まって横になっていた。


「リリィ。戻ったよ。そろそろ寝ようか」


リリィは無視して夜に映える月を見ている。


「さて、私はタダ飯ぐらいをしないでしっかり夜も護衛しますかね」


外套に包まりながら私は寝ずの番をすることを決意する。


「そう言えば、リリィ。君って”記憶喪失”なんだってね」


その言葉にリリィの耳がピクリと動いた。遂に反応があった。私はそれに嬉しくなる。苦節、まだ一日だけど、やっと反応してくれた!


「私も”記憶喪失”なんだ。一緒だね」


リリィはガバっと上半身を起こして起き上がるとこちらを蒼い瞳で真っすぐに見つめる。


「…………本当?」


「本当だよ。記憶喪失でまだ、一年と三、四ヶ月しか記憶がないんだ。しかも、自分の名前も分からなくてね。助けてもらった人に名前を付けて貰ったんだ」


「……お兄ちゃんの名前はなんて言うの?」


少女は仲間を見つけたかのように少し震えながら、でも確かにしっかりと尋ねてきた。


「アラン。記憶喪失のただの冒険者さ」


「……アラン」


「さ、もう夜も遅くなった。私が見張ってるからもうお休み」


「……うん。わかった」


彼女はぽつりと呟き、その場に横になった。少し経って、小さな吐息が聴こえてくる。

リリィは眠ったようだ。その寝顔には少し、笑みを浮かべていた。

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