第19話 目覚め18

 六日目になった。かじかむ寒さに耐えて、早朝から下山を開始する。行きよりも歩みは軽い。目的は達成して、後は帰るのみなのだ。なるべく足早に進むが、急な斜面を下る場面が多く、慎重に進む。ここで怪我などしたら、元も子もない。慎重にかつ素早く進むのだ。


山の斜面を下っていると遠くの斜面の下に視界に人型の魔物が1体映る。

オーガだ。距離は大分離れている。魔力で強化した視線で何とか見える程の距離だ。あちらはまだこちらに気づいていない。迂回するか。それとも倒すか。

悩んだ挙句、気取られないように山を下り、もう少し近づいていくことにする。


距離は大分縮まった。強化しないでも目に入る程度の距離だ。相手は斜面の下のほうで何かを探しているのか辺りを見回している。大地にうつ伏せになって、魔力で目を強化して辺りを見回すと驚愕の事実が分かった。


「えっ! オーガが4体? それに、中央にいるあの巨体の魔物は・・・」


山の下にオーガ4体と異様に大きい魔物を発見する。頭には角が生えており、身体は鮮血のように赤く。体長は3m以上。女性二人分の大きさだ。腕は私の腕の2倍程の太さで足も訓練で使用していた木杭と同じくらいの太さ。


「もしかして、変異種か?」


変異種。それは、魔素を多く取り込んだ魔物がより強く、進化した個体だ。通常の個体よりも遥かに強く。狂暴である。オーガDランクだとしたらCからC+ランク。もしかしたらBランクかも。

恐らく、この森の主かもしれない。まさか、こんな時に変異種に会うなんて!

どうする? いや、まずは冷静になれ。相手との距離と地形の確認が先だ。


赤いオーガの近くには、倒れているオーガの死骸が転がっており、死骸を調べているようだ。

もしかしたら、登山前に倒したオーガと登山した足跡から山に何者かが侵入したと気づいて、山の下で待ち伏せしているのかもしれない。


しまった! オーガの死体は隠すか燃やしておくべきだったか。それに、足跡なんて全然気にしていなかった。私は軽く舌打ちをする。


うつ伏せの状態で自分の現在地から敵の位置を確認する。

直線、50m付近の崖下にオーガが一体。上にいるため、まだ発見されてはいない。武器はない。

北西200m付近にオーガが一体。こちらも辺りを見回している。武器はこん棒のみ。

北東200m付近にオーガが一体。森の木に背中を預けて、休憩している。武器は無し。

北に200m付近にオーガが一体。これも辺りを見回している。武器は錆びた剣を持っている。

そして北に400m地点に赤いオーガの変異種が一体。死骸を調べている模様。武器はない。


情報を手に入れた所で、一旦整理する。

さて、どうする。相手は下山したところを待ち伏せしているのは確信しても良いだろう。配置も、誰もが中心のオーガに見れる位置を取っている。

交戦するべきかそれとも迂回するべきか。迂回するとなるとかなり遠くまで山を北西か北東に迂回しなければならない。山の斜面のため、行程も進まない。迂回に一日はかかるだろう。

現在は六日。迂回に一日を使ったら七日。そこから森を抜けるのに三日と考えると合計十日。

タイムリミットはギリギリだ。だが、他に不測の事態が起きたら? この5体の魔物にまた見つかる可能性だってある。仲間の敵討ちに来たであろう相手だ。簡単には切り抜けられないだろう。それに、他の魔物に襲われることもあるかもしれない。

だとしたら、迂回して一日を消化するなんてしている余裕はない! 


覚悟を決めろアラン。戦おう!



私は、匍匐前進をしながら手前のオーガのところまで近づく。距離は20mまで接近した。だが、斜面になっていてこちらの方が地形は上にいる。まだ気づかれてはいない。

よし、やるぞ!


私は全身に魔力を流し、うつぶせの状態から静かに剣を抜く。確実にそして瞬時に潰す。そのためには投擲では心許無い。剣にて両断するのだ。


立ち上がり、一気に斜面を駆け出し、魔力で強化された足で瞬時に近づく。

あちらもこちらに気づいたようだが――


「ギッ――!」


――首を刎ねる。

即座に死体を地面に倒し、その場に私も倒れ込む。

どうだ? 他のオーガは気づいたか? もし気付かれたら一巻の終わりだ!


1分程経った。

気付かれてはいないようだ。


「ふぅ……」


声を上げる前に倒せて良かった。次は北東にて休憩しているオーガに向けて駆け足に進む。


50m地点まで近づいた所で、闘気を纏わせたダガーを1本、2本、3本と投げつける。

狙いは1本は外れたが、2本目は頭部に刺さり、3本目は右胸に刺さった。


当然、オーガは木に2本のダガーで縫われたまま、絶命する。


手前の敵から北東に敵を倒しつつ来た。現在地は北東だ。残りのオーガは司令塔であろう。中心のオーガと北西のオーガ、中心のオーガよりも更に北にいた変異種のオーガだ。


次の動きは決まっていた。駆け足で中心のオーガに向かう。案の定直ぐに見つかるが、距離は後、50m程だ。中心のオーガは叫びながら、剣を構える。周りのオーガと赤いオーガもその叫び越えに気づいたのか中心のオーガの下へ駆け寄る。


3間の地点まで来たところで上段に構え、魔力を剣にも纏わせる。瞬動にて中心のオーガを右袈裟に両断し、そのままオーガの下へ直進。北西のオーガの下へ向かう。右に迫ってくる赤いオーガは無視して、走り続ける。

奥のオーガも瞬動にて両断して、振り返る。

赤いオーガが大地を揺らしながらゆっくりとこちらに迫ってきていた。


距離は150m程か。

私はダガーを4本取り出し、1本、1本全力で投擲して胴体を狙う。1本目は脇腹に刺さり、2本目は右肩に、3本目は右胸に刺さる。4本目は外れてしまった。残りのダガーはない。


「グガアアアアア!」


地響きのような叫び声を上げる。敵が100m地点まで近づいてくる。私はそのまま森の中を北に直進し、赤いオーガを振り切ろうとする。右斜め後方のオーガを見ながら走る。赤いオーガは刺さっている3本のダガーを抜いて、放り投げた。

すると、傷口から白い煙を上げながら少しずつ塞がって行っている。


「なるほど。再生能力ってわけか!」


ここでテンプレのRPGのような能力。投擲である程度、損傷して逃走すればチャンスはあると思ったのだが。赤いオーガが全速力で駆けてくる。その速度は巨体に似合わない程に早い!


このままでは直ぐに追いつかれてしまうだろう。


「クソッ!」


逃げ切れない! 

なら、覚悟を決めろ!


私は、その場に立ち止まり振り返って赤いオーガが接近するのを待つ。額から汗が流れ落ちる。



もう10間までの距離まで近づいてきたところで、私は上段に構えて、隙を伺う。


――8間、7間、6間、5間、4間!


「せりゃああああああ!」


大地を魔力で強化した足で蹴り、加速した腕で右袈裟に胴体を切る。


だが、それは第三関節までは入るが、胴の筋肉に受け止められる。


嘘だろ! 武器も魔闘気で強化しているのに受け止められるのか。


そして、丸太のような右足での回し蹴りが飛んでくる。


ダメだ、避けられない!


左の小盾で受けていなす事も出来ず直撃する。4間程吹っ飛び、地面を無様に転がる。


「ぐっげぼっ」


立ち上がろうとするが、内臓をやられたのか口から血が噴き出る。よろめきながら立ち上がる。

赤いオーガはにやりとまるで遊び道具を見つけたように笑い、ゆっくりと地響きを鳴らしながら迫ってくる。


赤いオーガの肩口の傷も少しずつ塞がっている。


糞っ! このままじゃジリ貧だ。なぶり殺しにされる。


5間の距離に入ったところで、赤いオーガはこちらに飛び込んでくる。

迫り狂う拳を紙一重で上半身を逸らして躱し、足に一閃するが、下半身に力の入ってない薙ぎ払いではかすり傷程度しかつかない。

そして、その傷もすぐに回復する。


回し蹴りをしゃがんで回避。

上から押さえつけるように掌底が飛んでくるが、右に転がりながら避ける。

が、それを待っていたかのように拳が捉える。


――躱せない! 死んだか。


スローモーションになる視界の中、エリカの微笑む姿が映った。


――拳が直撃する瞬間、後ろに飛んで威力を抑える。


だが、肋骨がミシッと悲鳴を上げるような音を上げた。

そのまま後ろに5間吹っ飛ぶ。


肋骨が折れたか、ヒビが入ったかもしれない。

立ち上がるのが億劫だった。

もう、勝ち目なんてない。魔力を込めた武器ですら少しの傷しか負わせられなかったんだ。




――だけど!


今・・・私が死んだら。エリカも薬が無くて死んでしまうだろう。


町に来て直ぐの頃に、出会って。毎日のように話しかけてくれたり、お弁当を作ってくれた。

アレンに勝った時には、自分の事のように喜んでくれたっけ。

そんな、少女が13歳という若さで亡くなってしまう。


――そんなの。


「そんなの許せるわけないだろうがああああああ!!」


口から血を吐き出しながら震える足を立ち上がらせる。手は死への恐怖でガチガチと煩い。

燃やせ。燃やせ!

魔力を!

身体を!

血液を!

心を!

命を!


「燃やせえええええええええええええ!」


魔力を異常なスピードで体内に循環させる。心臓がポンプのようにありったけの魔力を流し込み循環していく。


その時、体中に纏う魔闘気が炎のように爆発的に体を包み込む。

今までの魔闘気の3倍、いや4倍程の魔力がゆらゆらと燃えるように身体を包んでいる。

身体からは尋常じゃない程の力が溢れ出ていた。


「ゲホッ! 行くぞ。化け物!」


赤いオーガは戸惑っているようだが、それでもなお余裕な表情で近づいてくる。


敵が5間の距離まで近づいた所で、炎のように爆発的に増えた魔力で大地を踏みしめ、上段の構えにて突っ込む。

相手は余りの速度の変化に対応できず、迎撃の拳が間に合わない。

ありったけの魔力を両腕と剣に込めて右袈裟に相手の右足の太ももを両断。切り飛ばす。


放物線を描くようにくるくると宙を舞う右足を背に、敵を抜き去る。


そして、全速力で突っ込んだ身体を大地を右足で踏みしめ、全魔力で身体を反転させる。

余りの力に右足の大地にめり込む。

右足からブチっと何かの切れる音とミシリと軋む音が聴こえたが無視して、身体を反転。


赤いオーガは耐性を崩して右に横倒しに倒れようとしていた。

瞬時に、何百、いや、何千も構えた居合の構えを取って、剣を振り抜く。


「ハアアアアアッ!」


――紫電の太刀


一閃。赤いオーガの首を全魔力で逆袈裟に切り飛ばす。おもちゃのような音を出しながら、オーガの頭部が刎ね飛び、体が大地に倒れ伏すと赤い鮮血が辺りを赤く染めた。

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