第20話 目覚め19

「やった……か?」


頭部を失った赤いオーガは倒れ伏して、痙攣していたが、それもすぐに止まった。


私は赤いオーガが完全に死んだ事を確認すると安堵してその場に倒れ込む。

爆発的に増えた魔力で強化した身体は限界を迎えたかのように、痛みを訴えてきていた。

尚更、肋骨と右足に酷い痛みが走り、立ち上がる事が出来なかった。


ポーションを飲んで少し休憩した。ポーションを飲んだが、痛みは消えない。辛うじて痛みが少し和らいだくらいのものだ。下級回復薬では回復しない。

恐らく、右足は骨折。肋骨もヒビか骨折しているかもしれない。

状況は最悪だった。


息を整えた後、納刀した鞘を杖代わりに立ち上がる。鞘を杖のようにして右足を引きずりながら、背嚢を下ろした場所まで引き返す。その間に鞘よりも長い木を新たな杖代わりにして、ようやく背嚢の場所まで戻れた頃には夕刻になっていた。


通常の状態なら3日で森を抜けることが出来る計算だが、今の足の状態だと早くとも5日ないしは6日はかかるかもしれなかった。


マズイ。このままだと、期日の10日を過ぎてしまう。

だが、自分に出来る事は前に進むだけ。寝ずに夜も歩けばもしかしたら10日に間に合う可能性もある。

……いや、それにかけるしかないのだ。



 夜、背嚢から干し肉を取り出して咀嚼しながら前へ進む。暗い道のりだが、小川を道沿いに進めば森を出ることが出来る。小川を道しるべに私は夜中の森の中を進んだ。


 気づけば、朝になっていた。七日目だ。戦闘による負傷と疲労。寝ずの進行により、体力は底を尽きていた。それでも、這うように進んだ。


 ふと、遠くに人影が見えた。走りながらこちらに近づいてきているようだ。まだ豆粒のように小さいその人影に、私は警戒して剣を抜く。足は動かないが、多少ならやれないこともない。

だが、その人影は魔物ではなかった。その人影はこちらに手を振りながら近づいてくる。


「あ、アレン!?」


「おーい、アラン!」


その人影はアレンだった。だが、彼は富士の霊水を求めて旅だったはずだ。行程では7日半かかると言っていたのにだ。


「おい! どうしたその怪我は! アランまずは横に慣れ!」


アレンは目の前まで来ると、私を一旦寝かせて、身体の至る所を触って行く。

それが右胸と右足の関節に手を這わせると痺れる痛みが走った。


「痛いか? ちょっと足を見させてもらうぞ」


「これは、骨折してるな。右胸はひびが入ってるかもしれない」


アレンは右足の関節に包帯を幾重にも巻いて固定する。


「んで、いったいなにがあったんだ?」


「ちょっとね。赤いオーガ。オーガの変異種と戦闘になっちゃってさ。やられちゃったんだ」


私は努めて軽く話すが、アレンはその話に酷く驚いた後、悲しそうに呟く。


「悪い。俺が、言ったばかりに」


アレンは責任を感じたようだ。でも、そんなことない。これは自分で決めた事。エリカを助けたいから決めた事なんだ。アレンが責任を感じることなんてない。


「ううん。そんなことないさ。助かってる。……でさ、アレン頼みがあるんだ」


アレンが来たことは私にとって神にも等しい存在だった。こんな幸運な事なんて滅多にない。


「いや、言うな!」


アレンは目を閉じて、駄々を捏ねるかのように言う。そう、私が言わんとしている事を分かっているかのように。


「月光花の蜜を――」


でも、私も引くに引けない。なんとかして、頼まなければ。アレン、お願いだよ。


「――だから言うな!」


「届けて欲しいんだ」


アレンは悲しそうに俯いていた。でも、私にとってはこれはチャンスでもあった。このまま自分一人では10日には間に合いそうにない。だが、アレンの足があれば3日もあれば、町に着くのだから。

エリカは助かる。アレンに任せれば確実にだ。


たとえ、それが私の命に問題があるとしても。

そうだ。こんな魔物の出る森で置いてけぼりにされるなんて殺してくれと言っているようなものだ。

でも、それでもエリカが助かるなら私はそれで良いと思っていた。

いや、そうしたい。彼女の為ならそうしなければと思うほど、惹かれていた。


「……俺はよ。エリカ嬢のことを小さい頃から見てる。本当の妹みたいにな」


「なら、アレン! 頼むよ」


「でも! だからって! 親友ダチをこのまま野放しになんて出来るかよっ!」


アレンは泣いていた。涙を流しながら私の身体を立たせて右腕を首に這わせた。


「行くぞ!」


「でも、このままじゃアレン。間に合わないかもしれない……」


「良いから行くんだよ! 俺が、なにがなんでも何とかしてやる!」


「馬鹿だなぁ……」


「あぁ」


「本当に馬鹿だよ」


「あぁ! 馬鹿だよ! 俺は親友ダチも妹も見捨てられない大馬鹿もんだ! 文句あるか!」


「……ありがとうアレン」


本当に強引だ。だけど、そんな姿がとても恰好良かった。


「気にするな。寝ずに進行すれば間に合うかもしれない。体力を使うから、もう喋るな」


「わかった」



 アレンに肩を預けて進むおかげで行程は少し早くなった。だが、依然、間に合うかは分からない。

病人の世話をしながら進むのだ。それに魔物も出るかもしれない。

私たちは迫りくる時間と急に現れる魔物という恐怖に苛まれながら進むしかないのだ。



 夜、一旦休憩を取ることにした。保存食を咀嚼し、食べ終わると、強烈な睡眠が襲い掛かってきた。

必死に目を凝らして眠らないようにするが、もう限界だった。


「アラン。限界だろ。お前は怪我もしているし、一旦寝たほうが良い」


「でも――」


「――でもじゃない。それに、体力を回復したほうが、進むのも早くなるだろ」


こうなったら梃子でも動かないアレンの言葉だ。でも、確かにそれもそうか。

私はアレンの言葉に素直に頷いて眠った。




 気づいたら、早朝になっていた。なにかゆさゆさと体が上下している。目を覚ます。すると、アランが私を肩に背負って歩いていた。


「な! アレン。もしかして寝ている間、ずっとこのまま歩いていたのか!」


「ん? あぁ、そうだな。俺は野伏だぜ? 体力には自信があるし。まだまだいける」


「でも、富士の霊水を取りに行ってからこっちにきたんだろ?」


「そうだな。富士の霊水は寝ないで進んで4日の夜に町に戻ったんだ。そして、一日町で寝てから、アランの方に来たってわけだ。こっちに来てからはしっかりと睡眠を取りながら今まで進んでいたから、まだまだ体力は有り余ってるぜ」


「良いから下ろして。私も歩くよ」


「おう。そうか」


 もう八日目だ。私たちはゆっくりとだが着実に進行していた。昼間には森の中心まで進んでいることを確認する。ここからなら常人なら二日で町に戻れるだろう。常人ってことは休みを入れても二日ということだ。つまり、私たちは夜も歩かなければ間に合わない。

 軽い休憩と昼食を取った後、夕日が進むまで歩いた。

 そして、夜も干し肉を咀嚼しながら前に進む。



 それから二日後、ついに十日目になっていた。依然、森の中だが、あと少しで町へ続く道に着くはずだ。

 夕日が空を茜色に染め上げている時間になって、森の中を出ることに成功した。あと、3時間もすれば、町に着くはずだ。アレンの目にも笑みが零れていた。私も釣られて笑った。


 町に着くころには空は黒くなっていた。門兵に冒険者証を見せて、直ぐに町に入る。

町に入ると目の前に馬車が止まっていた。


「アレン様とアラン様ですね。急ぎ、馬車に乗ってください!」


従者の人がそう言って、扉を開ける。アレンは私を肩に担いで、馬車の中で横倒す。そして、自分は対面の席に座っていた。


「直ぐに出ます!」


従者の声が掛かると手綱の音が響き、馬の嘶きの後、馬車が進む。

20分も掛からずにデニス――領主様の家――に着き、下ろされる。アレンは私を担ぎながら走って、入り口の扉を開ける。


直ぐに、他の侍従が確認を取り、エリカの寝室に通される。

錬金術師の客室で薬を作るのではないのか? 

なぜ、エリカの部屋に通されるのか良く分からない。

なにか嫌な予感がしていた。


エリカの部屋の前に着き、アレンは私を下ろすと、扉を開けた。


中にはギルド長とデニスさんがいた。デニスさんがエリカの手を握って俯いていた。

そういえば、エリカの身体から真白く輝く光が出ていなかった。


「戻ったか。アレン。アラン」


ギルド長のその言葉に頷くと、デニスさんがこちらを振り向く。その目には涙が溢れかえっていた。


「ありがとう。二人とも。でも、もういいんだ」


「え? エリカさんはいったいどうなったんですか!?」


「発光現象が収まって、心音が今さっき止まったんだ」


「それって、つまりよ――」


「――ああ、もう亡くなってしまったんだっ!!」


「そ、そんなことって……だって、後一日は猶予があるって!」

私は背嚢を下ろして、よろよろと足を引きずりながらエリカの眠るベッドに向かう。

彼女の寝顔は亡くなっているには見えない。今にも動き出しそうに見えた。


「俺が、不甲斐ないばかりに!!」


「いや、そもそも私が怪我などしなければ!」


「二人とも止めろ。もう、こうなってしまっては意味がない。不毛だ」


確かにそうだ。みんなで集めたアイテムも意味が無くなってしまった。

エリカ。13歳の少女がこんな若さで亡くなってしまったなんて。

もう、あの笑顔も見れないのか。

私はエリカの頬をそっと撫でた。瞳から涙が零れ落ちてエリカの目から流れ落ちる。


その時、エリカの身体から眩い光が発現し、部屋全体を眩く照らし始めた。

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