第18話 目覚め17

 アレンと昼食を取った後、修練所にて訓練を開始する。明日から採取に向けて旅経つということもあって、いてもたってもいられなかったからだ。アレンも同じようで訓練をしていた。

流石に、怪我をする可能性もあるので、二人で模擬戦をすることはしなかった。お互い無心でそれぞれ分かれて訓練を行っている。


私は紫電流の技を磨いた後、ダガーの投擲術の訓練を行う。

この採取では極力戦闘を避ける事が必然的に日数を稼ぐことになる。魔物を見つけても避けられない場合以外は避けるのが一番良い。

ダガーで魔物を負傷させて逃げる事も視野に入れて訓練を行う。



 気が付いたら、ギルド長が傍らで私の訓練の様子を眺めていた。辺りを見回すともうアレンも姿はなかった。訓練を切り上げたようだ。


「ギルド長。いらしていたんですね」


「ああ。もう、日も暮れる。そろそろ身体を休めろ」


「そうでしたか。わかりました。これ以上やっても体力を消耗するだけですしね」


「そうだ。あと、お前に渡しておくものがあったのを忘れていた」


ギルド長は腰のホルスターから黒い試験管とコルクを2本取り出して渡す。


「これは?」


「月光花は月夜でしか咲かない花なんだが、蜜も朝日を浴びると不純物が混ざってしまう。日光が入ってこないようにこれに入れろ。1本は予備だ」


「ありがとうございます」


「アラン……」


ギルド長が消え入りそうな声で呟く。その姿は自身に満ちたいつもの彼の姿ではなく、なにか酷く恐れいているように見えた。


「なんですか? ギルド長……」


その姿に不穏に思うも、ギルド長は「いや、なんでもない。忘れてくれ……」と言ってその場を去ろうとする。


「アラン。無茶だけはするなよ」


ギルド長はそう言葉を残すと修練所の入り口の階段を上っていった。

はて、どうしたのだろうか。もしかしたら、私だけ、メンバーの中で実力がないから心配されたのかもしれない。でも、そんな事は皆、承知のはずだ。他に言うことがあったのかな。聴いておくべきだったかもしれない。


 明けて、目的の日がやってきた。門前では、ギルド長、アレン、デニスさんがいる。私は、ホルスターに入ったダガーの数や、後ろ側に止めている赤い液体――ポーション――が落ちないか。直ぐに取り出せるかを確認する。腰に帯刀している片手半剣も鞘から取り出し、刀身を確認する。

うん。大丈夫そうだ。


「おい、アラン。今から背嚢の中までひっくり返して確認する気か?」


「流石にそこまではしないけど、何かしていないと気が静まらないんだ」


「気になるのは仕方ないが、そこまでにしておけ。二人共もう出発するぞ」


「じゃあ、皆。僕の娘の事をどうか頼む」


デニスさんは腰が折れるかのように深々と礼をする。握りこぶしからは血が薄っすらと滲んでいた。

この人の期待に答えたい。そして、エリカを救いたい。その一心で答える。


「任せてください」


アレンとギルド長も「ああ」「任せろ」と返事をして、私たちは門を出る。


「では、二人とも。到着は別々になるが、気を付けて戻って来い。敵は迂回する事を念頭に置いて採取を優先するのだぞ」


「ああ、わかってるさ」


「では、行くぞ。皆の幸運を祈っている。解散」




 私は一ヶ月のサバイバル生活をしたあの場所――東の魔物の森――に向かう。空は曇天であり、早朝は少し肌寒い。まさかまたあそこに戻ってくるなんてな。と一人で愚痴りながら歩を進める。

2~3時間で森の入り口に到着した。前見た光景と一緒で、先は暗く見通せない。不気味なほど真っ暗な森だ。

エリカのことを思う。彼女は今も苦しんでいるんだろうか。あの苦ししそうな姿と呻き声が忘れられない。早く苦しみから解放してあげなくては。

私は、足早に森の中を進んだ。


 以前、ベースキャンプにしていた地点まで歩いて到着したときには正午になっていた。太陽が真上を射している。曇り空も晴れていたようだ。ベースキャンプには、私が生活していた名残が残っていた。


 この水源を上流に進んでいけば、山に到着するだろう。水も小川を通って行けば問題ない。それに水筒も用意しているので、山を登るまで水には困らないだろう。さぁ、行こう。


川を上流に向かって進んでいく。進行は滞りない。この調子なら、もう少し早く到着することも可能かもしれない。


 日が沈みかけ、空に茜色が見え、暗い闇が侵食している時間になった。目と耳に魔闘気を流して進んでいると遠くに四足歩行の犬が見えた。

魔狼だ。どうする? 迂回するか? いや、その場合かなり迂回しなければならない。なら迎撃するか? ダガーでは当たり所が良くなければ一撃で倒すことは不可能だろう。なら、剣で倒そう。

少し進んで、相手との距離が150m程度になったとこで、魔狼もこちらの姿を確認したのか走りかかってくる。私は背嚢を下ろして、剣を上段に構える。二間の距離になるとあちらは、大地を蹴って飛び掛かってくる。狙いは私の首だ。頭を捻って首に飛び掛かってくるのが、見えた。

私は、飛び掛かってくる魔狼を左に避けて、すれ違いざまに一閃。


魔狼はそのまま大地に突っ伏して血と内臓を撒き散らす。


「ふぅ……」


どうやらなんとかなったようだ。ふと、アレンが魔狼を倒している姿を思い出した。そういえば、アレンもこうして倒していたな。あの時にはアレンに引いてしまったが、今ではそんな感傷もなかった。

成長したのか、殺すのに慣れたのか。今は考えるのをよそう。血の匂いで他の魔物が現れるかもしれない。魔狼の死骸を背に背嚢を背負い直すと、直ぐに前に進んだ。



 夜、火打ち石で火を起こして鍋に干し肉と水を入れて煮込む。

簡単に作った夕食を口にしながら、地図を広げる。大丈夫。このまま小川を登って行けば山まで行ける。今日一日の行程は滞りなく進んでいるのだ。この調子で行けば明日には森の中心地を抜けるだろう。


 簡易の鳴子を周辺に設置して、剣の手入れをした後、寝袋の中で寝ることにする。疲れていたのか直ぐに意識を失った。




 二日目。早朝から起き出し、ドライフルーツを齧りながら出発の準備を進める。身体には問題はない。体調は良好だ。直ぐに片づけを終えると、足早に小川の上流を目指して歩を進める。


 歩き始めて3時間程だろうか。遠くに山が見える。あれが、月光花の群生地の山なのだろう。

森の中心地にまで進んだということなのだろうか。森は3日かかる予定のはずなので行程通りに問題なく進行しているということだろう。

少し、気持ちに余裕ができた。さて、前に進もう。



三日目。二日目と同じく保存食を噛みながら片づけをして先を進む。二日目は魔物に襲われることもなかったので、三日目も魔物に見つからないように進みたい所だ。


 夕刻、ついに念願の山の下まで辿り着く事が出来た。だが、後ろから緑の魔物。オーガが迫ってきているのを確認できた。オーガとの距離は50mだ。後ろに気を遣わずに進んでいたのでここまで、接近を許してしまった。まったく抜けている!

このまま進んでいたら、恐ろしいことになっていたところだ。


私は直ぐに背嚢を下ろして、臨戦態勢を取る。今回も前回オーガを倒した時と同様に剣に魔力を通して居合の構えを取る。敵が3間まで近づいてきたところで、瞬動を使い、紫電の太刀で逆袈裟に振り抜く。オーガはこん棒で受けようとしたが、こん棒を両断し、オーガの身体を切り裂く。

驚愕の表情を浮かべながらオーガはそのまま仰向けに倒れ伏した。近くまで近づくと息絶えているようだった。

良かった。今度は上手くやれた。他に追っては着てないようなので、夕刻だが、他の魔物が来ないようにその場から10分くらい歩いたところで、今日は休憩することにした。


 四日目。目覚めてから、寒さで身が凍えた。直ぐに背嚢から防寒具を用意する。辺りには薄く白いベールがかかっている。霧が出ているのだ。ここからは、寒さに気を付けて進まなくてはいけない。まだ、完全な冬山ではないが、防寒具をしっかりしないと凍傷になるかもしれない。かじかむ手に息を当てて温めると、白く息が立ち上る。

私はドライフルーツを噛みながら、片づけを終えて先を進む。


慣れない山登りに苦戦しながらも魔物に襲われることもなく、着々と進む。

辺りには疎らに白い雪が残っている。

そういえば、アレンから山に登ったら1日は休めと言われたな。あれは高山病対策なのだろうか。

私は昼の休憩を追加して身体を休めることにした。

昼間になって少し明かりが出ているが、まだ寒さは続いている。今のうちに夜に備えて薪木も拾いながら進む。

少し、時間がかかったが夕刻になったので、火を起こして、干し肉と水を入れて煮込む。

出来たスープを飲みながら、少し柔らくなった干し肉を食べる。身体に温かさが沁みた。冬山は防寒具を着ていてもなお、身体にこたえる。夜になれば尚更だった。

その日は寝袋を出して就寝した。周囲に鳴子を張り巡らすことすらも忘れて、疲れ切った頭は意識を手放した。


 五日目。顔に水滴が当たって目が覚めた。冷たい。それに寒い。早朝に目を覚ますと霧が濃くなっているのの他に雨も降っていた。火を起こそうとするが、薪木が湿ってしまったために、火を点けることが出来なかった。保存食を食べて、少し体を休めた後に荷物をまとめて先に進む。道は雨で泥濘、足を取られることも何度かあった。それでも先に進む。

エリカのタイムリミットは十日。もう半分を過ぎていたのだ。かなり、時間をかけてしまったな。帰りはスピードを上げなくては。

そのためにも、今日中に山頂に着いて月光花の蜜を採取しなければならない。


昼になった。もう山頂には着いていた。少し息が苦しい。山の上は空気が薄いと聴いたが本当のようだ。


「はぁはぁ……」


零れる息も白く立ち上る。私は山頂にあるであろう月光花の群生地を探して歩き進める。


 しばらくして、紫色の蕾が多く生っている場所を見つけた。これが月光花だろう。

辺りは夕刻になろうとしていた。雨も夕刻には止んでいた。

私は直ぐに寝袋などを準備する。寒くて仕方がないのだ。薪木もないため、火も点けられない。そのまま、干し肉を口の中で何回も咀嚼しながら、夜を待った。


 夜、満月が零れるように辺りを照らしている。月光花は紫色の花を咲かせながら月の光を一心に受け止めている。多くの月光花が辺り一面に咲き乱れており、とても幻想的な光景が広がっている。



私は、月光花の花を摘み取りギルド長から渡された黒い試験管に花を絞りながら蜜を入れる。

一つでは爪先程しか集まらない。私は15程の花を摘み取り黒い試験管に蜜を入れた。大体、試験管の半分くらいまで集まっただろうか。


「これだけあれば大丈夫かな」


私は、蜜を採取し終えて寝袋の中で一夜を過ごした。寒さは堪えたが、目的を達成した喜びが勝っていた。これで、あとは山を下って行くだけだ。

エリカ待っててくれ。

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