第11話 目覚め10

5日後、ギルド長が首都に出向いていった。確か二ヶ月は戻らないと言っていたので、その間はギルド長の扱きもなくなったということだ。

一応、アレンが訓練を引き継いでくれるらしいが、どのような訓練をするのか楽しみであり、不安でもあった。

あれ、私ってこんなに訓練好きだったっけ。でも、確かに少しづつ着実に強くなっている感覚はとても気持ちが良いものだ。紫電の太刀が出来たとき等、喜びも一塩だった。



 いつも通り、午前は冒険者ギルドで仕事をした後にエリカが、修練所の入り口から現れた。私は訓練している手を止めて、彼女の方に向かう。

エリカはほぼ毎日のように彼女がお弁当を作ってくれるので、一緒に食べてから訓練を開始する事にしている。

彼女は魔道具で魔法適正を調べた事があった時から毎日、お弁当を作ってくれて、私の修練の様子を夜になるまで見学している。どこが面白いのか私にはわからないのだが、本人曰く「そんなことはない!」とのことだ。まぁ、本人が退屈していないならそれでいいのかな。


 シートを床に広げて、ランチボックスを開ける。今日はバゲットの上にハムととろけたチーズがのっている。焼けた香ばしいチーズの匂いが食欲をそそる。


「ありがとう。エリカ。今日もとてもおいしそうだね」


「ふん。どうもありがとう。感謝して食べなさい」


彼女にお礼を言うと、いつものように顔を仄かに紅くしながらそっぽを向く。彼女の態度に相変わらず素直じゃないなぁと苦笑いしながら笑う。


「お、アラン! ……にお嬢もいるじゃねぇか!」


入り口からゆったりした歩みでアレンが降りてくる。彼は手を気だるげに上げて、近づいてくる。


「アレン! 久しぶりだね。ダンジョンの調査は一段落したのかい?」


アレンは私の隣に「よっこいせ」と腰を下ろす。


「ああ、ダンジョンの上層についてはある程度マッピング出来たんだ。だがな、まだ下層がある事が判明しちまってさ。俺一人じゃそこまで長居も出来ないってことで、Cランクの5人組パーティを呼んで調査してもらうことになったんだ」


彼は「つまりは、お役御免ってことだな」と言って、頭を掻く。確かに、アレンは一人だけだからな。町からダンジョンまでの道。それに、未だ底がわからないダンジョンの下層では、食料も準備も足りないってことだろう。そのための、中人数のパーティーへの引継ぎってことなんだろう。


「あら、アレン。お久しぶりね。元気そうでなによりだわ」


「おう。お嬢も元気そうだな。冒険者ギルドの中に衛兵がいたから、もしやとしたら本当にいたのか」


「ええ。お父様の親馬鹿にも呆れます。この町で襲われることなんてないのに」


「まぁ、お嬢は俺ら一般市民にも人気があるし、良く街中歩いてるから親近感もあるしな」


「えっと、アレンはエリカと知り合いで良いのかな?」


「ああそうだな。ま、ギルド長の息子と領主様のご息女ってことで昔からちょっとな」


それもそうか。ギルド長と領主様はかなり仲の良い感じだったし。その子供のアレンとエリカも知り合いなのは当然か。


「ま、仕事の方は落ち着いた。そういうことで親父からアランの訓練を引継ぐ事になったってわけだ」


アレンはそう呟いて、ランチボックスからバゲットを取り出して、口に咥えた。


「あぁ! アレンさん! それは、アランの為に作ったのよ。勝手に食べないで!」


「良いじゃねえかお嬢。こんなにあるんだし、味も良いぞ!」


「…ん…まぁ、多少多めに作ってはいるけど! それにしたって何か一言くらいあって良いんじゃないの!?」


「じゃあ、ちょっくら頂くぜ! ありがとな」


「まったく! もう、良いわよ」


アレンは二口目に手を付ける。流石アレンだな。この町の領主様の娘に対しても変わらない態度。まったく凄い大胆な男だ。私は変わらないアレンの姿に笑う。


 私もバゲットを口にする。焦がしたチーズとハムのおいしさに舌鼓を打つ。


「うん。いつも通り美味しいね」


「そ、そう? ならよかったわ」


「ほう……いつも通りだって? まさか毎日、弁当を用意して貰ってるのか?」


「うん。そうだよ。ありがたいよね」


「もしかして、手作りなのか? お嬢」


今度は、エリカに向けて目を細めて聴いてくる。なんだか嫌な予感がする。


「……そうだけど、なにか!?」


「ほほう……領主様のご息女に毎日、弁当を作って貰っていると!」


アレンは嫌らしい笑みでニヤニヤと私とエリカを見ている。


「それは、それはアランはお嬢にとても愛されてるなぁ!」


「愛って! ゲホッゲホ」


「あ、あああああああああああ! 愛ってそんな、そんな事ないわよ!」


うっ器官に入った。息が苦しい。それにしても、なにを言ってるんだアレンは! エリカも顔を真っ赤にしないで欲しい。本当みたいじゃないか。


「じゃあ、なんだってんだ? なんでもない男に? 意味もなく弁当を毎日! 手作りで! 用意していると!」


「もおおおおおおおおおおおお! アレンのバカバカバカ! おたんこなす! 意地悪!」


「ウッウッ。おい、ボディは止めろ! 食べたもんが出てくるだろ」


「アレンに食べさせるものなんて一つもないんだから! 吐き出しなさい!」


「淑女がそんな事言うもんじゃないだろ。悪かった。悪かったから止めてくれ! 降参だ」


どうやら一連のやり取りは終わったみたいだ。私は、突かれないように気配を消して隅っこで昼ご飯を食べるのだった。


「んで、アランはいったいどこまで上達したんだ? 親父からは手に余る才能だって言われてるんだが」


昼食後、アレンがだらんと足を伸ばして気だるげに聴いてくる。


「え、ギルド長がそんな事言ってたの? 初めて聴いたよ」


「げっもしかして言っちゃいけない奴だったか? 悪いな今のは忘れてくれ」


「アランはもう紫電流の瞬動と紫電の太刀を使えるようになっていますよ」


「うん。そうだね。紫電の太刀はつい最近、教えてもらった程度だけどね」


「……ほう。そうか。じゃあ、木杭に打ち込んでみてくれ」


アレンは急に目を細めて、こちらを見やる。その視線からはもう気だるげな目はなくなり、張り詰めた空気がひしひしと伝わってくる。一瞬で空気が変わった様子にエリカも何を言っていいのかわからないようだった。


「……わかった。じゃあ、行くよ」


木杭に視線を向けて木剣を上段に構える。後ろからアレンの視線を受けながら木杭に対峙する。


「ハアアアアアッ!」


魔力を込めた後ろ足で大地を蹴り、右袈裟に木杭を抉る。そして、大地を滑るように進みながら、振り返り、振り下ろした木剣を居合の構えに持ち変える。


「ハッ!」


瞬動にて加速したスピードのまま魔力で強化した両手で木剣を一閃。

木杭には右袈裟に第三関節の切り込みが、逆袈裟に指から手首程の長さの切り込みが入っている。


「……凄いな。瞬動に最後の紫電の太刀は一撃目よりも威力もスピードも桁違いだ」


「ほんとかい! ありがとう」


アレンはエリカに向かってなにか問いただしている。


「……恐らく、紫電流の中級……いや、上級に手を……。物凄い才能だ」


「まさか、そこまでとは……」


「アランは毎日、訓練を……」


「ええ。平日は午後から夜も寝るまで……。休みは早朝から夜……」


「なるほどな。才能だけ……、体力の限界まで……みたいだな」


なにか二人でゴソゴソと話しているようだ。途切れ途切れにしか聴こえなかったが褒めてくれているようだ。なんだか自分の事なのに恥ずかしいな。


「よし! じゃあ、アレン今度は俺といっちょ模擬戦してみるか」


アレンは修練所の隅にある武器庫から短めの片手木剣と小盾に投擲用の投げ木ナイフを7本程腰のベルトに差し込むと爽やかにそう言った。


「うん。宜しくお願いします」


「おう。掛かって来い!」


距離は大体、3間。人が3人分ってとこかな。私は、上段に構える。アレンは正眼に構えてこちらが打ちかかってくるのを待っているようだ。

私は瞬動を使い、一気に間合いを詰めると右袈裟に振り下ろす。瞬間、アレンは両腕を十字に構え小盾と木剣で振り下ろしを受け止める。


「っおらぁ!」


そして、木剣でこちらの木剣を足元にいなして、宙返りで回転しながら後背の右肩に振り下ろしが入る。


「うっぐぅ!」


身体のみの体重と力での振り下ろしだが、瞬動で加速された分と上からの木剣の重さに、威力は桁違いに上がっている。身体を堪えて、アレンを通り過ぎる。大地を大きく踏みしめて、渾身の紫電の太刀を繰り出す。

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