第8話 目覚め7

 少し時が経つと自分の置かれている状況に気づいてくる。修行中に意識を失った私は彼女に介抱されていたというところだろう。にしてもエリカ = ランドとはつまり、領主様――デニス = ランドのご息女ということではないだろうか。そのような方に介抱して頂けるとはとても男冥利に尽きるというか、いやいや、この状況は不味いだろう。貴族様に膝枕して貰うなんてもしかしたら恐ろしい罰則があるのかもしれない。


 私は直ぐに、立ち上がり介抱して頂いた礼をする。


「介抱して頂き誠にありがとうございます。ご息女様にはなんとお礼を申し上げればいいやら……」


感謝の言葉を申し上げているのだが、彼女は頬を膨らませて「うー」と唸っている。彼女の機嫌を損ねてしまったのだろうか。だが、特に悪い事は言ってなかったと思うのだが……。


「うー。古代人さん。私は確かに、領主の娘で貴族です。だけど、私は貴族の礼儀や作法等はとても嫌いなの。なので、古代人さんももう少し砕けた口調で話してください」


「わ、わかりま――」


「むっ」


「――わかった」


「うん。それでよろしい。で、古代人さん。あなたの名前はなんて言うの?」


納得したような顔でうんうんと頷いた後、彼女は私の名前を尋ねてくる。


「古代人じゃないよ。私は、アラン。記憶喪失のアラン」


「そう。記憶喪失なのね。なにか覚えている事はあるの?」


「そうだね。……妻の顔や姿くらいかな。名前は思い出せませないんだ。こんなことを言うのは無礼かもしれないけど、君の顔や姿にとても似ている。まるで、本物みたいだ」


「あら、それってナンパかしら。介抱したからってちょっと、手を出すのが早いんじゃなくて?」


そう言いながらくすくすと笑う姿に妻の姿が被る。彼女の笑顔は誰もを明るくさせる。


「ち、違うよ。確かに顔や姿は似てるけど、髪や目の色は黒髪黒目で、僕と同い年なんだ。まず、エリカさんとは年齢が違うよ」


それもそうだ。私は、自分の年齢はわからないが、多分20中盤に近いだろう妻は年下だったが、流石に12,3歳にしかみえない彼女とは年齢が違う。因みに後で年齢を聴いたが12歳らしい。

後半年で13歳になるということも教えてもらった。


「ふぅーん……黒髪黒目ね。髪は私と同じでロングなのかしら?」


「え? そうだね。髪の長さも大体一緒かな」


肩くらいあるロングの髪を指で梳きながら彼女は考え込んでしまう。

なにか考える事はあるのだろうか。この世界の人々を街中で軽く見た感じだと、私みたいな黒髪黒目は珍しかった。町の大通りから見た大衆の人々は見るからにファンタジーみたいな髪の色をしている。染めている感じもしなかったし、地毛なんだろう。


「……ま、いっか。ねっアラン! なんで、訓練なんてしていたの?」


「それは目的があるんだ。その目的のためには強くならなきゃならないだから訓練しているんだ」


「その目的って、聴いても大丈夫だったりする?」


「うん。私はね。妻を探しているんだ」


「……妻」


「ねぇ。奥さんを探すのはわかるけど、それと強さには何の関係があるの?」


「……じっとしていられないんだ。ギルド長に領主様は情報を集めてくれるって言ってたけどさ。それって、結局は人任せじゃん。それに、何年、何十年経っても見つからない可能性だってある。だったら自分から探しに行こうって思ったんだ」


「へぇ……奥さんを愛しているのね」


「照れるね。でも、記憶を失っても妻のことだけは覚えていたんだ。それだけ大切な人だったんだと私は思うんだよね。だから、なにがなんでも直ぐに助けに行きたいし、会いたい。ま、名前すら覚えだせないんだけどね」


「ちなみに、その奥さん私に似てるならさ。……私じゃダメ?」


「え?」


エリカさんの上目遣いの表情に自分の喉が鳴るのが聴こえた。銀色の瞳に蜂蜜色のロングの髪。胸は薄いが、くびれや足はスラっとしていてとても魅力的に見えた。


「な~に、じっくり私の身体見てくれちゃってるのよ!」


「へぶっ」


エリカさんに両頬を押さえられて、変な鳴き声がでる。


「まったく、ちょっとからかおうとしたら……これだから男ってやつは」


顔を真っ赤にして彼女は両頬を引っ張ったり縮めたりして弄ぶ。


「さっきのは冗談なんだからね! 勘違いしないでよ!」


「ふぁ、ふぁい」


「そう。それなら良いわ」


「ねぇ。明日も訓練するんでしょ? また遊びに来ても良いかしら?」


「へ? あぁ、良いですよ」


エリカさんの言葉に訓練なんて見てもどこも面白くないだろうにと思ったが、別に禁止しているわけでもないので了承する。まぁ、明日からはエリカさんに見っともない姿を見せないように気合を入れよう。

 訓練所から出ると、辺りは夕闇が色濃くなってきていた。私は、冒険者ギルドの食事処で、ギルド職員用の夕食を取って、直ぐに部屋に戻る。


 今日はいろいろなことがあった。ついにギルド長から剣技の訓練に入るとお達しを受けたこと。魔闘気なるものを解放してもらったこと。そしてエリカさんについてだ。彼女の姿は妻の姿に似すぎていた。性格も明るいところも似ている。ドッペルゲンガーか何かなのだろうか。この世には同じ人間が3人いるとかいうし。まぁ、そんなことはないか。


 私はベッドの上で座りながら魔闘気を再度解放する。身体が燃えるような熱を帯びて全身に力が満ちる。その状態を30分くらい維持していたら、急に身体の怠さと眠気が襲い掛かる。これが、魔力切れというものなのだろうか。私は、魔闘気を流し続けて、再度意識を失うのであった。



 基礎体力の向上の為、走り込みと素振りを行ってから、ギルド長との立ち合いという名のな扱きしごきをやることになった。左手に木製の円盾を装着し、木剣を右手に握る。素振りをしていたので、手が震えて握力が少し弱くなっている気がしたが、新しい事を始めることに気が高ぶっていた。


ギルド長も円盾に木剣を装着し、相対す。


「来い!!」


ギルド長からの宣言にそのまま突撃したかったが、ギルド長からにじみ出る気迫に気圧されて前に進む事が出来ない。盾も剣も下ろして、あまりにも無防備な状態であるにもかかわらずだ。

息が苦しい。まるで真剣を持って死合をしているかのように感じる。恐ろしさに体が震えた。


「どうした。臆したか!? どうせ、死ぬ事はないのだ! ならば、臆せず死ぬ気で掛かって来い!」


その言葉に背を押されて足を進める。そうだ。これは訓練なのだ。当たり所が悪ければ骨折もするかもしれないが、ただそれだけだ。今、ここで進まなくてどうする! 


「はあぁぁぁ!」


上段に構えて剣を下ろす。それを、木剣で逸らされてギルド長は一歩進み左手の盾で顔面を強打する。

 私は横に倒れながら、再度立ち上がる。鼻から血が出ているが気にしない。


「盾には殴打もできる。敵の甘い剣筋を逸らし間合いを詰めればこのようなこともできる。盾は守りだけではない。それも念頭に置いておけ」


私は、盾を前に突き出して走り出す。そして、ギルド長の視界を遮る様に盾をかかげて、盾の横から木剣を突き出すがそれも木剣で逸らされる。


「今のは良い攻撃手段だ。相手の目を盾で見えなくして一撃を加える。よし! ここからはこちらも行くぞ!」


ギルド長の木剣を5度程、木剣で受けたがそれだけで右手にもつ木剣が零れ落ちそうになる。必死に力を込めるが、あと受けられて1,2回が限界だろう。盾の殴打も受けているが、合間に来る足での蹴りに不意を打たれて脇腹に刺さる。


「剣や盾だけが、攻撃手段ではない。己の身体全てが攻撃手段だ! 覚えておけ」


脇腹に刺さった蹴りで横隔膜が痙攣して息をするのが苦しい。体力も限界だ。

私は魔闘気を纏って最後の攻勢に出る。


「ほう、もう魔闘気を自分で自由に出せるまでになっていたか」


ギルド長に向けて剣を振り下ろす。ギルド長もその速度に逸らすのは無理だと諦めて鍔迫り合いになる。私は左手の盾でギルド長の顔面を殴打しようとするがそれも盾で防がれる。

 ここだ! 私は、右足で回し蹴りをした。


「目線でやりたいことがバレバレだ」


だが、一歩後ろに下がってそれを避ける。全力で挑んだが、目線で木剣や盾がフェイントだとバレてしまっていたのだろう。それは反省だ。


「どうした。まだ体力があるなら掛かって来い!」


「は、……はい!」


ギルド長の攻撃を上体を逸らして躱し、盾で逸らすが一歩前に進んで木剣を下ろしてくる。

躱せない! 上体を逸らした状態で木剣で受け止めるが力が足りずに取り落してしまう。額に木剣と顎に盾の殴打を食らい、頭がぐわんと揺らされて意識を失った。



 起きると、また目の前にエリカさんがいた。


「あ、起きたね。美少女に膝枕してもらうなんてなんて羨ましいんだこのこのー」


「エリカさん。ありがとう。あと、自分で美少女なんて言うものではないと思うよ」


「ぶー! 周りのみんなからも美少女って言われてるから間違ってはないですー!」


まぁ、確かに彼女は顔も整っているし、美少女なのも納得だった。

それにしても、彼女はいったいいつからいたのだろうか。それに、怪我も結構していたはずなのだが、痛みがない。一体どういうことだろうか。


「ちなみに、エリカさんはいつからここに? それと怪我をしていたはずなんだけど……」


「あぁ、ギルド長と試合してるとこくらいからいたよー。ギルド長はもう上に上がっちゃったよ。あと、怪我は回復魔法で治療しておきました!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る