第10話 爆ぜる思い
「うれしいことを言ってくれる
明るい顔に変わった
店前に設けられたベンチに座らせてもらって、亮吾さんに差し出された、薄水色のガラス瓶に入った透明な液体、ラムネを受け取る。栓は店先で開けてもらってるみたい。
水滴がガラス表面に浮かんで、腕を伝ってアスファルトに落ちた。
「いくらでしたか?」
「俺、ご褒美って言ったでしょ」
ウィンクをしながら、亮吾さんが答えた。暗にいらないってことだよね。この前もそうだったし、何かにつけて亮吾さんは私を甘やかそうとしてくる。
無理矢理お金を払っても、亮吾さんは嬉しくないだろうし、出店にも値札らしきものも見えないので、大人しくラムネに口をつけた。
前に
「フツーのラムネなんて久しぶりに飲んだけど、やっぱ和一さんのところで飲ましてもらうのとじゃ、全然違うね」
「ほとんど変わらないはずなんですけどね」
同じ事を考えていたのが可笑しくて、笑いながら亮吾さんの言葉に応じる。瓶を光に透かしては、液体を飲む亮吾さんを横目に、私はちびちびと炭酸を口にする。
「やっぱ、容れ物が違うからこんなにも違って感じるのかもね」
ニッコリ笑う亮吾さんに笑い返しながら、私も自分のラムネ瓶を凝視した。
『今のラムネとサイダーを分けてるのは、ビー玉入りのガラス瓶かどうかって言いう容器の違いだけでその中身に違いはないんだ』
以前和一さんに言われた言葉を思い出す。容器が違っているだけとは言え、こんなにも別の物に感じるものなのかと。
「あっ、そっか……」
一緒なんだ。
「ん? どうかした?」
「いや、ちょっと気が付いたって言うか……」
「教えてほしいな、倖美ちゃんの思ったこと」
優しい瞳がこちらを向く。
「外見が変わると中身も違って見えてくる。それって、人にも言えることなのかなって」
さっき会った彼らのことを思い出す。
確かに見た目は変わっていたし、私に向けた言葉も昔からは想像できないほどに棘があった。
でも、もし……
「中身が違わないのなら」
まだ私の音楽が届くのだとしたら、届けたい。
「伝わると思うよ。倖美ちゃんの思い」
「……」
「どんなこと言われても、倖美ちゃんはそいつ等のことを考えて行動しようとしてるだろ。こんなにも考えてくれる人が、自分たちのために歌を歌おうとしえくれるんだ。伝わらないはずないって」
「亮吾さん……」
強い声が私を勇気づけてくれる。有難くて、温かい。
「っ、そろそろ、おばさんたちが言ってた時間になるかな。会場の近くに戻ろうか?」
一瞬気恥ずかしそうな顔をした亮吾さんは、私から目をそらして、携帯で時間を確認しながら尋ねる。
「そうですね」
亮吾さんの有難い言葉も聞けたし、これから歌うに向けて
人の流れに乗って右に向かえば会場に着く。二人ともラムネを飲み終わったので、瓶を出店へ返して、気持ちゆっくりめの足取りで進む。
「本番だね」
「ですね」
会場へ向かう最後の横断歩道で足を止める。会場についてしまったら、本番に向けて集中しないといけない。その前にあと少しだけ。
「亮吾さんはこれから、どうするんですか?」
「もうちょっとぶらぶらしとくよ。本番になるまで楽しみにしておきたいし。邪魔しちゃ悪いでしょ」
「はい。楽しみにしておいてください」
「じゃ、また後で」
信号機が青に変わり、人波が動き出した。
がっかりしたような、まだ一緒にいたいような複雑な気分で黒と白のラインを順に踏んで向こう岸へ渡る。振り返るが、亮吾さんは人混みの中に紛れてしまい、もう見えない。
私は私のことに集中しなきゃ。
気持ちを切り替えて、
当然といえば当然なんだけど、待ち合わせの場所は人でごった返していた。
桜海さん達を探さないと。
「倖美」
背後から名前を呼ばれた。振り向くと
夏休みが始まる前、香勿にはライブの話をざっくりとしていたんだ。まさか、来てくれているなんて。
「見にきてやったわよ」
「まだ小一時間先だけどね」
「どうせなら
当然のごとく言うけど、私先輩の事何も話してないよね。まぁ、嘘をつく理由もないし、香勿の言葉に頷く。
「さっきまではね、でも本番になったらまた来るって」
「ちっ、見逃したか」
「なんで悔しそうなの……」
亮吾さんに興味ないって言ってなかったけ?
「確かに先輩にはこれっぽっちの興味もないけど、あの貴公子が倖美をどんな風にエスコートをしているのかは興味があるわ」
それはそれこれはこれと、堂々と言ってのける香勿。そこが素敵なところではあるけど。観察するみたいな言い方よくないと思う。
どうツッコもうか考えて気が付く。香勿の奥に
「バンドの人があそこにいるから、ちょっと声かけてくるね」
「そう。じゃあ私もついて行くわ。倖美がいつもお世話になってますって」
てなわけで、二人そろって蓮さんの元へ。
「蓮さーん」
声に反応して蓮さんがこちらを向いた。
「倖美ちゃん早いじゃん。そっちの子はお友達?」
「クラスメイトの香勿です」
「倖美がお世話になってます」
さっきまでの口の悪さが嘘のよう。ちょっと優しい声になって、まるで親のような台詞を口にする香勿はすっかり真面目ちゃんモードだ。
「和一さんと桜海さんはまだですか?」
「和一の車で会場近くまで来てるから、あいつと桜海は今頃駐車場だよ。俺は倖美ちゃんを迎えに行くよう桜海言われて先に待ち合わせ場所に来たってわけ。で亮吾の奴はどこいるの?」
「亮吾さんなら、さっきまで一緒でしたけど、『邪魔しちゃ悪いから』ってもうしばらく出店の方を見て回るみたいです」
日が空を紅に染めだした。街の方では白い明りが灯りだす。他のグループもちらほら集まってきているようで、周囲の人口密度が徐々に高くなる。
その影の一つに桜海さんが見えた。隣で台車を押しているのは、和一さんかな。
「今日は来てくれて本当にありがとうねー。そっちの子は?」
「倖美ちゃんのお友達だってさ」
「ていうか、あいつはどうしてるのよ。女の子二人をほったらかしにして」
「亮吾さんと香勿ちゃんとは丁度入れ違いに会ったんです。本番になったらまた来るって言ってました」
桜海さんにも事情を説明しておく。
しかしまぁ皆さん。何の疑問もなく私と亮吾さんが一緒にいたと思っていらっしゃるようだ。確かに一緒にはいたけど、ここまで当然のように思われているなんて。
「倖美。私、向こうに友達が見えたからちょっとあっちに行ってるわね」
「あ、うん。本番までまだ時間あるし、祭楽しんできて」
香勿がいなくなり、改めて桜海さんたちの方を向く。
「それじゃ、ささっと準備しちゃおっか」
台車から楽器を下していくその様子を見ながら、私はついさっき考えたことを口にする。
「あっ、今日歌う四曲なんですけど……」
「どうかした?」
「一番最後の曲だけ変えたいんですっ!」
「「えっ……」」
「どうしても、なんだよね」
意外そうに眼を見開いた皆さんの中で、和一さんだけが静かにそう聞いてきた。私は、黙ってうなずいて、その曲名を口にする。この曲をどうしても歌いたいのだ。
「いいんじゃない」
「俺は大丈夫だよ。昔演奏したこともあるしね」
「まぁ、倖美ちゃんの頼みだしね」
「ありがとう、ございますっ」
深々と頭を下げて、私のわがままを許してくれる皆さんに感謝する。
「そうと決まったら、少しでも練習しておきましょ。直前に決めたからって中途半端な
「はいっ」
桜海さんに言われた言葉に頷いて、私は最後の曲の準備をする。
これから一年ぶりに人前に立って歌うのだ。その瞬間を待ちわびつつ。
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