第7話 顔を上げて
話を終えて、ひとまず私たちはそれぞれのクラスの授業へ戻った。高校生として出れる授業は出ておいた方がいいって、
(どの口が言っているんだって気がしないでもないけど)
クラスに戻ると
放課後。まで迎えに来てくれた亮吾さんと私は、
家に行くのは、歌わせてもらって以来でちょっと緊張する。
何気ない話をしつつ、桜海さん達の家に着いた。
不用心にも鍵のかかっていない玄関を亮吾さんが開け、私たちは家の中へ。一応玄関先で声を掛けた時返事はあったから、誰かいる。とは思う。
リビングを覗くと、
「やぁ、久しぶり」
穏やかな声に頷いて返す。
和一さんはどうやらお掃除をしてたみたいで、三角巾にはたきを持っている姿は主夫だと言われても頷けるほど似合っている。
「
「蓮はバイト。桜海は今日が小学校の終業式だからもう少ししたら帰って来るよ」
「小学校……?」
会話の流れに小学校と言う単語が出てくるとは思ってなかったので、思わず聞き返してしまった。
「そ、桜海はそこの
「と言っても、音楽のだけどな」
「そうだったんですね」
皆さんがバンドだけで生活しているとは思ってなかったけど、まさか桜海さんが先生だったなんて。
話をしながらも、和一さんに勧められたL字型のソファーにそっと座る。
前来たときにも座らせてもらったけど、本当にふわふわなソファーで、くつろいでしまいそう。
「蓮さんは?」
「蓮ならバイトじゃないかな」
台所へ吸い込まれていった和一さんが、離れていても聞き取りやすい声で答える。
「今は何のバイトしてます?」
「配達と、花屋と飲食店じゃなかったっけ?」
「いっつも忙しそうですもんね」
「ちなみに、和一さんは何のお仕事を?」
「俺は、ここの近くの喫茶店で働いているよ。個人経営の所だから結構自由がきくんだ」
お盆に涼しげなグラスを三つ運んできてくれた和一さんが、丁寧にグラスを机に並べた。グラスの中には、赤紫がかったものが注がれている。
微かに漂う香りは。
「ベリー系……?」
「ん、あたり。ラズベリーとブルーベリーで作ったシロップのサイダーだよ。今度店で出すんだけど、練習で作った液が余っちゃってて、二人とも平気?」
「私は平気です」
「俺も大丈夫です」
「よかった」
目を細めて笑う和一さんがお盆を置いて、私たちが座っているのと反対側のソファー部分へ腰を掛ける。ここまで歩いて来て、少し喉が渇いていたので、早速和一さんのサイダーを口にする。
甘くはじける炭酸。それからより濃いラズベリーの香りが鼻に抜ける。爽やかでとっても口当たりがいい。
「美味しいですっ!」
「お気に召してくれたみたいでよかったよ」
美味しくてつい、グラスの半分まで飲んでしまった。普通だったら余計喉が渇きそうだけど、ベリーをそのものを口にしている感じで不思議と平気だ。炭酸とベリーの割合がいいのかな。
「倖美ちゃん。よかったら原液持って帰る?」
「そっ、そんなわけにはいかないですっ。だってこれお店で出すのなんですよね?」
「あぁ、勿論店用の分はもう確保してあるよ。ただ練習用でうちで消費できないくらい余ってるから、気に入ってるんだったら炭酸で割るだけだし俺は構わないよ」
「……」
「蓮も桜海も出されたら何でも飲み食いするし、味の分かる人が飲んでくれる方が食材も本望だと思うんだよなぁー」
「じゃ、じゃあ、お言葉に甘えて」
「了解。ちょっと待っててね。お嬢様」
和一さんが席を立って、台所の方へ向かうのを見送りながら、言い回しが亮吾さんに似ていることに気が付き思わず笑みがこぼれた。
「何笑ってるの?」
「なんか亮吾さんの喋り方って和一さんと似てるなって思って」
「そう? 俺は和一さんみたいにキザじゃないと思うけど」
自分では自覚してないみたいだけど、貴方も十分キザですよ。
その言葉を口に出す前に、和一さんが濃い紫色の液体が入っているペットボトルを持って帰って来た。
「これをラムネと7対3くらいで割るとちょうど今みたいな感じになるよ」
「ラムネで割るんですか? サイダーなのに」
ペットボトルを受け取りながら、思わず和一さんの顔を見て確認してしまう。細淵のメガネの奥で和一さんの瞳がいたずらっぽい光を帯びる。
「ラムネとサイダーの違いって知ってる?」
「えっ、炭酸が濃い方がラムネとかですか?」
「今のラムネとサイダーを分けてるのは、ビー玉入りのガラス瓶かどうかって言いう容器の違いだけでその中身に違いはないんだ」
「嘘……」
そんなことはじめて知った。
漠然と違うものだと思ってたのに。
「一昔前には一応違いがあったんだけどね、今は本当にそれだけの違いらしいよ」
「和一さんってこの手の雑学よく知ってますよね」
「まぁ、うちの喫茶店はお客さんと話すことも多いし、こういう雑学沢山知ってる方が会話が弾みやすいからね」
「確かにはじめて知ってびっくりしましたもん。こういう話もっと聞いてみたいってなります」
「倖美ちゃんは素直だね、俺も話してて楽しいよ」
「ちょっ、和一さん! 構い過ぎ」
亮吾さんが話題を断ち切るみたいに、少しだけ声を荒くした。振り返るけど亮吾さんがそっぽを向いてしまっているので顔はよく見えない。
「そうだね。それで二人とも今日はどうしたの?」
優しい顔のままの和一さんは何事もなかったように私にそう聞いてきた。
「あっ、えっとですね」
皆さんの事を聞いて、和一さんからシロップをもらっていたら、すっかり本題を忘れていた。
ちゃんと言おう。って思ってたのに私って奴は。
「じっ……」
玄関の戸が勢いよく開く音と被ってしまった。桜海さんか蓮さんが帰ってきたんだろうか。どちらにしても返事をするのは少し待っておいた方がよさそう。
玄関の方で鳴る音に耳を澄ませ、リビングの入口を凝視する。
部屋に入って来たのは桜海さんだった。私の顔を見るなり固まった桜海さんと目を合わせる。
「お帰り」
「おかえりなさい。お邪魔してます」
私はソファーから立ち上がって、この前出来なかったちゃんとした挨拶をする。
「ただいま、倖美ちゃん来てくれたんだ!」
桜海さんは前来た時に見たラフな姿ではなかった。すらっとしたスタイルにピッタリの淡い黒色のスーツを纏って、同じ色のハンドバックを持っている。確かに先生っぽい。
そんな姿の桜海さんに、私は気が付けば抱きしめられていた。
「おばさん!」
亮吾さんの声が少しぐぐもって聞こえ、同時に力が加わり、桜海さんに抱き締められていた身体が一瞬自由になる。それは本当に一瞬ですぐさま亮吾さんの腕の中に、私は納まる。
「何帰ってくるなり、倖美ちゃんに抱きついてんの! 少しは自粛しろよ!」
「あんただって今抱きしめてるじゃない」
少し不貞腐れた声を出した桜海さんが、すぐさま顔を切り替えて、私に笑顔を向けた。
こうやって見ると、亮吾さんにどことなく似ている。微笑み具合とか、雰囲気とか。
「一週間ぶりくらいね! また歌いたくなった?」
「はい。あと、この前の返事なんですけど、ライブ一緒に出たいです」
「ホントに!」
亮吾さんの腕の中で、桜海さんの言葉に頷く。
「無理に誘い過ぎだって、蓮にも和一にも散々言われたからちょっと反省してたのよ。よかったわ、倖美ちゃんがそう言ってくれて」
ライブは三週間後。私と桜海さん達で
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