第3話 唐突な誘い
「
「そうですけど……それがどうかしたんですか?」
下校している人たちに混じり、商店街を
ちなみに亮吾さんと呼んでるのは、「『亮吾』って呼び捨ての方が嬉しいかな」という申し出に少し甘えた結果だ。
「俺の知り合いに、“日塔さん”を探している……って言うか。会いたいって言っている人がいて、
「会いに行きましょうか?」
「……へっ?」
茶屋でパフェをおごってもらったお礼もあるし、亮吾さんの知り合いに会えるのなら会ってみたい。
「その人の望む日塔さんじゃないかもしれませんけど……」
オレンジ色に染まった街が、眼の前に広がる。なんとなく、このまま別れてしまったら二度とこうすることはないだろうなと思う。まるで夢の中みたいなそれほど作り物めいた輝きをもつ空。
商店街を抜け、人通りの少なくなった住宅街に抜ける坂道まで来たところで、亮吾さんが少しだけ真剣に尋ねた。
「そんな簡単に行ってもいいの、変な人かもしれないよ」
「亮吾さんのお知り合いならいい人ですよ」
私が亮吾さんと知り合ったのは今日の今日だけど。きょう半日一緒に行動していたら分かる。この人はいい人だ。少なくとも私にとって。
「それに変な人だったら私に紹介しないでしょ」
亮吾さんはそういう人だと思う。そういう人だ。と言い切れるほど私は亮吾さんのことを知らないけど、こういう時の勘はよく当たるし大丈夫。
気が付いたら亮吾さんが消えた。振り向くと、下を向いて止まってしまっている。慌てて駆け寄って顔を覗き込もうとすると、ゴツゴツした大きな手が視界を遮ってしまう。
「だっ、大丈夫ですか! どこか体の調子でも、」
「違う。違うから気にしないで」
そうは言われても気になることは気になる。
それに何か体の調子が悪いのなら私にできることがあるなら手伝いたいし。遮られた手を数十秒眺め続けると、不意に手が降ろされた。
そこに眉を寄せて口元を緩ませた亮吾さんがそこにいた。困ったような照れたような顔をしている。
「倖美ちゃんって結構たらしだよね」
「亮吾さんには言われたくないですよ!」
大体私の発言のどこにたらし要素が含まれているのだ。
いたって普通に言っただけなのに。私にこんなことを言う亮吾さんの方がはるかにたらしだと思う。
そんなやり取りを続け、歩くこと十分で一軒の家の前に着いた。
モデルハウスにありそうなきれいで大きな一軒家だ。庭もあるようで大きな木が一本植わっている。
亮吾さんは気にせず門柱を横切る。私もそれに続く。
日に照らされた家なのに生活感がない。入れるのだろうか。
「ちわー」
鍵のかかってない玄関を
「お邪魔しまーす」
ひとまずお家に挨拶。家の奥の方まで続く廊下が見える。
靴を脱いで、亮吾さんが進んだほうを追いかけ、玄関すぐの左側の部屋へ。
部屋には大きな窓と、L字型の大きなソファとそれに合う大きなテレビ。
なんだか本当にモデルハウスみたいだな。亮吾さんが家主を探しに、部屋の奥へ消えてしまった。亮吾さんの姿が見えなくなった途端に、心細くなる。
見知らぬ家を一人堂々と見て回るのは少しはばかられる。どうすることもなくじっとしていると、死角になっていた壁の向こうから亮吾さんが帰って来た。
「うー、ごめん。いないのかな?」
頭を掻きながら戻って来た亮吾さんを見て、一気に心細さが消えて、ほっとした。
ここに来た目的の人がいないのは仕方ないけど。ここはいったい誰の家なんだろう。
「やぁ!」
「わぁっ!」
背中の方から大きな声を出されるという、原始的な驚かせ方に引っかかった私は、思いっきり驚いてしまう。
咄嗟に、亮吾さんのわきに逃げ込んで声の主を見る。
「ははは、こんなに驚いてくれるなんて思ってなかったよ。亮吾、その子は彼女?」
「人聞きのこと言わないでもらえませんか、
蓮さんと呼ばれたお兄さんは、少なくとも社会人らしいけどどことなく自由人って感じがする。さっきだって私のことを驚かせてきたし。
「お嬢ちゃんごめんね。そんなに警戒しなくてもいいんだよ」
「そんな危ない人みたいな台詞言うからっしょ、おじさん」
「失礼だな。俺はまだ二十八に……」
「あっ、亮吾くんいらっしゃい。そちらの御嬢さんは?」
「こんにちは。
もう一人の人が蓮さんの後ろから出てきた。
こっちの人は大人の雰囲気がある。ベンチャー企業の若手社長って言われたら信じてしまいそうなクールな感じの人だ。
二人とも亮吾さんの探し人じゃないみたい。
ここの家にまだ人がいるんだろうか。しかもおばさんってどんな人なんだろう。
下の騒ぎが聞こえたらしく、階段を下りてくる足音が聞こえたかと思うと声がした。
「れーん、かずー。どうかしたのー」
若い女の人の声だ。蓮さんと和一さんがドアの所から避けて、通路を確保する。
現れたその人は、ビックリする位綺麗な人だった。
「あれ? 誰その子?」
「おばさん久しぶり」
「あぁ、あんたの連れ? 珍しいじゃん亮吾がここに来るなんて」
こちらにあまり興味を示していないらしいお姉さんは、亮吾さんに視線を向けている。
服装や髪を全然いじってないけど原型がきれいな人は、どんなスタイルでも綺麗なんだとちょっと見とれる。
「学校の後輩。日塔 倖美ちゃんって言うんだけど」
その瞬間と言ったらなかった。三人の視線が一気に私に突き刺さったのだから。
蓮さんと桜海さんは特に食い入るように見つけてくる。
穴が開きそうなほど見つめられてしまったので、更に亮吾さんの後ろで縮こまる。
「おばさんも蓮さんもなんでそんなに見てんだよ、倖美ちゃん怖がってんだろ」
亮吾さんがフォローに回ってくれて少しだけは視線がましになる。
「唐突に亮吾が連れてくるからでしょ」
顔を出して、もう怖い感じがなくなったことを確認すると、亮吾さんの横に立つ。
「ごめんな。まさかこんなになるとは思ってなくてさ」
「もう慣れた、うん。大丈夫」
心配した顔の亮吾さんが顔をのぞき込んで、頭を撫でてくれた。心配してくれるのはありがたいが、その整った顔を間近に寄せないでほしい。
さっきとは別の意味で、心拍数が上がってしまう。
「あっ、あの……みなさんは?」
根本的な話からきちんとしていかないと、さっぱりついていけなくなるのできちんときておこう。
「そうね、じゃあ」
「桜海、まずは座ってもらって、俺は用意してくるから」
話を遮った和一さんが、さっきのソファーを進めて見えなくなってしまった。
「じゃあ、倖美ちゃん? だっけ? 荷物おいて、さぁそこに座って」
彼女に引っ張られて座ったソファが思った以上に沈み込んで驚く。彼女が少し離れた位置に座って、私の隣には亮吾さんが座っている。
蓮さんは桜海さんの横に着くと、足を伸ばしてくつろぎモードだ。
「で、自己紹介だっけ?」
「俺は蓮。
「私は、
「この人たちは、三人でバンドしてるんだよ」
「そうなんですか」
三人でバンドという一言にかすかに思い出す。暗い感情に目をそらして仲の良さそうな桜海さんたちを眺める。
「えっと、それで」
和一さんが全員分の飲み物を持ってきたところで、いったん話を切る。
桜海さんの空いている側のソファーに腰を下ろしたところでもう一度。
「亮吾さんからは『日塔さんを探している』ってことだったんですけど、なんでですか」
「その前に一つ聞きたいんだけど、倖美ちゃんのご両親は?」
「今は両方ともがオーストラリアにいます」
「音楽関係の仕事なさっているの?」
「はい」
やっぱりうちの親の知り合いなんだろうか。音楽関係の仕事をしている日塔さんを探しているなんて、たいてい理由は両親がらみに決まってる。
「やっぱり! お父さんのほうが
「両親のこと知っているんですね」
「えぇ、羽美莉さんのほうは特に! でも今日用があるのはちゃんと貴女のほうなの」
「はぇ?」
てっきり親のほうに用があるかと思ったのに。私に用があるって一体何?
「大体、あの人たちに用があるなら直接連絡するわ。まぁ今オーストラリアにいるみたいだし、連絡とろうにも国際線になるから死んでも嫌だけどね」
「桜海おばさん、倖美ちゃんのことであってたってこと?」
「えぇ、あんたはあんまり音楽とかに興味ないから知らないかもしれないけど、あんたのお父さんが若いとき音楽活動していたくらいは知っているでしょ」
「あぁ、」
「彼女のお父さんもそのグループの人なの」
桜海さんの話すグループは10年以上前に活動していた『グレン』というバンドで、今でも集まっているみたいだけど、もう活動はしていないって言っていた。
確かにそれなら私のことを知っていてもおかしくないか。
「でもあたしお父さんの集まりとか行きますけど、桜海さんも亮吾さんも見たことないですよ」
「それあの人たちの集まりと私のタイミングが悪いのと、亮吾は音楽からっきしのスポーツ少年だからよ」
「で、彼女に用ってなんだよ」
「亮吾がそんなに警戒する必要はないでしょ」
「おばさんは何気に危ない人だから警戒するななんて無理」
「あんたずっとそう思ってたわけ?」
「まぁまぁ、」
脱線しそうになる会話を和一さんが元に戻す。
「倖美ちゃんが来ているんだから亮吾くんをかまってないで早く本題に移ってくれ」
「それもそうね。えっと倖美ちゃんを探していた理由っていうのは貴女に一晩だけ私たちと一緒に歌ってほしいの」
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