第2話 甘味より甘く
提案。と言うのは勿論授業に行く。なんてものじゃなく……
職員室前を後にした私たちは、学校近くの茶屋にいた。
ミナセさんが
そんな疑問を寄せ付けそうにない。自然体のミナセさんが、私にまっすぐな視線を注いでくる。
こげ茶色でまとめられている和風な店内。平日の、昼も終わった中途半端な時間帯で私たち以外に人はいない。私たちの席は、レジ右横の少し奥まった二人掛けのテーブルだ。真正面にはミナセさんが例の綺麗な姿勢で座っている。
どこかのモデルになれそう。
そんなミナセさんのあっさり提案に乗ってしまったはいいものの、よくよく考えたら今のところ遅刻仲間と言う以外つながりがない。
流れに流されるまま注文も済ませてしまい、今は少し手持ち無沙汰。
流石の私も、その沈黙は気まずい。
「あの、」
「ん?」
タイミングよく、注文していたものがテーブルに運ばれてくる。
私は、あんみつのパフェ。ミナセさんは親子丼、うどん、いなり寿司。随分な量が一度に運ばれてきたので、一瞬にして机の上が華やかになる。
軽い会釈を定員さんに返したミナセさんが、ふとしたようにもう一度顔を向けてきた。
「さっきは何を?」
「……なんか顔見られているみたいだったんで恥ずかしいなと思って」
贔屓目がなくとも、十分整った顔立ちのミナセさんの顔を至近距離で見てしまい、私の口が勝手に動いた。これだけ言うと、自意識過剰な人に聞こえそうだな。弁解をしようにも自分の語学力に頼るとドツボにはまりそうで何も言えない。
「ごめん。つい眺めてみたくなって。職員室じゃ、横顔しか見れなかったから」
……なんだろう。斜め上の回答が返って来たよ。
思わず顔が火照ってくる。冷房の効き目が一切ない。
こんな台詞を言ったにもかかわらず、さして気にした風もなく、ミナセさんは親子丼に手を付けだした。そんな彼をうらましげに眺めていても仕方ないので、私もアイスが溶ける前にパフェに手を付けよう。
抹茶のアイスと白いソフトクリーム、小豆に栗がトッピングされた手のひらサイズの椀にスプーンを向ける。
アイスにソフトクリーム。そこにあずきを一粒載せて、一度に口に頬張る。冷たさと甘さに、抹茶のほろ苦さをゆっくりと飲み込んで、飲み込むころにはまた次の一口を口の中に入れて追いかけてくる甘さをゆっくりと味わう。
普段はこんな敷居の高そうなところで食べたりなんかしないから、余計においしい気がする。そうして、はたと気づいた。
私は今、人と一緒にここへきているんだった。ミナセさんの存在をすっかりと忘れてスイーツを堪能してしまっていた。
視界から消していたミナセさんの方へあわてて向くと、彼はすでに目の前に並んでいた容器からすべてを平らげて、テーブルに肘をついて私の見つめていた。
「あっ、ごめんなさい……」
食べ物に真剣になりすぎたことと、またもや見つめられていたこととで思わず顔が赤くなり、声も尻すぼみになる。
「えっ、何で? 何で謝んの?」
「こんなにおいしいあんみつがあるお店に連れてきてもらったのに、食べるのに集中しすぎてて」
「俺は全然かまわないよ。と言うか、すごく美味しそうに食べていたから見ていて楽しい」
年上の余裕を感じてしまう柔らかな笑みを真正面で向けられて、口の中にあったアイスの味がわからなくなる。
……いくら話しても敵いそうにない。ここは思い切って話題を変えていこう。
「ぁ」
言葉を出していこうとした瞬間、どこかで聞いたことのある音楽が流れだす。音源はどうやら目の前の人の胸ポケットにあたるよう。
さりとてミナセさんが気にする様子もないので、メールとかなのかな。
「メールですか?」
「電話だよ」
「出ないんですか」
彼は曖昧に笑うと、ようやくポケットの中からスマフォを取り出す。それから少しだけ操作をするとまたポケットに仕舞った。
「せっかくのデートなんだし、無粋だろ」
「私は気にしませんよ」
いろいろ気になるワードが出てきたけど、気にしたら負けだ。根気強く話していこう。
「俺が気分的に嫌なの」
前言撤回。とてもじゃないけど、無視することなんてできない。もっと根本的に話を変えていかないと。
「さっきの着メロあれですよね」
最後の一口を
「知ってるの」
「好きなので」
ミナセさんのスマフォから鳴り出した着信音は、去年のちょうど今頃にあった映画の主題歌だ。すごくマイナーなアニメ映画で、私の周りに見たことある人はいなかった。けどまさか、こんな身近にいたなんて。
「俺も好きだよ」
それは、着メロからも分かる。約一年前にリリースされた曲を今の今まで手元に持ってるくらいだから。
「今年もあの監督の映画やるみたいだね」
「みたいですね」
今日遅れたのも、それが少し原因だったり……
寝苦しくて朝早く起きたので、速攻でクーラーをかけベッドの上でゴロゴロしながら、ネットサーフィンをしていた私。なんとなくいろんなサイトを見ていたら、その監督が今年するという映画のサイトにたどり着き、そこから抜け出せなくなった。
今回はよりにもよって、自分の好きなアーティストの曲が主題歌になるから、と真剣に曲に耳を傾け、口ずさめるくらいにはなった。今は、そんなこととても話せない。
「それって、今年の主題歌だよね」
「えっ」
「今、口ずさんでいたやつ」
無意識のうちに歌っていたらしい。私の口ってやつは本当に! 何でこんなに自分の思い通りに動いてはくれないんだろう。
「さっきのは、本当に意識してなくてっ」
恥ずかしさしかないよ。しかもミナセさんのことだから
「全然上手だから、かわいいよ」
ほら、こんな風に言ってくるんだよ。
そういわれる方がより恥ずかしいんだけどな。しかも私より年上でこんなかっこいい人に言われると、同級生に言われるよりはるかに恥ずかしくなってしまう。
「そういえば、去年町の祭りで歌ってなかったけ?」
思わずその言葉に反応してしまう。私には去年の夏祭りで歌った記憶があったからだ。
「
「あぁー、そうなのかな。つるんでたうちの何人かの地元の祭りだから着いて行ったし名前まではわかんないけど、商店街であったやつ」
「多分そうですね。どこかで歌ったなんてそこの一度きりですから」
「思い出した、浴衣で歌ってたよね赤みたいなオレンジみたいな」
よく覚えてる。
私は中学校の時に組んでいた仲間で、商店街の祭りのステージに出させてもらったんだ。私はボーカルとして、オレンジの浴衣を着て歌った。
「よく分かりましたね」
「のびのびと歌っていて、良い声だなぁー。って思ってたから」
「ありがとうございます」
「緊張とかないの」
私は首を横にする。緊張もどうもこうもない。歌になれば周りの目は全く気にならない
「ミナセさんさんは、何か音楽系しているんですか?」
「俺はしていないんだけど、高校生にもなると結構そういうやつ多いからさ」
確かに、私はしていないけど軽音部とかあるくらいだもんね。
「高校ではしてないの?」
「私はあくまで歌うのが好きなので、本気で歌う人とは一緒に出来ないですよ」
「そんなことないと思うよ」
私の言った言葉を丁寧に受け止めて、彼が返してくれる。
「音楽って技術で歌うわけじゃないし、それは勿論発声とかはあるんだろうけど聴いている側はそこを気にして聴くわけじゃないからね」
彼の心地よい低い声が
本当はこれと言った否定も肯定もないのだけれど。
ここは私の居場所ではなくてほかの誰かの居場所で自分が歌うことは違うと感覚的に感じてしまうだけだから。
「別に君が乗り気じゃないのなら、無理矢理に歌ってだなんて言わないけどさ」
「歌うのは好きなんです」
「歌うのは?」
聞き返えされた言葉には行きつく先がない。じゃあ何が嫌だなんてあるわけもない。
「歌うのが好きです」
これと言った理由はあるけど、それは今はおいておいて。それに関係なく、人前で歌う機会がなくなった。それだけ。
その答えを聞いてゆっくりと彼が笑う。話の区切りがついて、店内の柱時計に目をやった。気が付けば放課後の時間は過ぎていた。
「とりあえず荷物取りに行くかい?」
「あー、どうしよう」
特にこれと言って必要のない鞄だが、流石にあのまま置いておくにはためらいがある。
取り立てて用のないスマフォの液晶をつけた。そこには、メッセージが入っていた。
送り主は、情の薄い友人。
「どうやら友人がここまで持って来てくれるそうです」
怒りマークあふれるメッセージに淡々と居場所を書いてよこしておく。
「あ、でも、ミナセさんは……」
「あぁ、俺? 俺の事なら気にしないでいいよ」
鞄の中に必要なものないしね。
にっこりと微笑みを見せてくれるのと、店への来客を知らせる風鈴が鳴るのが、同時だった。
「
入って早速、怒鳴り込もうとしていたらしい香勿の言葉が途切れた。彼女の方を振り向いたミナセさんが、誰もを虜にするようなほほえみを放ったからだろう。
「彼女がお友達?」
「はい、友達の香勿です」
呆然としているらしい彼女の名前を呼んで、席を立つ。持って来てくれた鞄をかすめ取る。代わりに腕を掴まれて、後ろに振り向かされる。
「なんであんたと、
「なんでって、ノリで?」
香勿こそ、何で知っているんだろう。
「馬鹿言ってんじゃないの、水瀬先輩は剣道部のキャプテンだった人よ」
表彰式でもよく壇上に立っていた超有名人でしょ。
はて、そうだっただろうか。体育館での式は基本寝てるから知らなかった。
「二人ともどうかした?」
小声で小競り合いをしていた私たちに、水瀬さんが声を掛ける。
「いやなんでも、この子にこれを渡しに来ただけなので」
何事もなくいつものクールな香勿さんに戻って返事をすると、私に意味ありげなウィンクを残して、帰っていった。
「もうよかったのかい」
始終を見ていた水瀬さんが心配そうに私の方を見ているが、用はそれだけだし大丈夫だと言いたい。
「香勿……宮部ちゃんは優しいので帰り道に私の鞄を届けに来てくれたのでしたってところですよ」
鞄を掲げて、彼の向かいの席に座りなおして、片付けられた食器類の代わりに運ばれてきたお茶に手を伸ばした。
「気のせいだったら悪いんだけど、なんか俺の事みて話してなかった?」
「あぁ、なんか見たことあるみたいな話をちらっとしていましたよ。表彰がどうとかって」
香勿から聞いた話を断片的に話すと、一瞬水瀬さんの表情が曇った気がした。
「そっかー、それでかぁ」
「有名人だったんですね」
「半分くらい噂の一人歩きだろうけどね」
「私全然知りませんでした」
そういう人がいてくれた方が助かるよ。
「えっ、」
一瞬聞こえた、乾いた声。顔はいつものまま変わらない。気の所為だった?
何でもないみたいな顔をして、水瀬さんはお茶をすすっている。
「君の名前」
お茶を飲んで、ふと気付いたのか水瀬さんがボソッと呟いた。
「俺、君の名前まだ聞いてないや」
「私は、
「倖美ちゃんか。俺は水瀬
倖美ちゃん。一体何年ぶりにそんな愛称で呼ばれたことか。
イケメンにそんな風に呼ばれるだなんて思っていなかったもんだから、あまりの衝撃で思考がすべて停止してしまう。
「倖美ちゃん?」
頼む。何度も連呼しないで欲しい。心臓が持たないから。恥ずかしくて机に伏せると、香る木の匂いに胸を膨らませる。
「大丈夫?」
「はい~。大丈夫ですよ」
ちょっとだけ落ち着けた自分を確認して返事をかえす。逃げ出したいけど一緒にいたい。複雑な気分になる。
「もう出ますか」
学校帰りの制服姿が店内に目立つ頃合いになっているので、長居をしてもお店の邪魔になりそう。
「倖美ちゃんがそういうのであれば」
どこまでも紳士的な水瀬さんの言葉だ。鞄をしっかりと手に携えて、勘定のレシートを取ろうとして気が付いた。いつの間にかレシートが消えている。
どこかに落ちでもしたのだろうか。テーブルの下を確認するためにかがもうとすると、水瀬さんが何をしようとしているのか気が付いたようで、
「勘定ならもうしてもらっているよ。倖美ちゃんが幸せそうにあんみつを食べているときに」
「えっ、ウソ……」
あんみつのおいしさに気を取られはしていたけど、全く気付いていなかった。それに私に何も言ってこなかったし。
「俺がデートに誘ったんだよ。付き合わせ料払うのは当然」
さっ、でよっか。
テーブルに付いていた私の手を取り、水瀬さんが動いた。
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