EX10-1 補遺:魂喰い(前)
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名称:対神呪装・神喰らい
品質:エピック
[この装備はあなたの筋力を13385減少させる]
[この装備はあなたの魔力を13444減少させる]
[この装備はあなたの体力を14851減少させる]
[この装備はあなたの敏捷を14666減少させる]
[この装備はあなたの感覚を15491減少させる]
[この装備はあなたの肉体を消滅させる]
[この装備はあらゆる呪いを内包する]
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◇◇◇
皆さんは、神喰らいという剣をご存知だろうか。
かの英雄フラム・アプリコットが愛用していた両手剣である。
王都の土産店にはレプリカが必ずと言っていいほど売ってあるため、家に飾っている方も少なくないかもしれない。
しかしこの剣、最初から神喰らいという名前だったわけではない。
こちらも有名な話ではあるが、英雄フラムが手に入れた当初、それは“魂喰い”という名前であった。
フラム・アプリコットの英雄譚の始まりは、伴侶であるミルキット・アプリコットとの出会いであると言われることが多いが、筆者は魂喰いとの偶然の出会いこそが真の始まりではないかと考えている。
そう考えたとき、一つの疑問が生まれる。
魂喰いとは、どこから来た武器なのだろう。
誰に作られ、なぜ呪いを得るに至ったのか。
この記事では、その謎に迫っていこうと思う。
◇◇◇
――その日、フラムは朝からミルキットといちゃいちゃしていた。
特に仕事も入っていなかったので、ミルキットと二人でベッドで横になり、お互いの頬に触れる。
何度かキスを交わすと、今度は耳たぶに触ってふにふにしてみたり。
するとミルキットもくすぐったそうにしながら仕返ししてくるので、さらに足も絡める。
そうやってわちゃわちゃと触れ合っているうちに、気づけば抱き合っていて。
ミルキットはフラムの胸に顔をうずめ、フラムはそんな嫁をぎゅうっと抱き寄せる。
「ミルキット」
「ご主人様」
ただ名前を呼んでみる。
たぶん一時間で十回ぐらい呼びあった。
意味はない。
でも幸せだった。
愛する人が近くにいて、触れ合える――ただそれだけで、頭が馬鹿になるぐらい満ち足りていた。
そんなとき、家のチャイムが鳴った。
一階からどたどたと足音が聞こえてくる。
おそらくインクが応対してくれているのだろう。
扉が開く音。
彼女が女性と離す声。
その二つを経て、インクは玄関から離れて階段を登ると、その踊り場で足を止めて声をあげた。
「フラムー、お客さんだよー!」
それを聞いて、ミルキットの眉が不服そうに垂れる。
「呼ばれちゃったね」
「呼ばれてしまいました……」
フラムも離れたくなかったが、呼ばれてしまっては仕方ない。
最後に深めにキスをすると、彼女はベッドを出て玄関へ向かった。
立っていたのは、メガネをかけた、スーツ姿のいかにも真面目そうな女性であった。
「フラム様、突然の訪問をお許しください」
初手で頭を深々と下げる。
こうされると、フラムも「は、はあ」と頭を下げるしかない。
「今日は、フラム様の使われている剣についてお話したいのです」
「神喰らいの?」
「いえ、その前――魂喰いです」
「すでに出ていることしか話せないと思いますよ?」
フラムは幾度そういったインタビューを受けてきたので、もう話せることは無いような状態だった。
確かに武器に着目する記者は珍しいが、それすらもすでに語り尽くしている。
だが女性は「いいえ」と首を振った。
「フラム様に聞きたいのではありません。魂喰いがどのような剣なのか、私が話したいのです。調べてきた中で、フラム様も知らないであろう過去が判明しましたので」
「そうなんですか……えっと、あなたは――」
「申し遅れました。私、マンキャシー新聞社に所属する記者のサクリアといいます」
そう言って名刺を取り出すサクリア。
ふいにフラムははじめてウェルシーと会ったときのことを思い出し、少し切なくなった。
「わかりました、上がってください。私も興味はありますから」
「ありがとうございます」
サクリアは頭を下げると、部屋へと案内された。
そこではエターナが手持ち無沙汰に椅子に座って足をぶらつかせていたが、フラムが入ってくると立ち上がり出ていった。
「場所を取ってしまうようで忍びないです」
「エターナさんは気にしてないと思いますよ」
エターナが本当に暇なら、本でも読んでいるはずだ。
それが何もしていなかったということは――フラムとミルキットが部屋でそうしていたように、彼女もインクとじゃれあっていたと思われる。
フラムとサクリアが椅子に座るときには、ミルキットはすでにキッチンでお茶の準備をしていた。
「それで、魂喰いの過去ってどういうことなんですか?」
「フラム様がご存知なのは――」
「奴隷商人が持っていたことだけです。どこから来たのかは知りません」
「でしたらお役に立てるかと。ところでフラム様は、過去この国にオリジン教以外の宗教が複数存在したことをご存知ですか?」
「人魔戦争のあと、オリジン教が力を強めたので、こっそり信仰してたんですよね」
そしてオリジン教はディーザと手を組んで、そういった村をいくつか潰していた。
その生き残りがマリアやセーラである。
かつてフラムが戦った“カムヤグイサマ”なる神の幻影も、その一つと言えるだろう。
「そのとおり……と言いたい所ですが、魂喰いの持ち主だった貴族が収めていた村は少し事情が違いまして。オリジン教が栄える以前から、秘密裏にとある神を信仰していたそうです」
そう言ってサクリアは、その村で起きた出来事を語りはじめた。
◇◇◇
村の名前はキロティ。
かつて王国に存在した、人口二百人程度の村である。
のどかな農村で、周辺にはモンスターも少なく、川も近い。
比較的恵まれた土地と言えよう。
そういった村は豊穣神を信仰するのがお決まりで、例に漏れずキロティにもその手の神が祀られていた。
だが、それは表の顔に過ぎない。
村人たちが真に信仰していたのは、邪神とも呼ぶべき存在だったのだ。
その昔、キロティは土が痩せ、まともに作物も育たない非常に貧しい村だったという。
だがあるとき、村は戦場となった。
何百人という兵士がここで命を落とし、そして死体は処理されることなく、そこで腐敗していったのだという。
やがて血も死体も土へと還り、キロティの大地はそれらを吸って肥えた。
そう、見違えるように作物が育つようになったのだ。
しかしそれから、村では不可解な事故や流行病が多発した。
それを大地に染み付いた悪霊の仕業と考えた村人は、流れの宣教師に教えを請うた。
彼は村人たちに対処法を授けた。
『毎年一人、生贄を捧げるのです。目の前で首を落として血を流せば、彼らの虚しさも和らぐでしょう、鍬で耕し土に還せば、彼らの寂しさも癒えるでしょう』
村人たちは誰ひとりとして疑わなかった。
それだけ追い詰められていたのである。
最初の生贄はくじ引きで選ばれたと言われている。
生贄に選ばれた人間は処刑台に拘束され、刃幅の広い両手剣で一気に首を落とされる。
そして動かなくなった体は、複数人の村人が鍬で、原型を留めなくなるまで耕した。
するとどうだろう、嘘のように村で悪いことは起きなくなり、平和が戻ってきたのだ。
現代の人間から見れば、宣教師の言葉は当てずっぽうだし、村が救われたのも偶然だと言える。
しかし当時の村人にとって、それは神の奇跡に他ならなかったのである。
それから生贄の風習は数百年も続いた。
時間が経つにつれて、村には“神”が生まれ、“戒律”が増え、ただのおまじないが形を得て宗教へと昇華されていく。
やがて生贄の儀は崇高なものとなり、選ばれた人間だけが参加するようになった。
首を落とす剣を振るうのは、その地を収める貴族の役目になっていた。
数百年にも及び生贄を殺し続けた大きな剣の刃は、血で黒く染まっていた。
◇◇◇
「そうやって魂喰いは呪いを溜め込んでいったんですね」
フラムはそう言うと、ミルキットの煎れたお茶を飲んだ。
いつの間にか、彼女の隣にはそのミルキットが座っていて、テーブルの下で二人は手を繋いでいる。
一方でサクリアは、目を細め、どこかぼんやりとした様子で話を続ける。
一応、フラムの声は聞こえているようだが、何か別のことを思い浮かべながら話しているのは明らかだった。
「……いえ、まだです。これはあくまで、キロティに伝わっていた話に過ぎません」
「というと、そのあとで何か起きたんですか?」
「ええ……続きを話しますね」
サクリアは軽く喉を潤すと、語りを再開する。
◇◇◇
キロティを収める貴族の家に、次期領主として一人の男が生まれた。
彼の名はアルフレッド。
幼少期から野生動物をいかに残酷に殺すかという趣味を持っていた彼は、当然、生贄の儀にも強い興味を示した。
そしてアルフレッドの父が死に、彼が領主を継ぐと、彼はようやく念願の儀式に参加することができた。
当時の参加者によれば、アルフレッドは明らかに興奮した様子で、儀式を楽しんでいたのだという。
その後、彼の欲望はエスカレートしていき、『儀式の頻度を半年に一度にすべきだ』と主張しはじめた。
私物化に村人たちからは不満の声があがったが、領主に逆らうことはできず、半ば強制的に間隔は狭まっていく。
しかし、人の欲望がそれしきで止まるはずがない。
満たされたのなら、際限なく膨らんでいくのが欲というもの。
一年から半年にしたのだ、ならば次は半年から三ヶ月、その次は三ヶ月――と殺害する人数を増やしていく。
もはやそれは儀式ではなく、アルフレッドの殺人ショーと化していた。
キロティはさほど大きな村ではない。
それだけの人間を殺せば、衰退することは誰にでもわかる。
そう考え、直に訴えかけた正義感の強い男がいた。
翌朝、首だけになって帰ってきた。
見るに見かねた比較的裕福な村人が、アウトローな冒険者に殺害を頼んだ。
翌朝、その冒険者の死体が家の前に散乱していた。
もうこうなると、誰も逆らうことはできなかった。
アルフレッドはたちの悪いことに、弱い女性や子供を殺すことを好んだ。
なので表で畑仕事をするのは男ばかりになり、女子供はなるべく外に出ないようになった。
中には、子供が生まれたことをひた隠しにする者もいたのだという。
働いていないと標的に選ばれやすいので、男たちは必死で働いた。
だが標的たる女子供が見当たらないので、アルフレッドはよく働く男を生贄に選んで殺した。
理由は目立っていたからだ。
こんな馬鹿げた恐怖政治は数年続き――村人たちが疲れ切ったある日、それは起きた。
夜中、村に叫び声が響いたのだ。
何事かと思い外に出ると、目の前には剣を手に、血まみれになったアルフレッドが立っていた。
そう、彼はついに欲望を我慢しきれなくなり、虐殺を始めたのだ。
もはや村などどうでもいい。
皆殺しにしてしまいたい。
その“夢”を叶えるために。
とはいえ、キロティは人口200人の村だ。
冒険者ですらない領主に、皆殺しなどできるはずもない。
しかし、彼はやってのけた。
その前に、けしかけられた冒険者すら殺してみせたのだ。
実力があったのか、はたまた悪魔にでも取り憑かれていたのかはわからない。
だが彼は、人間離れした動きで次々と逃げ惑う村人を殺害していったのだという。
理由もなく、意味もなく、成すすべもなく殺されるキロティの住民たち。
惨劇の夜、そこで生まれた呪いは、数百年もの生贄の蓄積を上回るほどであった。
◇◇◇
サクリアの語りが止まる。
ミルキットがきゅっと腕にしがみつくと、フラムはごくりと生唾を飲んで口を開いた。
「その夜に……魂喰いが生まれたんですか」
「私はそう睨んでいます。以前から呪いを蓄積していたのは間違いないでしょうが」
あんなろくでもない商人が持っていたのだ、曰く付きの武器だとは思っていたが――ここまでとは。
しかしここで、一つの疑問が生まれる。
魂喰いは、この国の英雄であるフラムの持つ代表的な武器だ。
その過去を調べようと思った者はいくらでもいたはず。
だがなぜ彼女は、その真相に至ることができたのか。
「私の話を疑っていますか?」
「へ……? あ、いやっ、そんなことは。驚いてるんです、どうやって調べたんだろうって」
「情報源の秘匿は記者の鉄則ですから、それはお教えできません」
「では、記事にする前に私に話した理由は?」
なぜかサクリアは自嘲するように「ふっ」と笑うと、少し寂しげに言った。
「礼儀だと思ったんです。下らない、記者のポリシーですよ。現にフラム様を驚かせることができたようですから、私は満足です」
ありそうな理由ではある。
まあ、全てが嘘だというのなら、ただの誤魔化しに成り下がるのだが。
「あまりお時間を取っても迷惑がかかりますから、そろそろお暇しようと思います」
「興味深い話、ありがとうございます」
「いえいえ、こちらこそ聞いていただきありがとうございます。あ――そうだ。最後に一つ、お願いがあるのですが」
「何でしょう」
「少しでいいので、神喰らいを見せていただけませんか」
フラムは少し悩んだ。
今の彼女なら漏れ出す呪いを抑え込むのはたやすい。
だが、先ほどの話を聞いたばかりで、簡単に見せてしまってもいいものか、と。
とはいえ面白い話を聞かせてもらった代金ぐらいは払いたかったので、その対価としては安いものだ。
フラムはミルキットとサクリアから距離を取ると、亜空間から神喰らいを引き抜いた。
漆黒の刃の表面で、紅い呪いがうごめいている。
「おお、これが……」
うっとりとした表情を魅せるサクリア。
彼女は感嘆の吐息を漏らすと、見ていて寒気を覚えるような笑みを浮かべた。
(……あの目つき、何だろう。神喰らいに……いや、呪いに惹かれてる?)
嫌な予感がして、フラムは剣を収めた。
サクリアは一瞬、がっかりするような顔を見せたが、すぐに笑顔になる。
「これでよかったですか?」
「ええ、満足です。今日という日を二度と忘れることはないでしょう」
何がそこまでサクリアを感動させたのか。
何の意図があって話を聞かせに来たのか。
フラムに理解させないまま、彼女は去っていった。
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