第29話 試し斬りにちょうどいい肉の塊

 





 フラムと装備のにらめっこが続く。

 不穏なオーラを放つ鉄くずの山に手を突っ込んでは、あれじゃない、これじゃないと悩みながらスキャンを繰り返す。


「どうだ、良さそうなものはあったか?」


 その様子を後ろから眺めていたガディオは、何気なくそう聞いた。


「さすがにAランク冒険者のコレクションなだけあって、中々に強烈な装備ばかりです」

「その割には随分と悩んでいるようだな」

「どうせならエピック装備がいいな、と思いまして。ほら、呪いの装備って見た目がこんなじゃないですか」


 その一例に、フラムは兜を持ち上げ彼に見せた。

 漆黒の金属で作られたそれは、所々が紫色に変色しており、フォルムもやけに刺々しい。


「この兜の場合は、妙な形をしてるせいで視界がやたら狭くなるんです。それも含めて呪いってことなのかもしれませんけど」


 そう言って、彼女は兜のフェイスガードをかぱかぱと開閉させた。


「確かに、顔を覆うタイプの兜は好き嫌いが別れるな。ある程度、気配で相手を察知できるようになればデメリットは薄くなるんだが」

「私はまだその域まで達してないので」


 ステータスの“感覚”が上昇していけば、彼の言う気配を感じ取ることもできるのかもしれない。

 そのためにはより強い呪いを宿した装備を探さなければならないし、少なくともフラムが現在手に持っている兜には、そのような力はなかった。

 黒い兜が必要ない、と傍らに置かれると、恨めしそうにカタリと震えたような気がした。

 彼女はそれを意に介さず、マイペースにお眼鏡に叶う装備を探し続ける。


「ん、これは……」


 彼女が引っ張り出したのは、レザーで出来た輪っかだった。

 ベルトのような留め具が付いているが、腰に巻くにはあまりに小さすぎる。

 腕か足に通る程度のサイズである。

 他の装備と違って、血や謎の染みが付着している様子はない。

 見てもいまいち使いみちがピンと来なかったフラムは、スキャンをかけてそれを確かめる。




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 名称:醜き執着のレッグガーター

 品質:レジェンド


 [この装備はあなたの魔力を131減少させる]

 [この装備はあなたの感覚を456減少させる]


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 名前はさておき、足に巻くだけの小物にしては中々のステータス上昇量である。

 フラムはレッグガーターだけを別の場所に置き、装備探しを続行した。

 山の下の方になるほど高品質――というのもおかしな話だが、使い勝手の良い装備が増えていく。

 ちらほらとエピック品質の姿も見え始め、思わずフラムの口元が緩んだ。

 ガディオは、呪いの装備の山に喜んで手を突っ込む彼女を見ながら、微妙な表情をしている。

 そして最終的に、先ほどのレッグガーターを含め、フラムは山の中から三つの装備を選出した。




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 名称:苦痛と絶叫のレザーベルト

 品質:エピック


 [この装備はあなたの体力を363減少させる]

 [この装備はあなたの敏捷を212減少させる]

 [この装備はあなたの感覚を749減少させる]

 [この装備はあなたの毒への抵抗力を奪う]

 [この装備はあなたの苦痛を増幅させる]


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 仰々しい名前の割だが、色の濃いレザーを用いた、ただのダブルピンベルトにしか見えない。

 ひょっとすると、その色はベルトを血に浸した結果なのかもしれないが――特別変な匂いもしないので、フラムは深く考えなかった。

 太さや長さを見るに、ズボンを固定するために使うというよりは、装飾品として腰に巻く用途のために作られたものだろうか。

 レアリティはエピックのため自由に出し入れが出来るが、このベルトならば普段使いしても問題は無いはずだ。

 まあ、名前の通り急にどこからともなく絶叫が聞こえたりしたら、その時は考えなければならないが。


「その装備、“苦痛を増幅させる”というエンチャントが付いているが、平気なのか?」


 ガディオは、ベルトを腰に回しながら体の調子を確かめるフラムに尋ねた。

 特に身につけたからと言って実感はない、だがエンチャントが存在する以上は、何かしらの影響を彼女に与えているはずだ。

 フラムはおもむろに、石の床に手を叩きつけた。

 ゴスッ、と鈍い音がガディオの耳にまで届く。

 相当強い力で叩きつけたようで、彼女の手は赤くなっていたが――再生の力ですぐに元通りになる。

 そして、手の開閉を繰り返した後に返事をした。


「反転して、痛みをあまり感じなくなってるみたいですね」


 自傷行為にあまり抵抗がない様子のフラムを見て、ガディオは思わず眉をひそめる。


「感覚が鈍くなっているとも言えるな、痛くないからと言って無茶はするなよ」

「わかってます、それに全く痛くないわけじゃありませんから」


 そうは言うが――ガディオは内心不安だった。

 デインの部下との戦闘の時もそうだったが、彼女は自ら敵に突っ込みながら戦う傾向がある。

 反転の魔法を使うためには対象に触れる必要がある、そのせいでもあるのだろう。

 確かに、自らが傷つくことを厭わない彼女の戦い方は、相手にしてみれば脅威だとは思う。

 肉体は消耗品ではないのだ。

 まともな価値観を持っていれば、それをたった一度の戦闘で、無駄に失うような真似はしない。

 そんな相手の正常な思考を逆手に取った、まさにフラムにしか出来ない戦法……しかしどうにも、そのせいで彼女が必要以上に傷を負っているように思えてならなかった。

 苦痛を軽減するこのエンチャントが、さらに悪い方に導かなければいいのだが――と彼は懸念する。




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 名称:笑う殺戮者のダマスカスガントレット

 品質:エピック


 [この装備はあなたの筋力を1312減少させる]

 [この装備はあなたの魔力を674減少させる]

 [この装備はあなたの感覚を377減少させる]

 [この装備はあなたの肉体を炎上させる]


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 次に彼女が身につけたのは、やけに刺々しいデザインをした篭手だ。

 指先に至っては凶器のように尖っており、例のごとく色は黒である。

 魂喰いといい、人の怨念を吸って呪いを宿した金属は、黒く変色するものなのだろうか。

 フラムは現在、血塗れのスチールガントレットを使用しているが、エピック装備が手に入ったとなるとお別れするしかあるまい。

 ミルキットと出会ったばかりの頃に手に入れたものなので、微妙に愛着が湧いていたが――よくよく考えてみれば、こんな血で汚れたガントレットに愛着が、というのも変な話である。

 もう使わない装備はどうしたものか、と考えていると、ガディオが、


「それも呪いの装備なのだろう? 必要ないならそのまま置いていっていいぞ」


 と提案してくれたので、お言葉に甘えて、山の一番上に置いていくことにした。

 念のため、「今までありがとね」と礼を言いながら。


 フラムが手に意識を集中させると、ガントレットが粒子になって消えていく。

 そして新たに、両手の甲に青い刻印が浮かび上がった。

 右手に浮かぶ魂喰いの赤い刻印と合わせて、まるで一つの模様のようである。

 そして一応、ベルトも収納してみると――シャツの下、ヘソの下あたりに印が刻まれる。

 まあ、見た目の問題は無いので、別に仕舞っておく必要はないのだが。

 フラムはシャツを降ろすと、再びベルトを顕現させた。


 現在、彼女が身につけている装備は計五つ。

 それらによって上昇したステータスを合わせると――




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 筋力:1922

 魔力:1262

 体力:1587

 敏捷:1167

 感覚:1723


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 フラムの実質的なステータスは、現在このような状態だった。

 合計7661、中堅のAランク冒険者並である。

 そこに反転の力や再生能力、騎士剣術キャバリエアーツまで含めると、相当な実力であることは言うまでもないだろう。

 ジーンに奴隷として売られてしまったあの頃に比べれば、雲泥の差どころの話ではない。

 フラム自身も、体が軽くなり、全身に魔力が満ち、そして五感が研ぎ澄まされていくのを実感していた。


「えっと、それじゃあ今つけてる三つをもらってってもいいですか?」

「ああ、好きにしてくれ。どうせ俺には扱えない物だからな。呪われた装備は、通常の装備よりも増減の数値が大きくなる傾向にある。ゆえに厄介なわけだが――それを有効活用できるというのは便利なものだ」

「まあ、代償もそれなりですから」


 普通の人間は、鍛えれば鍛えるほど、戦えば戦うほどにステータスが上がっていく。

 だが彼女にはそれがない。

 呪いの装備を扱うことができる、と言うと聞こえは良いが、実際は呪いの装備を使わなければ、Fランクモンスターともまともに戦うことすらできないのだ。


「能力が反転するって言うんなら、ぐうたら怠けて過ごしたら、それだけで強くなれたりしたらよかったんですけど」

「世の中はそう甘くはない」

「甘くていいと思うんです。誰も損しませんし」


 フラムのそんな言葉に、ガディオは「ふっ」と軽く笑い、


「ああ、まったくだな」


 と、どこか物憂げにつぶやいた。




 ◇◇◇




 地下室を出ると、階段を上ってすぐの所で、小さな誰かがガディオの胸に飛び込んだ。


「パパ、遊んで!」


 わがままゲージが最大まで溜まってしまったハロムである。

 廊下の向こうから、ケレイナが困った顔をして小走りで近づいてきた。


「ハロム、かくれんぼでママを放置するのはさすがに酷いじゃないのよう!」

「騙されるお前もお前だ、ケレイナ」

「うっ……仕方ないじゃない、目をウルウルさせながら頼まれたら、断れないのが親ってものでしょ!?」


 ケレイナは恥ずかしさを誤魔化すためか、声を荒らげた。


「ねえパパー、もういいでしょー? その人との用事はもう済んだんだよね?」

「確かにそうだが、お客さんに失礼だろう、ハロム」


 ガディオは頭を撫でながら諭したが、どうにもハロムの機嫌は治りそうにない。

 自分の存在が、家族の不和を招いているようで、フラムは少しバツが悪い。


「済まないなフラム」

「気にしないでください、それだけガディオさんがハロムちゃんに慕われてるってことなんですから」


 もっとも、ガディオはそれを素直に喜べやしないだろうが。

 決してハロムを嫌っているわけではないのだ。

 彼女が親友の子供でなければ、そして彼の心の中央から、ティアという存在が退いてくれたのなら――ケレイナを妻として迎えるという選択肢もあったのかもしれない。


「じゃあ、私はそろそろお暇しますね。団欒の時間の邪魔になっちゃいそうですから」

「えぇー、お姉ちゃんもう帰っちゃうのー?」


 予想外のハロムの反応に、何度かまばたきを繰り返すフラム。

 今までほとんど相手にされていなかったものだから、自分に興味など無いのだろうと思い込んでいたのだが。


「お姉ちゃんも一緒に遊ぼうよ!」

「こらハロム、困ってるじゃない。ごめんなさいねフラムちゃん、うちの子が変なこと言って」

「いえ……別に、私は構いませんけど。邪魔になりませんか?」

「それは無いだろう、むしろ少し付き合ってくれると助かる」


 ガディオにまでそう言われると、もう後にひくわけにはいかなくなった。

 結局、フラムはハロムに手を引かれ、彼女の自室に連行された。

 その後、たっぷり数時間も遊びに付き合わされ、夕食の誘いを断ってガディオの屋敷を出る頃には、外は暗くなり始めていた。




 ◇◇◇




 家では、ミルキットが自分の帰りを待っていることだろう。

 フラムは夕食に遅れないよう、急ぎ足で西区を目指す。


「おや、フラムさんではないですか」


 しかしその途中、想定外の人物に呼び止められてしまった。

 すれ違いざまにフラムの名を呼んだ男性は、久々に会うリーチであった。

 白いワイシャツに、上から黒いベストを着た比較的ラフなスタイル。

 従者を連れておらず、荷物も持っていないところを見るに、おそらく散歩でもしていたのだろう。


「向こうからやってきたと言うことは、もしかすると、ガディオさんの屋敷に行ってきたのですか?」

「ええ、まあ……ってあれ、私がガディオさんと知り合いだってこと、言ってましたっけ」

「かのエターナ・リンバウと一緒に暮らしているという話は私の耳に届いています。薬草を依頼した時は、まさか英雄フラム・アプリコット本人だとは思っていませんでしたが、さすがに今は気づいていますよ。こんな重要なことを黙っておくとは、フラムさんも意地が悪い」


 リーチは冗談っぽく言った。


「あんまり英雄とか呼ばないでください、私はずっと役立たずだったんですから」

「事情は知りませんが、私の妻を救ってくれた時点で十分に英雄ですよ」

「ああ、そういえば奥さんの状態はどうなんです?」


 彼と会うのは、エニチーデで採取した薬草を渡して以来だ。

 とっくに薬はできているはずだし、だとしたらすでに効果は出ているはず。


「おかげさまで快方に向かっています。まるで魔法みたいだって、妻も喜んでました」

「ふふふ、笑って良いんですかね、そのジョークって」

「聞いた時は私も思わず苦笑いしてしまいました。魔法で治らないからこそ、薬草が必要だったというのに」


 もちろん、リーチの妻はそのような事情など何も知らないのだが。

 一応、病が治った理由に関しては、誰にも絶対に口外しないようにと釘を差してある。

 少し天然な部分もあるが、彼の妻なだけあって、聡明な女性だ。

 軽々しく口を滑らせてしまうことは、万が一にも無いだろう。


「あらリーチさん、こんなところで偶然ですわね」


 リーチとフラムが話していると、そこに一人の女性が割り込んできた。

 その格好は派手というほか無い。

 彼女は、ファー付きの赤のコートを羽織り、大輪のコサージュがいくつも付けられたドレスを纏っている。

 ネイルは七色に輝き、指には大きな宝石がついた金の指輪がいくつも並び――極めつけは、ブロンドとピンクと水色が混じり合ったようなオパールヘア。


「サティルスさんこそ、散歩ですか?」


 リーチは、ゴツい男の護衛を二人連れた彼女に、笑顔で問いかける。

 その表情はフラムに向けるものとは違い、明らかに営業用であった。

 濃い化粧に、きつい香水と、もはや原型を留めていないほど着飾ったこの女性。

 実は、王都出身ではないフラムでも名前ぐらいは知っている有名人である。

 サティルス・フランソワーズ。

 いくつかの商店を経営している、いわばリーチの商売敵だ。

 もっとも、取り扱っている分野があまり被っていないおかげか、二人はそれなりに・・・・・良好な関係のようだが。

 少なくとも、顔を合わせた時にお互いに作り笑顔で世間話が出来る程度には。


「ええ、たまには気分転換をと。しかし、それでリーチさんとお会いできるのですから、散歩も悪くはないですわ。ところで、そこに立ってる奴隷はあなたの持ち物かしら?」


 サティルスの冷酷な視線がフラムに向けられる。

 奴隷を完全に見下す人間のそれだ。

 フラムはとっくに慣れているが、慣れたからといって不快でないわけではない。

 思わず彼女が睨み返しそうになったところで、リーチが間に入った。


「とんでもない、彼女はとても優秀な冒険者ですよ、サティルスさん」

「あら、見たところ丸腰に見えますわよ? そんな身なりでこなせる依頼なんてたかが知れていましてよ?」

「外見や数字では実力はわからないものです、少なくとも私は、彼女に全幅の信頼を寄せています」


 そこまで言われることをした覚えのないフラムは、少し気まずくてもぞりと足を動かし、立ち位置を調整する。

 社交辞令だということはわかっていても、やはりむず痒い。


「ふぅん……」


 リーチほどの男が――その言葉に少し興味が湧いたのか、今度は足から顔までを舐めるように観察する。

 しかし全身を見たところで彼女の視線の動きは止まり、眉間にしわを寄せて「ん?」と困惑した表情を浮かべた。

 おそらく、スキャンでフラムのステータスを見たのだろう。

 そこに並んでいるのは、0の羅列。


「……ま、リーチさんがそこまで言うのなら、優秀な子なのでしょうね」

「ええ、とても頼りになる方です」

「リーチさんの持ち物・・・で無いのなら、顔も悪くないし使いみちもあると思ったのだけれど、諦めるしかないようね」

「……使いみち?」


 フラムは首を傾げる。

 サティルスは一体何を言っているのか、奴隷を何に使うつもりだったのか。

 歪んだ人間性を持った、あまり近づかない方がいい人種だ。

 フラムはそう直感的に察した。


「あーあ、どこかに可愛い奴隷が落ちていないかしら……リーチさん、良い子がいたら私に紹介してくださらない?」

「私は奴隷を持たない主義なので」

「あらそう? もったいないわねえ、あんなに使い勝手がいい道具、他には無いわよ。そうだ、今度一緒に市場にでも行きましょう、実際に見れば、案外リーチさんも楽しめるかもしれませんし」


 そう言って妖艶に笑うと、彼女は背中を向けて、その場を去っていく。

 その姿が見えなくなるまで、周囲には「おほほほっ」という高飛車な笑い声が響き続けた。

 彼女がいなくなったのを確認すると、フラムはがくっと肩を落とし、ため息をついた。


「あのひと、サティルス・フランソワーズですよね。そっか、東区だとああいう人とすれ違う可能性もあるんだ」

「見ての通り、趣味の悪い雌狐です」


 リーチの口から出た毒のある言葉に、フラムは思わず面食らう。


「リ、リーチさんがそんなこと言うなんて、やけに珍しいですね」

「私でも看過できないほどなんですよ。表向きは服飾や書物に関する商店の経営者ですが、裏では闇業者と手を組んで汚い商売をしていましてね」


 本当に彼女のことを嫌っているのだろう、リーチは笑顔を作ることすら放棄した。


「そこまで知ってるなら、告発できるんじゃないですか?」

「もちろん調べはついていますし、告発できるだけの証拠もあります。しかし、書店を経営していることからもわかるように、彼女は教会とのつながりが強い。今のままではもみ消されるのがオチでしょう。彼らは平気でそれぐらいやりますよ、場合によっては私が消されるかもしれない」


 フラムは心の底から同意した。

 確かに、教会なら、例えマンキャシー商店の社長であったとしても、容赦なく殺すだろう。


「教会のこと、詳しいんですね」

「先代の頃から薬草絡みで反発しあったり、今でも商売に口を出されたりと、我々にとって教会は昔から目の上のたんこぶですから」


 教会の悪行は、何も研究に限った話だけではない。

 民衆の生活にとってマイナスにしかならないことでも、自分たちの都合の方を優先する。

 教会さえいなければもっと稼げていたはず、もっと多くの人を喜ばせることができたはず――そう考える商売人は、彼一人ではないはずだ。

 それでも表立って反発する商人がいないのは、それだけ教会の影響力が強大ということを意味する。


「だから、サティルスの悪趣味な嗜好も見逃される。実は、彼女はつい最近まで、まっとうではない奴隷商人と付き合いがあったんです。そこから違法な奴隷を購入していたらしくて」

「はぁ……どうして、わざわざ正規のルートを使わずに?」


 奴隷制度自体は違法ではない。

 然るべき手順を踏んで奴隷となった人間は、王国に認められた奴隷市場で売買されることが認められている。


「普通の奴隷だと、最初から“諦めている”者が多すぎる、だから反応が悪い、と。あとは、奴隷にも最低限の権利は保障されていますから。彼女のように、拷問が趣味の人間には窮屈すぎるそうで」

「拷問……」

「正確には、“美しいものを壊したい“という欲望のようですが」


 リーチの話はやけに詳しい。

 偶然に知ったわけではなく、おそらく積極的に探りを入れているのだろう。


「もっとも――その奴隷商人は少し前に、誰かに殺されてしまったんですけどね。商人や主が奴隷に殺されるのはそう珍しくない話ですが、その現場は、死体がいくつも転がっていて、それはもう凄惨な有様だったそうです。違法な商人ということで表沙汰にはなりませんでしたが」


 奴隷商人に、いくつもの死体。

 フラムにはその光景に心当たりがあった。

 というか、おそらくその商人を殺した犯人は――フラムだ。


「最近では自分たちで違法奴隷を集める方法を模索しているようで……って、フラムさん、固まってますがどうかしましたか?」


 リーチが心配そうに彼女の顔を覗き込む。

 しかし、フラムの頭の中は今はそれどころではなかった。

 違法奴隷。

 拷問。

 美しいものを壊したい。

 そして死んだ奴隷商人。

 全ての点がつながり、一つの答えが導き出される。

 つまり、あのサティルスという女は――


「ミルキットの、前の主……」


 そして彼女に毒を盛った、張本人。

 サティルスが消えた曲がり角を、フラムは睨みつける。

 今すぐにでも追いかけてぶった斬りたい衝動を、深めの呼吸で落ち着けた。

 それができるなら、きっとリーチはとっくに彼女の罪を告発しているはずだ。

 しかし、一時的に冷静さを取り戻しても、彼女がミルキットを傷つけたという事実は消えない。

 胸に宿った強い想いは、それが果たされるまで消えることはないだろう。


 ――絶対に殺さないと。


 人の死に触れすぎたからなのか。

 ミルキットとの絆がそれだけ深まったということなのか。

 フラムは一切の躊躇なく、そう誓うのだった。





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