第28話 戦う理由

 





「ガ、ガディオさん、お子さんいらっしゃったんですか?」

「いや……俺のことはパパと呼ぶなと言っているだろう、ハロム」


 ガディオはハロムと呼ばれた少女の頭を撫でながら言った。

 その手慣れた様子は、どこからどう見ても親子のそれなのだが――否定するということは、血はつながっていないのだろう。


「パパはパパだもん。ママ公認だもん」


 ハロムは怒り気味に頬を膨らました。

 困り果てたガディオが苦笑いを浮かべていると、今度は彼と同じぐらいの年齢と思われる、赤い髪のガサツそうな女性が現れる。


「おかえり、ガディオ」

「ああ、ただいまケレイナ」


 そのやり取りもやはり、夫婦のそれにしか見えない。

 しかしハロムが子供ではないということは、ケレイナと呼ばれた女性も妻ではないのだろう。


「もういい加減、パパって呼び方を認めてくれてもいいんじゃないのかい?」

「無理だ、ソーマに申し訳が立たない」

「ソーマだけじゃなくて、ティアにもでしょ? まったく、義理堅いにも程があるっての」

「……その話は後にしてくれ、今は来客がいるんだ」

「ありゃりゃ」


 ケレイナはしまった、と言った顔をした。

 ようやくフラムの存在に気づいたようだ。


「いきなり意味深な会話を聞かせちゃってごめんねぇ。あ、もしかしてあなたがフラムちゃん? ガディオがよく話してた子じゃない、筋が良いって」


 まさか自分のことが知られているとは思わなかった。

 フラムはなんだか照れくさい。

 しかし筋がいいというのは、お世辞が過ぎないだろうか。

 少なくとも旅の途中では、彼女のステータスは全てが0で、騎士剣術キャバリエアーツなど全く使えなかったというのに。


「こんなとこで話も何だし、上がって上がって。ガディオ、客間でいいの?」

「込み入った話になる、二人きりでいい。ケレイナたちは別の場所にいてもらってもいいか?」

「あぁ、そっち絡みの話なんだ。りょーかい」

「ええー、せっかくパパと遊べると思ったのにー!」


 ガディオは口を尖らせて文句をこぼすハロムを抱き上げると、ケレイナに手渡した。

 七歳というとそこそこの重さだと思うのだが、二人ともやけに軽々と扱っている。

 ケレイナのあらわになっている腕には、傷跡のようなものが見えた。

 彼女も元々は冒険者だったのだろう。

 となると、ガディオとの関係はかつての冒険者仲間同士、と言ったところだろうか。


「はいはい、パパはあとで遊んでくれるから、今はママと遊びましょうねー」

「ママとは遊び飽きたー! パパがいいのー!」


 何気なくひどいことを言いながら、ケレイナの肩の上でじたばたと暴れるハロム。

 しかしケレイナはびくともせず、二人は屋敷の奥へと消えていった。

 取り残された……と言うか、話についていけなかったフラムは、呆然とその後ろ姿を見送る。


「行くぞ、フラム」


 説明もなしに、ガディオは屋敷の中に入っていく。


「は、はいっ……!」


 歩幅の違いすぎる彼に置いていかれないよう、フラムは小走りでその大きな背中を追いかけた。




 ◇◇◇




 客間の壁面には高そうな絵画がいくつも飾られ、天井にはシャンデリアがぶら下がっている。

 ソファもやけにふかふかで、座った時に想像以上にお尻が沈み、フラムは思わず「うわっ」と声を出してしまった。

 どこを見ても高級品だらけ。

 少し成金趣味と言うか――今のガディオには、似つかわしくないセンスのように思えた。


「本来は、装備を渡すだけで済ませるつもりだったんだがな」


 フラムの向かい側に腰掛けたガディオは、ため息混じりに言った。


「装備?」

「この屋敷の倉庫には、俺たち・・が集めた装備が保管してある。中には呪いの装備もあったはずだ、それがフラムの役に立つのではないかと思ってな」

「貰っちゃっていいんですか!?」

「気にするな。元々、呪いの装備など使いみちが無いものだ」

「ありがとうございます。でしたら、遠慮なくいただきますね」


 呪いの装備など、多くの冒険者が捨ててしまうか、一部の強烈な呪いを宿した物が嗜好品・・・として市場に出回る程度。

 それも、数は非常に少ない。

 フラムも時折、中央区の大通りに並ぶ露店を眺めたりはしているが、彼女の満足できるようなものとは今のところ出会えていない。

 かといって、研究所のような死体の山が積み重なった場所などそうそうあるはずもなく――ガディオの申し出は、彼女にとってありがたいことこの上なかった。


「だが、それは後回しだな。さっきの子供と女が気になっているんだろう?」

「それは、もちろん」


 妻でもないケレイナと、二人暮らし。

 しかもハロムも、ガディオの子では無いという。

 色々と複雑な人間関係を想像してしまい、フラムの頭はパンク寸前である。


「簡単に説明すると、ケレイナは俺の親友――ソーマの妻で、ハロムはソーマとケレイナの間にできた子供だ。そしてソーマは、六年前にモンスターとの戦闘中に命を落としている」


 それだけの言葉で、破裂しそうだったフラムの脳内は見事整理され、だいたいの事情を理解できてしまった。

 つまり、ハロムは見たところ六歳ぐらいなので、本当の父親とはほとんど会っていない。

 ずっとガディオが父親代わりだった。

 だから、彼のことをパパと呼んでいるし、おそらくはケレイナも――


「そのソーマって人も、やっぱり強かったんですか?」

「ああ、あいつは俺よりも強かった。チームのリーダーとして皆を率い、勇敢に戦った。実は俺が普段から使っている鎧や大剣は、ソーマの形見なんだ」


 だから――彼はレジェンド品質の装備をずっと使い続けていたのだ。

 だがそれは、ソーマの想いを継ぐ、などという綺麗な話ではない。

 自らの罪を忘れないためである。


「チーム、組んでたんですね」

「昔はな。俺とソーマ、ケレイナ、ティア、ジェイン、ロウ――うち三人がSランク、残りの三人もAランクだ。どこに行っても、誰を相手にしても負けることは無いと、自惚れていた」


 いや――それは決して自惚れなどではない。

 Sランクが三人の時点で脅威だというのに、残り三人もAランク。

 当時は、間違いなく王国最強のチームだったはずである。

 彼らが敗北するような相手には、他の冒険者がいくら束になった所で敵うまい。


「この屋敷もその頃の名残だ。六人で一緒に住むために建てたんだが、当時はさすがに広すぎるし金を使いすぎたな、と笑っていたよ」

「一緒に住むなんて、そんなに仲が良かったんですか」

「そうだな。あいつらと一緒にいると、それだけで楽しかった。俺もティアと契りを結んだばかりで、幸せの絶頂だった」


 ガディオは、テーブルの面を虚ろな目で見つめながら言った。

 よく磨かれたそこには、彼の顔が映り込んでいる。


「契りって……結婚?」

「随分と急いでしまったがな、あの頃の俺はどんなことでもソーマに負けたくなかったんだろう。もっとも……永遠に守ると誓った直後に、ティアは死んでしまったが」


 ガディオは自嘲気味に吐き捨てる。


「六年前、俺たちが受けたのは、王国南西部での大型ドラゴンの討伐依頼だった。ただのドラゴンなら楽勝なはずだ、今回もすぐ終わらせて王都に帰ろう、俺たちは笑いながらそんな話をしていたよ。王都では出産を控えたケレイナが待っていたからな。だが――いざ遭遇すると、そいつはただのドラゴンなどではなかった。顔が、渦巻いていたんだ」


 顔の、渦巻き。

 それが意味するものは一つしか無い。


「……それって、もしかして」

「先日交戦したネクトとかいう少年もそうだったな。今になって思えば、あれは教会の研究成果だったんだろう」


 声は落ち着いていたが、微かに怒りの感情がこもっている。

 今までずっと、ガディオはただの突然変異のモンスターだと思っていたのかもしれない。

 しかしそれが教会の手によって作られたものだとわかった今、その憎しみはそちらに向いているはずだ。


「まず俺たちは奇襲を受け、壊滅的な被害を受けた。それでジェインとロウが死んだ。ソーマはかなり善戦したが、目の前で鎧の中でミンチにされた。最後はティアが俺を庇って、心臓を撃ち抜かれ死に……俺は一人だけ、生き残った」


 その無念は、六年が過ぎた今でも消えない。

 いや、ガディオはおそらく一生背負い続けるだろう。

 例え、誰かが“ガディオは悪くない”と言ってくれたとしても。

 他でもない彼自身が自分を許せないのだ。


「命からがら逃げ、王都へ帰り着いた俺を待っていたのは、俺のことを“臆病者”と罵る民衆や同業者たちだった。ああ、確かに彼らの言うとおりだ、俺は間違いなく臆病者だった。仲間も親友も妻も見捨ててのうのうと戻ってきた、こんな腰抜け――臆病者以外の、何者でもない!」


 ガディオはギリ、と歯を食いしばり、拳を強く握りしめる。

 手の甲にはくっきりと血管が浮かび、腕が小刻みに震える。

 少しでも償いになれば、と襲われた場所に戻って死体を探し弔おうともしたが、残っていたのはソーマの鎧と剣だけだった。

 それからは一人でひたすらに剣の道に打ち込み、冒険者としての実力も高めていったが、虚しさは消えなかった。


 フラムはそんな彼を前にして、何も言えない。

 ここ最近の彼しか知らないのだ、かける言葉が見つからないのも当然のこと。

 それでもかける言葉を探し続け、ようやく見つかったのは――


「過去に何があったとしても、ガディオさんは私にとっては英雄です。臆病者なんかじゃありません」


 そんな、毒にも薬にもならない言葉だった。

 フラムは、気の利いたことを言えない自分に歯がゆさを覚えたが、ガディオには十分気持ちが届いていたらしい。

 彼の表情が少し緩み、幾分かの穏やかさを取り戻す。


「……取り乱して、済まなかった。フラムは優しいな」

「いえ、そんな……」

「この話をしたついでだ、あとで改めてエターナにも話すつもりではあるが――教会の研究について伝えておきたいことがある」

「先日話してくれたのが全部じゃなかったんですか?」

「見つけた資料の内容を片っ端から頭に叩き込んできた。時間を置いて、情報の因果関係を整理しながらでないとうまく話せそうにないと思ってな」


 いかんせん、時間がなかったのだ。

 大聖堂の警備は決して緩くはなく、まさに命がけの潜入であった。

 もっとも、発見されたとしても、教会騎士程度の相手ならどれだけ束になっても楽勝だっただろう。

 しかし代償として、二度と王都には入れなくなる。

 ガディオとしてはそれだけは避けたかった。

 ゆえに、慎重かつ迅速に、無駄な思考を放棄し、文字の羅列を記憶することだけに専念したのである。


「創造神オリジンの力を封じ込めた水晶体、それがオリジンコアだ。教会の連中はこのコアを使って、三つの研究チームを立ち上げた」

「三つ……一つは、螺旋の子供たちスパイラル・チルドレンですよね」

「ああ、教会内部では略して“チルドレン“と呼ばれることが多いようだが。そして、残り二つが――“ネクロマンシー”と“キマイラ”」

「……名前だけで、嫌な予感がします」


 なまじ内容が想像できてしまうだけに、フラムは思わず悪寒を感じ、自分の体を抱いた。


「詳しい研究内容や、研究所の所在地までは見ることが出来なかったが、断片的な情報から推察は出来る。まずネクロマンシーは、コアを死体に埋め込むことで、死者を命令に忠実な兵士として蘇らせる研究だ」


 それを聞いて、フラムが思い出したのは、セーラと共に探索したエニチーデ付近の研究施設だった。

 施設内部に罠として仕掛けられていた、顔の渦巻いた死体。

 ああ言った死者を用いた冒涜的な道具が、大量に生み出されているのだろうか。


「そしてキマイラは、多数の生命を組み合わせ、よりコアに適した肉体を模索する。その結果を用いて今度はコアを改良し、少しずつ人間に適したコアを作り出す研究らしい」

「ガディオさんのチームを襲ったモンスターは、どっちのチームが作ったものなんでしょうか」


 ドラゴンの死体を利用したとも考えられるし、ドラゴンに別のモンスターを組み合わせた個体だったとも考えられる。

 どちらでも、理屈は通っていた。


「モンスターを用いての研究を行っていたのはキマイラの方だ。おそらくはあのドラゴンも、連中が作り出した化物だったんだろう」


 つまりキマイラは、六年前から王都の外で研究を行っていた。

 エニチーデ付近の研究施設も――十年ほど前に放棄された場所だったが、キマイラチームが使用していた可能性が高い。

 螺旋顔のオーガも、おそらくはその成果だったのだ。


「その……ガディオさんは、教会に復讐したい、って思ってますか?」

「したくないと言えば嘘になる。仲間たちを見捨てたのは俺自身の罪だ。だが、みなを殺したあのモンスターを憎んでいないわけではない」


 現在、ガディオたちを襲ったモンスターがまだ存在するかどうかはわからない。

 とっくに廃棄されている可能性だってある。

 しかし、そいつを作り出した研究チーム“キマイラ”は、今だって活動しているのだろう。


「フラムはどうだ。復讐など、虚しいだけだと思うか?」


 問われて、彼女はすぐに首を横に振った。

 想像する。

 もし、ミルキットや故郷の家族、大切な仲間が殺されてしまったとして――きっとフラムは、復讐のために犯人を殺そうとするだろう。

 エニチーデで襲ってきたデインの部下や、デイン本人を手にかけたように。


「こういうこと言うのは不謹慎だとは思うんですが……むしろ、頼もしいと思います。曖昧な正義心や使命感より、はっきりとした目的があった方が、人って力を発揮できるものだと思いますから」

「そうか、ならば気兼ねなく復讐を果たせるな」

「それ、私が首を縦に振ってたらどうするつもりだったんですか?」

「大きな変化は無いだろうが、多少は配慮していただろう。フラムの前では憎しみを見せないように、とな」


 彼の言うとおり、それは大した変化ではない。

 だが戦場においては、覚悟の微かな揺れすらも命取りとなる。

 フラムが背中を押したことで、ガディオはさらなる強さを得た。

 大げさかもしれないが、それは紛れもない事実である。




 ◇◇◇




 客間での会話を終えると、ガディオはフラムを別の部屋に案内する。

 向かう先は、例の装備が置いてあるという倉庫だ。

 フラムは、光を反射し輝く石床の上を歩く。

 壁にはまた絵画が飾られており、窓は、触らなければそこにあることに気づかないほど、綺麗に磨かれている。

 廊下には一定間隔で壺や花瓶、胸像と行った美術品が飾られており、それぞれの部屋のドアも、同じ美術品ではないかと見紛うほどに絢爛だった。

 見ているだけでため息が出てしまいそうだ。

 きっと、並んでいる壺ひとつだけでも、フラムの住んでいる家が買えてしまう値段に違いない。


「降りるぞ」


 言われるがままに、階段を降りていく。

 どうやら、倉庫は屋敷の地下にあるらしい。

 地下室まで完備されているとは、至れりつくせりではないか。


 底に近づけば近づくほど、周囲は暗くなっていった。

 そして終いには、ほとんど何も見えなくなる。

 ガディオが壁のスイッチに触れると、ようやく部屋全体が淡く照らされ、全容が明らかになる。

 室内にはいくつもの木製のトルソーが並び、様々な種類の衣服や鎧を纏っていた。

 ドレスにローブ、レザーアーマーからプレートアーマーに至るまで、サイズもデザインも多種多様である。

 また、棚には兜やティアラ、ガントレットやレガース、ブーツやブローチ、指輪と言った装備が種類を選ばず並べてあった。

 片手剣、両手剣、槍、ハンマー、メイス、杖、弓――その他を含め、各種武器は壁面に飾られている。

 何気なしにフラムがスキャンを使ってみると、そのどれもがレジェンド、もしくはエピック品質の装備だというのだから驚きだ。

 壺どころの騒ぎではない、ここに並んでいる装備だけで屋敷を遥かに超える価値があるはずである。


「す、すごいですねこれ……」

「使わないのなら処分すべきなのだろうが、どうにも思い出が邪魔して手放せん」


 中には使われた形跡のある装備もあった。

 仲間や親友、そして彼の妻が使ったものも、この中に混ざっているのだろう。

 しかし、フラムが見るべき場所はここではない。

 ただのエピック装備を付けたところで、ステータスが減少しまともに動けなくなるだけだ。

 呪いの装備は、部屋の端にある扉の先にあるらしい。

 ガディオがそこを開くと、むわっとした鉄臭さがフラムの鼻をついた。

 血の匂いだ。

 その小部屋には、おそらく呪いの装備と思われる品の数々が、無造作に積み上げてあった。

 フラムがショートパンツの腰にぶら下げている、血にまみれたスチールガントレット――それと同様に、洗っても血が取れない物が、中にいくつも含まれているのだろう。

 この、普通だったら誰も触りたがらない金属くずの山の中から、目当ての装備を探さなければならないらしい。


「ロウの奴が趣味で集めていたものだからな、妙な装備ばかり揃っていると思うぞ」

「よっぽど変人だったんですね、その人」

「他の連中には捨てろとよく言われていたな。まさか、こんな形で役に立つことになるとは思ってもいなかったよ」


 ガディオは過去を懐かしむ。

 この屋敷には、思い出が――幸せで、だからこそ辛い記憶が、いくつも染み付いているんだろう。

 フラムは装備の山に手を伸ばす。

 そして、血が付いていたり、シミが人の顔の形をしていたり、触ると妙な声が聞こえる装備にひとつひとつスキャンをかける。

 思わず顔をしかめるフラムだったが、研究所で死体の山から装備を探した時に比べれば、はるかに楽な作業だった。





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