第9話 やっとまたあえたね

 





 揺れる馬車の中で、フラム、ミルキット、セーラの3人は昼食を頬張っていた。

 柔らかくもっちりとした白いパンには切れ目が入っており、中にはスパイシーなソースが塗られ、野菜や肉が挟まれている。

 パン自体の甘みがソースの辛味をマイルドにしており、子供でも親しみやすい味に仕上がっていた。

 王都を出る前に、ミルキットが早起きして作っていたものだ。

 それを紙に包み込んで、昼食用に持ってきていたのだ。


「おいひいっふ」


 セーラは、口いっぱいに詰め込んだまま言った。

 ぷくっと膨らんだ彼女の両頬を見て、フラムは思わず吹き出しそうになった。


「喜んでもらえてよかったです」

「ミルキット、料理もできたんだね」

「大したものではありません」

「そっかなぁ、本当に美味しいよこれ。ソースはイチから作ったんでしょ?」

「まあ、それはそうですが……」


 その料理の腕は、奴隷として培った技術なのだろう。

 フラムも料理はできる方だが、これは中々の腕のようだ。

 何を使っているんだろう、今度レシピを聞かなければ……と真剣な表情でパンにかぶりつく。


「そういえば、エニチーデってどんな町なんでしょうか」

「ひょんへもらひいなひゃっふよ」

「ぶふっ……セーラちゃん、食べてしまってからでいいよ」


 フラムに笑いながら注意されると、彼女は頬を揺らしパンをもっきゅもっきゅと咀嚼し、一気にごくりと飲み込んだ。

 喉に詰まりそうなものだが、そんな素振りは一切見せない。

 これが若さか、とフラムはまた1人ダメージを受けていた。


「んぐ……とんでもない田舎町らしいっすよ、以前は薬草で潤ってたらしいっすけど」

「以前と言っても、私たちが生まれるより前だよね。取り締まりが始まったのって確か人魔戦争の後だったはずだし」


 人魔戦争は30年前の出来事だ。

 ある日、突然に魔族が人間の領土を奪うために攻め込んできた。

 それを防ぐべく王国軍が立ち上がり、大きな被害を受けたものの、退けることに成功した。

 戦いには教会の聖職者たちも参加しており、その功績もあって、教会は王国への強い影響力を持つようになった――ということになっている。

 確かにオリジン教は王国における宗教の最大勢力ではあったが、当時はまだ他の宗教を信仰する国民も残っていた。

 だが、それから30年経った現在、オリジン教以外の教会は王国内にほぼ存在していない。


「なんでそこまでして薬草を嫌うのかわかんないっす」

「教会でも、理由は教わらないんですか?」

「教会では、“薬を飲むと信仰が弱まる”とか、“回復魔法の効き目が弱まる”とか言ってるっすけど、そんなの信じるわけないっすよ……それでも、中には信じ込んでる子もいるっすけど」


 子供の頃からそう教え込まれれば、信じてしまう子も出てくるだろう。

 セーラはそうならなかったようだが――馬車が揺れると、彼女の体もぐらりと傾く。

 フラムはそんな彼女の首の後ろに、妙な青いタトゥーがあることに気づいた。


「ねえセーラちゃん、その首の後ろのやつってなに?」

「ああ、これっすか」


 セーラは指先でそれに触れながら説明した。


「おらの故郷は……今はもう無いんすけど、オリジン様じゃない神様を信仰してたらしいっす。両親がその熱心な信者だったんで、まだ小さかったおらに信者の証を刻んだんすよ。これ、特殊な塗料を使ってるとかで消えないんすよね、だからこのままっす」


 特殊な塗料とは、フラムの奴隷の印に塗られたものと同じようなものだろうか。

 しかし、今はもう故郷が無いとは一体――聞いていいものか迷ったが、セーラは自ら語ってくれた。


「ちなみにおらの故郷は、魔族に滅ぼされたっす。8年も前のことで、おらは2歳だったんでほとんど覚えてないっすけど」


 彼女は力なく笑う。


「あのマリアねーさまも同じだったっす。だから、おらのことをかわいがってくれたのかもしれないっすね」

「マリアさんも……」


 互いの境遇を話したことなど無かったので、彼女にそんな事情があったとはフラムも知らなかった。

 魔族を前にすると様子がおかしかったのは、故郷を滅ぼされた恨みがあったから。

 ひょっとすると、誰よりも魔王討伐の旅に強い思い入れを持っていたのは、マリアだったのかもしれない。

 そんな彼女からしてみれば、全く戦えず、何の役にも立たないフラムの存在は邪魔以外の何物でも無かっただろう。


「今でも魔族は、人間の領地に来ては破壊を繰り返してるっす」

「え、今でもそうなの?」

「あんまり表には情報が流れてないっすけど、田舎の方では潰された町がいくつもあるっす」


 王都の新聞にだってそんな情報は掲載されていなかったはずだ、だとすると教会の人間だけが知る極秘情報ということになる。

 薬草の在り処と言い、セーラはどうにも、今の教会の方針に納得が行っていないように思える。


「幸い、死者は1人も出てないみたいっすけど、絶対に許せないっす! おら、魔族を見つけたら必ず倒してみせるっすから!」


 セーラは語気を強める。

 故郷が滅ぼされた記憶は無い、だが憎しみは確かに刻まれているということか。

 人魔戦争が終わった今でも懲りずに破壊活動を続ける魔族たち、彼らに対して憤怒するセーラの気持ちはフラムにもよくわかる――だが妙な話だ、と首を傾げた。

 なぜ死者が1人も出ていないのだろう。

 フラムは、三魔将の強さを自分の目で見たことがある。

 あの力があれば、田舎の小さな町など住民もろとも一瞬で火の海に変えられてしまうはずだ。

 ……その気がないから?

 故郷を滅ぼされたセーラが居る手前、堂々とその仮説を言葉にすることはできない。

 だがだとしたら、本当に悪いのは一体誰なのか――


「でもその前に、魔族と会っても勝てるように強くならないといけないっす」

「そういえば、あの泥棒たちをあっさり捕まえていましたが、セーラ様はどれぐらい強いのでしょう」

「フラムおねーさんと一緒でちゃんで良いっすよぉ、様ってなんかむず痒いっす」

「そういうわけには……」

「セーラちゃんが嫌がってるんだからそうしてあげなさいよ」

「……ご主人様がそうおっしゃるなら。では、セーラさん、と」


 ミルキットが言い直すと、セーラは“うんうん”と満足げに頷き、ついでにパンに噛み付いた。


「すひゃんでみるといいっしゅよ」

「わ、わかりました……『スキャン』」


 彼女がスキャンを使えるようになったのは、昨夜のことだ。

 読み書きは後回しになってしまったが、何かと使う機会が多いだろうということで、一晩かけて教えたのである。


 初めての魔法行使ということで、ミルキットはやけに身構えていた。

 とは言え、細かい制御も必要としないスキャンは、子供にだって簡単に使える魔法だ。

 一度コツさえ掴んでしまえば、どんなに不器用な人間だって使うことができる。

『私なんかには無理だと思います』と自信なさげだった彼女も、使えるようになるまでの所要時間はほんの一時間程度。

 スキャンの扱いを覚えた彼女は、はしゃいだ様子で、フラムや彼女の装備のステータスを何度も確認していた。

 あとは、表示される文字の意味や数値の目安を教えるのに数時間。

 ひたすらに簡単な単語や数字の解説をするだけだったが、ミルキットは終始楽しそうな様子で、フラムもそんな彼女を見ていると自然と笑顔になっていた。


 視界に表示される文字と情報を、ジーっと見つめるミルキット。

 前のめり気味になる彼女の姿を見て、手を口にあててくすりと笑うと、フラムも念のためセーラのステータスの確認をすることにした。




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 セーラ・アンビレン


 属性:光


 筋力:285

 魔力:301

 体力:123

 敏捷:227

 感覚:133


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 そして驚く。

 これが10歳のステータスか、と。

 合計値は1069、冒険者で言えば下位のCランク程度の実力。

 年齢からしてまだまだ伸び代はある。

 多少の好き勝手が許されているのは、教会が彼女の才能を認めているからかもしれない。

 思っている以上に高いステータスに焦りを覚えたフラムは、慌てて自分の手のひらに浮かぶ紋章と、傍らに置いた篭手にスキャンをかけ、ステータスを確認した。




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 名称:魂喰いのツヴァイハンダー

 品質:エピック


 [この装備はあなたの筋力を320減少させる]

 [この装備はあなたの魔力を99減少させる]

 [この装備はあなたの体力を297減少させる]

 [この装備はあなたの敏捷を183減少させる]

 [この装備はあなたの感覚を111減少させる]

 [この装備はあなたの肉体を溶かす]


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 名称:血塗れのスチールガントレット

 品質:レア


 [この装備はあなたの筋力を82減少させる]

 [この装備はあなたの魔力を101減少させる]


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 合計値は1193――大丈夫だ、まだ負けていない、と胸をなでおろす。

 魂喰いは、おそらくアンズーを殺した影響だろう、その呪いを強め若干ではあるが減少値が増加していた。

 とはいえ、変動したのはごく微量。

 もっと大きなステータス上昇を望むには、大量のモンスターを斬らなければならない。

 その速度が、才能豊かなセーラの成長速度に追いつくかと言うと微妙な所である。

 別に競い合っているわけではない。

 なので焦る必要は無いはずなのだが、いつの間にか“おねーさん”と呼ばれるようになった身である以上は、お姉さんらしく彼女に尊敬される自分で居たいのである。


「お2人が着てる服は、特にエンチャントの無いコモン品質なんすか」


 セーラは2人の服にスキャンをかけながら言った。

 コモン品質の装備にはエンチャントが付与されていない。

 つまりは、ごく普通の道具ということである。


「デザインを気にしなければレアぐらいの服は買えるんだけど、さすがにね」

「確かに、デザインが良くて性能も高い服は、ちょっと手が出ないっすよねえ」


 もっとも“コモン”であるのは装備としての品質であって、服としての良し悪しまではスキャンで見ることはできない。


「それにしても可愛い服っすよね、フラムおねーさんのは……こう、おらが着ると子供っぽくなりそうっすけど」


 セーラは自分の発展途上の手足を見て、がっくりと項垂れた。

 だがすぐに復活して、次はミルキットの服を褒めちぎる。


「でも、ミルキットおねーさんのは憧れるっす。フリフリしたレースとか、胸元のリボンとか、可愛さが詰まってるっすよね。おらもたまにはそういうの着てみたいっす」

「これ、ミルキットが自分で選んだの。ほんと似合ってるよね、毎日見るだけで幸せになれるっていうか」

「わかるっす、うちにも1人欲しいっす」

「だめだめ、この子はうち専用のメイドさんなんだから」


 そう言って、フラムはミルキットの腕を抱き寄せる。

 2人がかりでの賞賛に、褒められ慣れていないミルキットは恥ずかしくて俯いてしまった。


「……ご主人様たち、もしかして私をからかってませんか?」

「ふっふっふ、バレた?」

「いやあ、ミルキットおねーさんは鋭いっすねえ」

「うちの自慢のメイドだし?」

「またそんなこと言って、もう……」


 彼女は頬を膨らます。

 その表情の変化は、包帯越しでもよくわかった。


 そういう仕草も含めて、フラムは彼女のことを、素直に可愛いと思えるようになっている。

 そしてミルキットも、褒められてもすぐに“そんなことはありえない”と自己否定していた部分が、少しずつではあるが“嬉しい”と素直に受け入れられるようになってきた。

 恥ずかしいことに変わりは無いが。

 数日間だが、一緒に暮らした時間は、確実に2人の距離を縮めているのである。


「ほんと、憧れるっす」


 セーラは、楽しげにじゃれあう2人を見ながら言った。

 脳裏に浮かぶのは、自分の姉代わりであったマリアの姿。

 最近はあまり会えていない。

 その寂しさが、姉妹のようなフラムとミルキットを見ていると、蘇ってくるようであった。




 ◇◇◇




 退屈な馬車での移動の時間も、3人で話しているとあっという間に過ぎていく。

 中継地点の町で一泊し、ご当地の名物に舌鼓を打ち、翌朝再び馬車に乗り込む。

 天候や道、馬の状態によってはもう一泊することも考えられていたが、その日の夜のうちには目的地――エニチーデに到着していた。

 馬車は3人を降ろすと、別の町へと移動する。

 次に馬車がここに来るのは3日後。

 それまでに薬草の採取が終わっていなければ、また日にちを空けて迎えに来てもらうことになるが、さすがにその頃には終わっているだろう。


 町に降り立った3人は、眼前に広がる光景を見て立ち尽くした。

 確かに民家はいくつも立ち並んでいるのだが、そのうち明かりが灯っているのは数えられる程度。

 街灯1つないメインストリートはほとんど闇に包まれており、進むのに洞窟探索のために用意されたカンテラで照らす必要がある有様だ。


「本当に人が住んでるんだよね、ここ」

「もう数十人しか居ないのかもしれないっすね」

「そんな場所に、宿なんてあるんでしょうか」


 どこの町にも、一箇所ぐらい泊まれる施設があるはず。

 そう信じて探索するも、一向に宿は見つからず、そして道を訪ねようにも人が居ない。

 場合によっては、町の住人にお願いして泊めてもらうことも考えるべきか。

 あるいは野宿も視野に入れて――そんな考えが脳裏をよぎった時、


「そこじゃないですか?」


 ミルキットが宿屋らしき看板を発見した。

 しかし、建物の中は暗く、入り口にも鍵がかかっている。

 フラムが扉にカンテラの光を近づけると、そこには所々が破れた張り紙がしてある。

 彼女はそのまま文章を読み上げた。


「『当宿に御用の方は、隣の家のステュードまでお申し付けください』……って、もしかして誰か来ない限り、普段は開けてないのかな」

「それだけお客さんが来ないと言うことでしょうか」

「薬草が採れてた頃は賑わってたんすよね、教会のせいでこうなったと思うと何だか悲しいっす……」


 3人は何やらアンニュイな気分になったが、ここで感傷に浸っていてもしかたない。

 早速、フラムを先頭に隣の民家を訪れ、玄関のベルをカランカランと鳴らした。

 すると中から、眠そうな太った中年男性が顔を出した。

 彼がステュードらしい。

 フラムが「宿を使いたい」と伝えると、彼は「何年ぶりだか」と驚いた。

 一気に不安になる一行。

 だが、曰く掃除はきちんとしているらしく、実際に宿の鍵を開いてもらい中に入ると、確かに割と綺麗ではあった。

 いくつかある部屋の中から、ダブルの部屋を一箇所選び、ステュードからフラムが鍵を受け取る。


「食事はもう提供してない、ただ調理室は生きてるはずだから、料理をするつもりならそこを使ってくれ」

「勝手にいいんすか?」

「ああ、どうせ滅多に誰も使わないからな、好きにしてくれ。食材は大通りの商店で買えるし、一応だがその近くにある店で外食もできる。あと何か困ったことがあったら、隣の家に来るといい。対処できることなら対処するし、無理なら別の部屋に移ってもらってもいい、そのへんも好きにしといてくれ」


 なんとも投げやりな説明を終えると、ステュードは立ち去った。

 フラムたちはしばし呆然と彼の後ろ姿を眺めていたが、ここはそういう場所なのだ、深く考えても仕方ない。

 無事、屋根の下で宿泊できる場所が見つかったのだ、ひとまずはそれを喜ぶことにした。


 部屋に入ると、フラムとセーラはそそくさと隅に荷物を置いた。

 そしてベッドを前に2人で顔を見合わせ、頷き合うと、ベッドに向けて軽く助走を付け――両手を上に上げて、顔からベッドに飛び込む。

 ぼふっ!


「……?」


 その奇妙な儀式を、ミルキットはひとり立ち尽くして見ていた。

 しかし、フラムはベッドに埋もれたまま、彼女を誘うように自分の真横を叩いている。

 “お前も飛び込むがよい”、そう言いたいのだろう。

 主からの命令に逆らうわけにはいかない。

 ミルキットは軽く助走をつけて、控えめにぽふっとベッドに飛び込んだ。

 よくわからないが、ちょっぴり楽しい。


「……これは、何の意味があるんでしょうか」


 ベッドに顔を沈ませたまま尋ねるミルキット。


「ふかふかのベッドを見たら飛び込みたくなるじゃない?」

「なるっす」

「つまり、そういうことよ」

「はあ……」


 結局よくわからないままだった。

 まあ、楽しいのなら理由など必要ないのだろう、とミルキットは結論づけた。

 その後、3人は起き上がるとしばし歓談し、小腹が空いてきた頃に荷物からパンを取り出し――こちらは特に何も挟まっていないプレーンなパンだが――それを齧って夕食とした。

 宿の風呂が使えないことに気づきステュードに相談すると、家の風呂を使えという話になり、隣の民家でお風呂を借りたり。

 セーラが背伸びして「恋の話でもするっす!」と言い出すも、全員恋愛経験が無いので特に話が広がらないまま終わったり。

 その後もいくつかのイベントがあったが、馬車での旅の疲れもあり、3人は割と早い時間に、同じベッドの上で川の字になって眠りについた。

 寝る直前、「私は床でいい」と言い張るミルキットを、フラムが強引にベッドに寝かせたのは言うまでもないことである。




 ◇◇◇




 そして翌朝、フラムは「起きるっすー!」というセーラの騒がしい声に起こされた。

 教会ぐらしの彼女は普段から規則正しい生活をしているらしく、起きるのが非常に早い。

 ミルキットも早起きが染み付いているようで、自ずと最後まで残るのはフラムになる。

 寝ぼけ眼をこすって起きた彼女は、身支度を済ませると、さっそく外へ繰り出した。

 通りの店で本日の食料調達をすると共に、情報収集を行うためだ。


 朝の明るい時間に見るエニチーデの町並みは、昨晩と違って――さらに寂れて見えた。

 おそらくメインストリートには、以前はたくさんの店が並んでいたのだろう。

 だが今では見る影もない。

 その名残だけが残っているせいで、余計に廃れて見える有様だ。

 3人は開いている店を探して、きょろきょろと周囲を見回しながら進んだ。

 先に見つけたのは、ステュードが言っていた外食ができる店だ。

 建物自体はボロボロだったが、店の中は比較的綺麗で、味にも期待できそうではある。

 さらに進むと、明かりはついていないが、野菜やいくつかの日用品が並ぶ店を見つけた。

 足を踏み入れ店の様子を見てみると、奥のカウンターにおばあさんが座っており、眼鏡をかけて何やら本を読み耽っている。

 彼女はフラムたちの存在に気づくと、


「他所からのお客さんかい、珍しいねえ」


 と声をあげた。

 セーラは軽く会釈して駆け寄り、人懐こい笑顔を向ける。


「王都からきたっす!」

「へえ、王都から。しかも変わった格好の女の子が3人で? これまた珍しいこともあるもんだ、もう薬草だって取れないってのに」

「取れないっすけど、生えてはいるんすよね?」

「そりゃそうだろうけど、あんな化物が徘徊してる洞窟、誰も近寄らないよ。あんたらもあそこに行くつもりならやめときな、ロクな場所じゃない」


 おばあさんは忌々しげにそう言い捨てた。

 今度はフラムが近づき、尋ねる。


「化物って、具体的にどんな奴が居るんですか?」

「わかんねぇ、わたしゃ直接見たわけじゃないからねえ。見たことあるやつはみんな死んじまったんじゃないかい? ただあんたらと同じように薬草目当てで入った冒険者が何十人も居たが、帰ってきたって話を聞いたことが無いよ」

「誰も、ですか?」

「あぁ、例外なくね。そういや今日の朝も、洞窟の場所を聞いてきた男たちが居たねえ。1日で2組なんてそれこそ珍しい。忠告はしたんだが、今頃おっ死んでるころじゃないかねぇ……」


 遠い目をしながら言う老婆。

 ある種の確信を持って言い切る彼女を前に、フラムたちは思わず黙り込んだ。

 モンスターではなく、化物。

 一体洞窟には何が存在しているのか、自分たちの目で確かめるしかなさそうである。

 店で食料を購入し、一旦宿に戻る。

 そこで昼食を作り、持ってきた籠に詰め、荷物に加えた。


「本当に、大丈夫なんでしょうか」


 準備を終えたフラムとセーラは、荷物を抱えて宿を出る。

 今回はミルキットはお留守番だ、さすがに化物の居る洞窟に、戦闘能力のない彼女を連れていくわけにはいかない。


「まず第一に、やばいと思ったら真っ先に逃げるから」

「でも……」

「おらもついてるっす!」

「ミルキット、心配する気持ちはわかるけど、笑顔で見送ってくれないと思うように力が出せないかもよ?」

「そういう言い方は卑怯です」

「んっふふふ、そういうご主人様だって知ってるでしょ? んじゃ、行ってくるね」

「行ってくるっすー!」


 そう言って、ミルキットの元を去っていく2人。

 まだ不安は晴れないが、それでフラムのやる気が出るのなら、と彼女は包帯の下で無理に笑顔を作って頭を下げた。


「いってらっしゃいませ、ご主人様、セーラさん」




 ◇◇◇




 町を出て歩くこと30分。

 鬱蒼とした森の中を、道に沿って、目当ての洞窟はぽっかりと口を空けて、突如そこに現れた。

 薬草採取で賑わった頃に整備されたのだろう、入り口は自然に空いたものとは思えないほど大きく拡張されている。

 しかし今はあまり人が足を踏み入れていないのか、所々が苔むしていた。

 フラムは「ふぅ」と息を吐いて緊張に乱れる呼吸を整え、カンテラに光を灯して洞窟に足を踏み入れる。

 苔で滑る地面に気をつけながら、じめっとした暗い道を延々と進んでいく2人。


「思ったより、明るくないっすか?」


 セーラが小さな声で言ったにも関わらず、声はかなり反響している。


「確かにそうかも。ところどころ、天井の切れ目から光が差し込んでるみたい」


 そして光が差し込んでいる部分には、薬草らしき植物が生い茂っている。

 おそらくキアルリィの群生地も、同じように上から光が漏れてきているのだろう。

 試しに明かりを消すと、それでも意外と問題はなさそうだ。

 そのまま進んでいくと、さらに道は広くなった。

 削れた壁を見るに、やはりここも人の手で広げられたもののようだ。


「グゴ……」


 奥から、獣じみた声が聞こえた。

 フラムが「シッ」と唇に人差し指を当てると、セーラは息を殺す。

 足を止め耳を澄ますと、人のものではない足音が微かに鳴っている。

 可能な限り足音も消し進み――曲がり角からフラムが顔だけ出してその姿を確認する。

 緑の肌をした、筋肉隆々の、3mほどある人型のモンスター。


「オーガっすね、Cランクモンスターっす」


 セーラが小さな声で言った。

 時折見える横顔は、文字通り鬼のような形相をしており、鋭く顎あたりまで伸びた牙が圧迫感を引き立てる。

 額の中央には一本角が生えており、洞窟の天井ギリギリを掠めていた。

 フラムはスキャンを発動、ステータスの確認を行った。




--------------------


 オーガ


 属性:土


 筋力:608

 魔力:9

 体力:623

 敏捷:136

 感覚:81


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 見た目通りのステータスをしている。

 魔法を警戒しなくてよかったり、群れを形成しないため、戦いやすい部類のモンスターではある。

 少なくとも、いきなり風魔法を放ってくるアンズーよりは遥かにやりやすい。

 しかも今回は2対1の戦いだ、前回より遥かに楽になっているはず。

 だが一発への警戒は怠ってはならない、当たりどころが悪ければ即死の危険性だってあるのだから。


「2人ならどうとでもなると思うっす」


 フラムのステータスについては、昨晩のうちにセーラに説明している。

 もちろん最初に驚いてはいたが、実際に王都で男を取り押さえたことを知っているので、その能力を疑ったりはしない。


「……よし、行こう」


 オーガが背中を見せた時、フラムの合図で2人は同時に駆け出した。


 それからの戦いは、実に一方的なものであった。

 フラムの魂喰いとセーラのメイスによる重い一撃は、確実にオーガの命を削っていく。

 特にセーラの、体のひねりを加えて繰り出される打撃は、フラムの想像以上の威力だった。

 10歳でこれなのだから、やはり末恐ろしい少女だ。

 オーガは吠えながら腕を振り回したが、冷静沈着な2人に攻撃があたることは無い。

 ダメージを負うごとにモンスターの動きは遅くなっていき、力の差は開く一方。

 最後はフラムが胸を貫き、大剣を引き抜くと――巨体は顔面から地面に倒れた。


 2人は協力してオーガの体をひっくり返し、そして頭部から牙を切り抜く。

 オーガの牙は、武器の素材としてそこそこの値段で売れる。

 目的は薬草だが、確保しておいて損は無い。


 取得した牙を軽く拭いて袋に詰めると、洞窟の探索を再開した。

 思っていた以上に広い洞窟らしく、時折モンスターらしき声は聞こえてくるものの、中々遭遇はしない。

 帰り道で迷わないよう、壁にマーキング用の塗料を塗って、先に進んでいく。

 すると、次第に洞窟内部の明るさが増してきた。

 外が近づいているのだろうか。

 曲がりくねった道を行き、ようやく見えた光源に向かって歩いていくと――


「こんな場所があるなんて……」

「洞窟の中で薬草って不思議だとちょっと思ってたんすけど、こういうことっすか」


 天井の無い、開けた空間が広がっていた。

 そこには空から優しく太陽の光が差し込み、湧き水が小川となって流れ、植物の憩いの場とも呼ぶべき環境を形成している。

 洞窟の内庭、そう称するのが一番しっくりと来るだろう。

 大小様々な草木が生い茂るここならば、キアラリィが生育していてもおかしくはない。


「でもなんか……」


 澄んだ空気に、過ごしやすい温度。

 思わず生い茂る草の上に寝転がってしまいたいような環境――なのだが。


「……やけに、静かじゃないっすか?」


 セーラは不安げにフラムに向かっていった。

 彼女も頷き、同意する。

 これだけ生物が暮らしやすい場所であるにも関わらず、なぜか、生命の気配がしない。

 水のせせらぎと、風にゆれる葉のこれすあう音だけが、どこか不気味に響いている。


「とりあえず、薬草を見つけて早めに帰ろっか」

「そうっすね、長居しない方がいいかもしれないっす」


 そう言って2人は頷き合うと、二手に別れて薬草を探し始める。

 だが、その直後。


 ドオォォオンッ!


 2人の背後から、けたたましい爆発音が轟いた。

 ビクッと体を震わせ音の方へ振り向いたフラム。

 彼女がそこで見たのは、壁が崩れ落ち塞がってゆく帰り道・・・と、その向こうで下品に笑う2人組の男の姿だった。


「な、なんでいきなり爆発したっすか!?」

「まさか……デインの手下? ばっかじゃないの、こんな所まで追いかけてきてたっての!?」


 リーチのカバンを盗んだ2人を、教会騎士に突き出した復讐のつもりだろうか。

 今になって思えば、町のおばあさんから聞いたフラムたちの前に情報収集をしていた2人組というのは、あの男たちのことだったのだ。

 しかしまさか、王都から馬車で2日もかかるエニチーデまでわざわざ尾行するとは、想像すらしていなかった。

 崩落が収まった頃、フラムは岩で塞がれた穴に近づき、状況を確かめる。


「これは手で動かすのは難しいかな……無理じゃないだろうけど」

「力づくでやると、また崩れてくるかもしれないっす。別に出口を探した方がいいんじゃないっすか?」

「そう、だね。えっと……ごめんね、なんか大変なことに巻き込んじゃって」

「なんでおねーさんが謝るんすか? デインって、確か西区の冒険者をまとめてる悪いやつっすよね。なら悪いのはあいつらっす、無事脱出できたらおらがこの手で裁いてみせるっす!」


 拳を握り、力強く宣言するセーラ。

 個人的な怨恨の巻き添えにしてしまったことを強く悔やむフラムは、少し救われた気分になった。

 なにはともあれ、ここから脱出できないとなると、セーラの言う通り別の出口を探すしか無い。

 そんなものがあれば、の話になるが――この場所は広い、まだまだ探索すべき部分はいくらでもある。


「よしっ、じゃあまずは薬草を見つけて、その後で出口探し――」


 フラムがそう言いかけた時、ガサッと何かが動くような音がした。

 言葉を中断し、茂みの方へと視線を向ける。


「どうかしたっすか?」

「今、何か動いた音が聞こえたような……モンスターかも」


 しばらく止まったまま、音のした方を見ていると――遠くにちらりと、緑の肌の、大きな人型生物が見えた。


「オーガみたいっすね、先に倒しちゃうのがいいと思うっす」

「……」

「おねーさん?」

「……ちょっと待って」


 だがフラムは、そのオーガの姿に違和感を覚えていた。

 先程ちらりと見えた顔の部分、そこが先程倒した個体と、あまりにも違いすぎなかっただろうか。

 葉に隠れてよく見えないが、モンスターが移動し、再びその頭部が現れた時。


「なに、あれ……」


 フラムは絶句した。

 顔が無いのだ。

 その変わりに、皮が剥がれ、赤い肉が剥き出しになり、それがまるで渦のように時計回りでねじれている。

 さらに肉の渦は、現在も血を滴らせながら回転を続けていた。

 顔から流れ落ちた赤い体液が胸元や肩を濡らし、オーガらしき生物の肌はその部分だけが黒に近い色に変色している。


「オーガじゃ、ない……? いや、でも、体はオーガっすよね?」

「す、スキャンッ!」


 まず正体を探るには、スキャンを用いるのが一番だ。

 魔法を発動したフラムの視界に、モンスターの情報がずらりと並ぶ。




--------------------


 みつけた

  

 or性:おまえはなぜigからにげるか


 筋りょクオリを、:7sin

 マりょ力:報え報え報え

 体力力:9dea1d定メ、受い

 敏捷:救イである

 死ね:14

 

------------履行せよ、ふラむ--------・アプリコット




 理解不能な文字の羅列。

 本能が危険を訴え、心臓が鷲掴みにされたように痛んだ。

 フラムは思わず胸を掴み、身を縮こませる。


「な、なんすかこれ……こんなの、見たことないっすよ……!?」


 同じくスキャンを発動したセーラも、怯え、後ずさる。

 魔法の発動不全はよくある話だが、スキャンほど簡単な魔法でそれが起きるなど聞いたことが無い。

 それも、2人に同時になんて。

 つまり表示されたあのモンスターの情報は、正しいものなのだ。

 あれには、そういう情報が、刻み込まれているのだ。


「それに……なんで、おねーさんの名前が、あれのステータスに!」

「わかんない、でも――ッ!」


 ずっと遠くを歩き、こちらに気づいていないと思っていたオーガのような何かは、スキャンを発動した直後に首を回し、回転する肉の顔で2人の方をじっと見つめた。

 正円が、若干横に伸びた楕円形になっている。

 フラムにはそれが、まるで笑っているように見えた。


「たぶん、逃げないと、まずいかも」


 緑の拳が強く握られ、天にかざされる。

 化物・・はそれを全力で振り下ろし、地面に叩きつける。

 本来、魔法の使えないオーガがそのようなことをしても、威嚇以上の意味は無いはずである。

 だがその直後――フラムは、自分の足元がぐにゃりと歪んだのを感じた。





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