第6話 マルカの魔力
シオンは「仕事がある」と家の中に入ってしまって、私は一人で洗濯物を干していた。石鹸をすすいで脱水するところまで一緒にやってくれたから、洗濯はかなり楽になった。
鼻歌を流しつつ、クマンとおしゃべりをする。喋り出したばかりのクマンは幼い印象だったけど、彼いわく「はしゃいでいた」そうで、落ち着いたクマンはなかなかの紳士だった。一人称が「私」で、穏やかに語るクマンは、シオン人形よりも遥かにおしゃべりが楽しかった。
「リトルはいつも家事をしているのですか?」
クマンは私のことをリトルと呼ぶ。リトルというのは私の偽名で、私のことはそうとしか呼べないようにシオンが魔法をかけてくれたようだ。
私だって魔法使いの端くれ。いくらポンコツだからと言って、無闇やたらに私の手網を握らせる訳には行かない。私の本当の名前は、亡くなった両親と師匠であるシオンしか知らない。クマンから私の本当の名前が漏れるようなことがあっては困る。
「いや、シオンと当番制だよ。っていっても、私が家事をするのは一月に一度くらいのものだけど」
「ウィザードはリトルの師匠でしょう?なんで師匠が掃除をするのです?」
「そうなんだよねぇ。実は私、魔法が使えなくてさぁ」
「魔法が?」
クマンはポカンと口を開いて見せた。
「リトルは、魔法使いの弟子でしょう。なんで魔法が使えないのですか?」
「それが分かんないんだよねぇ」
魔力量は十分にある、とシオンは言っていた。なのにいくら練習してみても超初級のお掃除魔法でさえ、私が使いたい時に発動しないのだ。だから私は、材料を混ぜるだけの薬作りの修行しか出来ていない。
ただ、魔力はあるという事が曲者で、これが時々暴走して面倒なことになったりする。以前フラスコや床を溶かしてしまった薬だって、本当ならただの痒み止めだったのに、変に魔力が混ざったせいであんな恐ろしい薬が出来てしまったのだ。
「ウィザードは何と言ってるのです?」
「私の、欠けているところに関係してるんだろうって…」
「リトルは、体のどこかが欠けているのですか」
そう言うとクマンはしょんぼりとお尻を気にしながら、「私もお尻の糸が少し、足りなかったようです」とはみ出た綿を押し込むような素振りをみせた。
そんなクマンが可愛くて笑ってしまったお詫びに、お尻の綿を穴に押し込んであげる。
「そうじゃなくて、私、シオンの所に来るまでの記憶がないの」
「なんと」
クマンは驚いたように口元を抑えた。オーバーなリアクションが可愛くてしょうがない。
「両親は亡くなったそうなんだけど、それも大きくなってからシオンに聞いたんだ。五歳の時にシオンの所に来たらしいんだけど、初めてシオンと会った時のことも覚えてない」
「そうなのですか…」
「シオンは両親の弟子だったみたいで、その縁から私を引き取ってくれたんだって」
「ウィザードの師匠とは、ご両親はさぞ素晴らしい魔法使いだったのでしょうな」
「シオンみたいに凄い人ではなかったと思うよ、聞いた話じゃ街の何でも屋さんって感じだったらしいし」
「街の何でも屋さん…素敵な響きではないですか。うっとりしてしまいますよ」
「うへへ…私もそう思う」
我ながら気持ち悪い笑い声を漏らした私に、クマンは曖昧に微笑んだ。
そう、街の何でも屋さんって素敵だ。
だから、魔法使いになりたいと思ったのだ。私も両親のように、街の何でも屋さんになりたい…記憶にない両親だけど、これからの人生を考えた時に強くそう思った。
それと同時に、シオンみたいに優しい人になりたいとも思っている。
両親はきっと、シオンに比べればパッとしない魔法使いだっただろう。天才としか言いようのないシオンが両親の実力を追い抜いたのも、あっという間だったのかもしれない。
それでも、亡き師匠を慕って私を引き取り、師匠になってくれた。ため息を吐きながらも一緒にいてくれている。
私が転けた時に助け起こしてくれたのは、いつでもシオンだった。悲しい時や寂しい時に傍に来て抱きしめてくれたのも、シオンだった。
慕う人のいない私にそれがどれだけ心強いことだったか、どんなに言葉を尽くしても伝えることなんて出来ない。
ーーでも、それでいいのだ。簡単に言葉に出来たら私は心の内を全てシオンに話してしまうだろう。そうせずにはいられないと思う。
「リトルは、寂しくないのですか?」
クマンは眉を垂れさせ、私の事を上目遣いに窺いながらそう言った。
「もう寂しくないよ、シオンと一緒だから」
私はきっとクマンを見る度に、クマンをプレゼントされて喜ぶ私の心を覗いて、柔らかく微笑んだシオンを思い出す。
小さな女の子が飛んで喜びそうなクマのぬいぐるみが、照れたように頬を抑えた。
「リトルは、ウィザードが大好きなのですね」
「うん…シオンには内緒だよ」
私の事をいつまでも子供だと思っているシオンには、私がどれだけシオンの事を大切に思っているのか、大好きなのか、伝えずにおくことがきっと最大の恩返しになるのだ。
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