第5話 クマン

「マルカ、見てみなよ!」


 私が「おしおき」に家事をしていた時だった。三日もかけてやっと家の掃除を終わらせて、洗濯に取り掛かっていた。勿論私が遅いのも間違いないんだけど、それにしても一階あたり四部屋はある三階建ての我が家を一人で掃除するというのは、かなりの重労働だと思う。

 シオンは「俺なら半日あれば余裕なのになぁ」とかなんとか嫌味っぽく言っては来るけど、なにせ私はまだまともに魔法を使えないのだ。全て手作業、それを分かっていてさせているのだから、シオンのおしおきはまさに鬼の所業だ。


 そんなわけで、かなりぶうたれながら家の裏でゴシゴシと洗濯物をこすり洗いしている私にシオンが元気よく話しかけてきた時には、思わず手に持っていた泡だらけの洗濯物を投げつけてしまった。

 シオンは「おお~」とかなんとか言いながら、バキャンッ!という音と共に見えない防御壁を張って、地面に落ちた洗濯物を興味深げに眺めた。


「なる程そうか、そういえば洗濯ってこうやってするものだったっけ」


 眠た気な二重の目を細めながら「俺、一回も自分の手で洗濯したことないんだよねぇ」とニヤつくシオンに、無駄とは分かりながらもう一つ洗濯物を投げつけてやる。


「ウィザキンならどうするのか、実演して下さってもいいんですよ」


 嫌味を込めた私の言葉に、シオンは不快そうに首を引っ込めた。

 ウィザキンというのはキングウィザードの略で、シオンの通り名だ。偽名が余りにも多いシオンを示す為にある人が考えて広めたんだけど、呼ばれる本人は「ダサい、安っぽい」と、耳にする度に顔を顰めている。

 私はこの通り名を、他の誰かとシオンの話をする時や、シオンを不快な気持ちにさせたい時に積極的に使っている。


「本当やめてくれないかなぁ、それ」


 シオンはほとほと困ったように眉を下げて、ため息をついた。「我が家でまでそんなダサい呼ばれ方したくないんだけど」と零すシオンに、少し溜飲が下がる。


「洗濯を手伝ってくれたら、やめてあげる」


「…やけに素直じゃない」


 驚いたように目を開いて地面に落ちた洗濯物を拾うシオンに「とりあえず、今はね」と呟いてやると、「やっぱりね」と苦笑が返ってきた。

 ブツブツ零しながらも手伝ってくれるシオンは、なんだかんだ言っても優しいのだ。

 シオンは泥がついてしまった洗濯物を山に戻すと、私が持っていた石鹸に魔法をかけて洗濯物の山に飛び込ませた。私が桶の水を山にかけてやると、忽ち泡立ってくる。シオンがどこからか取り出した椅子に二人して腰掛けて、それをボーッと眺めた。


「そういえばシオン、さっき何か言ってなかった?」


「え?」


「何か、こう、見て!みたいなこと…」


「あっ!ああそうだ!」


 シオンはパチンッ!と指を弾き、膨らんだ袖から仰々しく掌より少し大きいくらいのクマの人形を取り出した。

 薄水色のそれを得意気に手に載せて、キラキラとした目を向けてくる。


「か…かわいい…ね?」


 何を求めているのか分からなかったから、とりあえず無難な感想を言ってみた。縫い目はかなり荒いしお尻から綿が少し飛び出てはいるけど、その不細工さがかえって可愛さを際立たせていると取れなくもなかった。

 シオンは満足気に微笑んで、クマを私の頭に載せた。


「これをマルカにあげよう!」


「え…?」


 思いがけないプレゼントに動揺する。


「なにこのクマ、子供っぽいんですけど」


「俺が心を込めて手縫いしたんだから、有難く受け取りなさいよ」


「手縫い…呪われてないよね?」


 喜びを前面に押し出すような素直さは 残念ながらなかった。シオンは私の憎まれ口を「はいはい」と軽く流して、微笑んだ。


「それが新しい人形だからね」


「新しい人形?」


「あの木の人形の代わりだよ」


「あぁ」


 シオン人形の代わりか。合点がいった。


「喋るの?」


「喋るよ」


 頭の上からシオンの声が聞こえた。びっくりして体が跳ね上がると、人形が頭の上から落ちてしまう。慌てて掴もうとした私の手をかいくぐって、バキャンッ!という音と共にクマは風の魔法を発動させて綺麗に地面に降り立ってみせた。


「僕はクマンだよ。マルカの話し相手になるよ」


 クマはシオンと同じ声で私に語りかけてきた。シオン人形のような耳障りな声ではない、穏やかな語り口に「おお」と感嘆の声を漏らす。


「どう?凄いだろ」


 シオンは得意気に鼻を膨らまし、クマンを指し示した。


「今回は、俺とは全く違う一つの性格を確立してるよ。もうあのポンコツ人形みたいに、俺に同化したりしない!」


 クマンは小さな両手を振り上げて、「僕は僕!」と声を張り上げている。不細工ではあるけど、可愛い。

 ポンコツ人形と言うからには、シオン人形はもう壊してしまったんだろうか。もうシオンの心を知る術はなくなってしまったなぁと、少し寂しくもなった。


「前回は名前を付けるのを失念していたから、今回は名前を付けてあげたんだ。そしたら同化する様子は全くないし、俺が何か教えこもうとすると嫌がるような素振りさえみせた。名前の効力ってのは大きなものなんだね」


 シオンはしみじみ呟くと、しゃがみ込んでクマンの頭を軽くつついた。「暴力反対だ!」と叫ぶクマンをニヤニヤと見つめている。


「しかもだよ、このクマンは大きさを変えられるんだ!…膝くらいの高さに大きくなれ!」


 シオンが言うと同時にバキャンッ!と音がして、シオンのショートブーツより少し大きいくらいだったクマンの全長が、膝の高さまで大きくなった。「成長してやった!」と得意気に胸を張って尻餅を着くクマンに、思わず吹き出す。


「どう?可愛いだろ。喜んでくれた?」


 ワクワクとした面持ちで感想を求めてくるシオンに、「まぁまぁかな」と返す。

 可愛くない返答だとは思うけど、どうせシオンにはお見通しなのだから気にしていない。

 その証拠に、シオンも凄く嬉しそうな顔をしているんだから。

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