第2話 勘三 相談す
「ふぅ」
小典は、汗を拭っていた。
鞍家の自宅庭先で、剣術の稽古を一人でしていたのだ。
最近は、とみに事務仕事が多く、十二分な稽古ができていなかった。小典が幼少の頃から通っている伊谷道場にもしばらく行っていない。
「これでは、町方同心というよりも事務方同心と言ったほうがいいかもな」
ぶつくさと独りごちた。
手ぬぐいが汗を吸って、びっしょりだ。替えの手ぬぐいを取ってこようと視線を動かした。
気配とともに見慣れた歩き方をする足先が目に入ってきた。
小典の左側は板塀だ。その板塀の下に二寸(約6㎝)ほどの隙間が空いている。そこから、足先が小典の方に向かって歩いてきていたのだ。
勘三だ。
勘三は、小典がいる南町奉行所で下男として働いている男だ。
少し体重が、後ろにかかる歩き方は、ここいらでは勘三だけだ。
「勘……」
小典は声をかけようとして止めた。
理由は、勘三の歩き方であった。少し、勢いがないように感じた。つまり、元気が感じられなかった。
じっと勘三が通り過ぎるのを待った。
「やはり、元気がない。いかがしたのか」
この刻限なら、これから奉行所にお勤めだろう。小典も同じだ。今日、奉行所内で手が空いた時に、それとなく勘三に声をかけてみようと思った。
小典は、手早く汗を拭くと、支度のために家の中へ入った。
牛の刻(十二時)を半刻(一時間)ほど過ぎた時、小典は、奉行所内を移動していた。とある事を聞きに同僚の同心、
いくつかの廊下を過ぎ、ちょうど、中庭の横側を通る廊下に出た。その時、知っている顔が目に入った。
庭に平伏しているのは勘三であった。
もうひとり、勘三の正面の縁側に座っているのは、この南町奉行所の事務方の頭、
今朝のこともあって、小典は思わず足を止めて、見ていた。
勘三の身に、何か良からぬことが降りかかったのか、と一瞬考えたからであった。
しかし、何事かを話している勘三は、困り果てた顔だが、髙気様の顔は、破顔している。時折、呵呵大笑している様子だ。
ふと、髙気様がこちらを向いた。目があった。髙気様の笑顔が深くなった気がした。
「鞍家殿。こちらへ」
手招きとともに髙気様がそう言った。
なぜか、嫌な予感がした。
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