第88話 訪問 その2



「こちらが猫セクションです」

「うわぁぁぁぁ……」

「おぉぉぉぉぉ……」


 俺達は猫セクションに案内された。

 犬セクションとは全く違う、細長い作りになっていた。犬セクションは丸い、円筒状に造られた建物の円周に沿って部屋が作られ、それぞれの部屋が歪んだ台形になっていた。ところがこちらは長い廊下の両側に全面ガラスで仕切られた部屋が並び、その中にはキャットタワーやら爪とぎやらおもちゃやなど、多くの物が置かれていた。通路左右の部屋の外からは外光が差し込み、さらに部屋ごとの仕切りもガラスなので遠くまで見通すことが出来、とても明るく、広く感じられた。

 ガラスで仕切られているせいなんだろうか? こんなに沢山いるのに、嫌な匂いが全くしない……。


「犬とはぜんぜん違うんですね……」

「はい。犬のハウスは大きめの巣をイメージして作られましたが、猫のハウスは広い部屋に巣が配置されているんです」

「あ、猫ハウスですか」

「はい。それに犬は個別ですが、猫は合同の部屋なので、大きめに作られています。こちらは家ではなく個別の環境、つまり縄張りなんです」

「なるほど、縄張りか……。あ、懐っこい……」

 見ると近くの部屋からは黒い猫が俺を見上げ、ガラスに顎を擦り付け、楓はその子に指を出してかまっていた。

「はい。ここは既に譲渡可能な子達の部屋です」

「こんなに居るのか……ん? これって、飼い主の履歴ですか?」

 俺は部屋のガラスに貼られたカードを見た。カードには犬と似た内容に加え、複数の人の名前が書かれていた。

「いいえ。それはこの子のスポンサーです」

「スポンサー?」

「はい。この子は重病で、譲渡が困難です。それでもこの子の支援をしたいと言ってくださる方がいらっしゃいます。そういう方からは施設への寄付ではなく、この子への寄付をしていただくんです」

「あ、この子だけの!?」

 楓はエレナさんを見た。

「はい。そのようなスポンサーになりたいと申し出てくださる方が沢山いらっしゃいます。そのような方々はこの子は飼えないけど役に立ちたいとか、この子の為に何かをしたいと仰ってくださるんです。そこで、スポンサーというシステムをはじめました。ここにあるおもちゃとかもそのスポンサーさんからの提供なんですよ」

「あ、それで部屋ごとに入っている物の数とか種類とかが違うのか……」

「はい。なので、物が豊富な部屋の子ほど重病だったりするんです……」

 エレナさんは窓の外を見た。窓の外には芝生の広がる庭に、小さな赤い石があった。

「そうなんですか……それって猫だけですか?」

 俺は猫を見た。

「いいえ。すべての動物にスポンサーが付きます」

「なるほど……」

「でも、それは幸せなことですね」

 楓は猫を見た。

「はい。この子達を応援してくださる人がいる。自分がなんとかしたいと、そう言ってくださる人がいる……。それは本当にありがたいことです」

 エレナさんも猫を見た。

 猫は俺に向かって「ニャー(お腹すいた)」と鳴いた。

「もうすぐご飯ですか?」

 俺はエレナさんを見た。

「はい。あと……二十分くらいでしょうか」

「あと、二十分だってよ。もう少し待ってろ」

 俺はしゃがみ込んで、その猫に言った。



「こちらが元野良猫のセクションです」


 俺達は猫の譲渡セクションをを出て、外にある広場に移動した。

 そこには犬の遊び場ほどではないが、大きめの公園ほどの空間が木製の塀で囲われ、草が生い茂り、大きめの枯れ木やビーチパラソルなどがあり、壁際と中央付近にキャットハウスらしきものが沢山置かれていた。


「あ、放し飼い……なんですか?」

「はい。元々外で暮らしていた子たちなので、いきなり部屋に閉じ込めるとストレスになるのです。それに、他の猫とのコミュニティーがあったほうが良いだろうと、こういう形になりました。暫くはここで暮らし、慣れてきたら先程の場所に移ります」

「なるほど……喧嘩しません?」

「しますよ。ですがそれが自然なんです……。あ、もちろん大怪我した子とか、それを引き起こした猫は隔離されます」

「あ、ですよね……」



 俺達はエレナさんに案内され、次の場所へ向かった。


「なんかさ……広さがうらやましい……」

 歩きながら、ふと楓が言った。

「だよな、俺達にはできないもんな……」

「うん……。まぁ、お客さんが来やすいようにって……。出会うことが最も重要だって思って、今の場所にしちゃったけどさ……。あれが正しかったのか、まだ分からないよ……」

「正しいと思うぞ。これから出来るようになったら、こういう場所も作ればいい」

「でも、本当にやろうとすると、都内には作れなくない?」

「そうかもな……」

 日本は狭いとは言え結構広い。だが、都心は狭い。都内に譲渡施設を作るとこういう広々とした施設は作る事ができず、郊外に譲渡施設を作ると、人が来なくなる。なんとも悩ましい限りだ……。


 その後、様々な施設を案内してもらった。


「最後にお見せしたいのはこちらです」

「あ。さっきエレナさんが見ていた石だ……」

「これ?」

 楓は赤い石を指差した。

「ああ。……墓……なのか?」


『あなた達の苦しみは、私達の罪』

 石にはそう刻まれていた。


「はい。こちらはお墓、ここから向こうが全てお墓です。これからもどんどん増えていくと思いますが、それを増やさないのが私達の使命です」

 エレナさんは奥に続く墓を見渡した。

「……いましめ……ですか?」

 俺はエレナさんを見た。

「それもあります。ですが、同時にこれから動物を飼う方々への覚悟を示していただく場所でもあるのです」

「……覚悟?」

 俺はエレナさんを見た。

「それは辛いですね……」

 楓は墓を見ていた。

「はい。ですが、それが出来ない方にはお譲りできません」

「どういう意味だ?」

 俺は楓を見た。

「多分、ここで宣誓してもらうんだよ……」


『私はあなたを死ぬまで飼い続けます……ってね』


「もちろん、宣誓なんて何の効果もないかもしれない……。でもさ、あのとき誓ったって……思い返せる人もいるんじゃないかな……?」

「はい。宣誓自体には何の意味も持ちません。事実、どうしようもなくなってここに戻ってくる子たちも居ます。ですが、少しでもその抑止につながれば……そう思って続けています」

 エレナさんは墓を見ていた。

「あの、まだお時間はありますか?」

 俺はエレナさんを見た。

「はい。何でしょうか?」

 エレナさんは俺を見た。



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