第75話 同じになっちゃいまして……
「え? 私みたいに?」
「はい」
楓が聞くと、藤崎が答えた。
藤崎は結局最後までレンコントに残り、手伝いを続けていた。俺の手伝いを終え、楓の手伝いをし、犬たちの散歩を手伝うと、空さんの手伝いをした。そして、レンコントを閉めると一緒にレンコントを出て、隣町の家電量販店への
「そっか……ちょっと嬉しいかな……。でも、大変……ってのは見てたら分かるか……。結構辛いよ?」
「そうみたいですね……」
「ん……? 蒼汰、何話したの?」
楓は俺を見た。
「いや、べ、別に……」
俺は目をそらした。
「うら……。私に隠し事が出来るとでも思っているのかね?」
楓は俺の前で立ち止まり、俺の頬を引っ張った。
「おもっへいまへん……」
「宜しい。じゃ、白状しなさい」
「あ、楓さん……」
藤崎は「ちょっと意見良いですか?」的に小さく右手を挙げた。
「なに?」
楓は俺の頬を引っ張ったまま、藤崎を見た。
その前に離せ。まぁ、痛くはないのだが……。
「あの……私から話します。私が無理に聞いたので……」
「そうなの?」
楓はパッと俺の頬から手を離した。
「はい……実は……」
「あ、ちょっと待って! それって長くなるかな?」
「……少しは」
「じゃ、先に買って、お茶しよう?」
「はい、そうしましょう!」
俺達は十分ほど歩き、家電量販店に入った。
「じゃ、蒼汰はここで待ってて」
家電量販店一階のエスカレーター横にあるベンチで、楓は俺にそう言い残し、藤崎と一緒に売り場へと向かった。
「何で一緒に来たんだか……」
俺はベンチに腰掛け、ポケットからスマホを取り出した。
「もちろん、すぐに渡したいから。付け替えてほしいからに決まってるじゃないですか」
アリシアは俺の隣りに座った。
「まぁ……そうなんだろうけどな……。そこまで気になるものか? これ」
俺はアリシアにストラップを見せた。
「だって蒼汰、それ、相当お気に入りじゃないですか……」
「……まぁな……。でもそこまで……」
「楓は、ずっと気にしてたんですよ?」
「……お前、何か知ってるのか?」
「いいえ。私はあなたとずっと一緒に居るんです。あなたの知っていること以上のことは知りません」
「そうなのか?」
「はい。ただ、女の子の気持ち……と言うか、普通はこう思うんじゃないかなって、そう言っただけですよ」
「……そっか……そういうものか」
「ありゃ、わかりませんか……? うーん……じゃ、仮にですね。田辺くん、伊織が楓にぞっこんで、ストラップをプレゼントしたとしましょう。楓はそれを大切にずっと使っています。それはもう、大切に、大切に、まるで楓の分身の様に」
「いやいや、俺はそんな風に大切にしている訳じゃ」
「そう見えるってことですよ」
「は……?」
「いえ、は? とか言われても……。あなたがずっとそのストラップを使っているということは、楓から見たらそう見えるって事なんですよ」
「そっかぁ〜?」
「それを逆の立場で考えたことはありますか?」
「逆の?」
「はい。楓の立場で、楓がそのストラップのことをどう思っているのか、考えたことはあるんですか?」
「いや、ないけど……」
「ほら……。じゃ、私の言っていること、間違っていますか?」
「……いや、間違って……と言うか、そうなのかも……。じゃぁこれ、どうしたら良いんだ?」
俺はストラップを見せた。
「あなたがどうしたいか。なんじゃないんですか?」
「俺が……どうしたいか……」
「ここまでの話の流れで、楓がそのストラップをずーっと気にしてたってことは分かってますよね?」
「ああ……」
「……全く、煮え切らない男ですね……。じゃ、どうやって待っていたら、楓は喜ぶんですか?」
「どうやって?」
俺はストラップを見て首を傾げた。
「はい」
「どうやって?」
俺はもう一度ストラップを見るとアリシアを見た。
「ああ! もう、ちょっと貸してください!」
アリシアは俺のスマホを奪い取り、ストラップを外した。
「はい。で、これは鞄の中にでもしまってください。それこそ思い出箱にでも入れたら良いんじゃないんですか?」
アリシアはスマホを返すと、外したストラップを返した。
「そんな箱はない」
「なんでも良いんですよ。だってそれ、捨てられないですよね?」
「捨てるわけ無いだろ! 初めて女の子から貰った誕生日プレゼントなのに!」
「でも、それって楓にとっては嫌なものなんですよ? それこそ楓に見つからない場所にしまってください」
「そっか……。でも、それ……次に見つかった時、大変なことにならないか?」
「うぅぅぅん……。じゃ、捨てますか?」
「いえ、大切に保管します」
「その方が良いですね」
「おう」
俺はポケットにストラップを入れた。
三十分後。
「遅いな……」
「ちょっと見てきましょうか?」
「頼めるか?」
「はい。じゃ、見てきますね」
「おう」
アリシアはストラップ売り場に飛んでいった。
五分後。アリシアが戻ってきた。
「どうだった?」
「まだ悩んでますね……」
「まだ!?」
女性は買い物が長いと言う。それにしても長過ぎる……。ストラップ一つにここまで時間がかかるとは、正直思ってもみなかった。
「でも、二つまでは絞れたみたいですから、もう少しじゃないですか?」
「そっか……」
そしてその十分後。俺がここに座ってから、トータル四十五分後。
「ごめん! お待たせお待たせ!」
楓はそう言いながら、藤崎と一緒に戻ってきた。
「おう」
俺は楓に手を挙げた。
「遅くなってごめんね。でも、良くじっと待ってたね」
藤崎は戻ってくるなり、そう言った。
「ほら、蒼汰は待っててくれるって言ったでしょ?」
「はい……正直驚きました……。伊織なら間違いなく探しに来てます」
いや、アリシアが居なかったら、俺も間違いなく探しに行っているが……。
「ふふん……愛だね!」
楓は胸を張った。
「はぁ……そうなんですかねぇ……あ」
藤崎は俺を見ると、そのまま目線は俺の手元へ行った。
「じゃぁ、私はここで」
「あれ? お茶はしないの?」
「はい。もうお話はしましたし。そろそろ帰らないとお母さんが心配するので」
「そう。一人で平気?」
「楓さん、私はもう二十歳ですよ?」
「あはは……そうだね。じゃ、私達も帰ろうか?」
「いえいえ、お二人はちゃんとお茶してから帰ってください」
「え、どうして?」
「どうしてもです! じゃ、お先に失礼します」
藤崎は頭を下げると駅へ向かって歩き出し、人混みの中へ消えた。
「なんで……帰っちゃったんだろ?」
楓は俺を見た。
「気を使ったんだろ」
「そうなのかな……? じゃ、お言葉に甘えて、お茶してく?」
「ああ。プチデートだな」
俺は立ち上がると歩き出した。
「えぇーっ……これはデートじゃないよ! ノーカンです」
楓は俺を追いかけ、腕を組んだ。反対の手には小さな袋を持っていた。
「じゃ、楓の言うデートって、どんなだ?」
「うぅん……そうだなぁ……。動物園とか!」
「あ、良いな! 動物園なんていつ以来だろ……あれ? お前、動物園って嫌いじゃないのか?」
「どうして?」
「だって、動物を見世物にしているところだぞ?」
「あはは、蒼汰は古い人だね」
「古い?」
「うん。今の動物園は違うよ。うちとおんなじ」
「うちって、レンコントのことか?」
「うん。今の動物園はね、昔のような見世物小屋じゃないの。動物たちを保護して、繁殖させる施設なんだよ。だから、うちの同業者」
「へぇ……知らなかった……」
「蒼汰もまだまだですなー」
「だな……」
俺達は顔を見合わせ、笑った。
その後、おしゃれな喫茶店に入り、楓からプレゼントされたストラップをスマホに付けた。
「あれ……」
「どうした?」
「(待っててくれたんだ)」
楓は笑って何かを呟いた。
「え?」
「ううん、なんでもない。それよりどう?」
「良いな! ほら」
俺は新しいストラップを取り付けたスマホを楓に渡した。
「あ、うん。やっぱりこっちだね」
楓はスマホを受け取ると、自分の顔の前にストラップをぶら下げた。
「楓」
「ん?」
楓は俺を見た。
「嬉しいよ。ありがとな……大切にする」
「…………うん」
楓は嬉しそうに、笑った。
「でも蒼汰……何も言わないんだね……」
楓はスマホを俺に返した。
「あ、デザインか?」
「うん……」
「言ってほしいのか?」
「いや、あの……先に言い訳させて……」
「ああ」
「あのさ……色々悩んだんだよ……。悩んだんだけどさ……私、そう言うセンス無いのね……。それで、藤崎さんに一緒に来てもらったんだけど……なんか、同じものに……なっちゃいまして……」
楓は上目遣いで、すまなそうに俺を見た。
楓がくれた新しいストラップは、藤崎がくれたストラップと同じメーカーで同じデザインの色違い。紺とスカイブルーのストライプが、赤とオレンジのストライプになっただけのものだった。
「それで?」
「いや、あのね……。ちゃんと私の……私の選んだものをあげるべきだと思ったんだけど、その……私が選んだら、それになっちゃって……。でも、それじゃやっぱりって事になって、色々悩んだ挙句……藤崎さんが『楓さんがあげたいものがいい』って言うから……結局、最初に選んだそれに……」
「後ろめたいのか?」
「うん……なんかね……」
「でもこれ、楓が選んでくれたんだろ?」
「うん……。ただの色違いになっちゃったんだけど……」
「藤崎が選んだものと同じデザインなのが、嫌なのか?」
「ううん、そう言うんじゃなくて! なんか……蒼汰に申し訳なくて……」
「なぁ、楓。お前、藤崎は私に似ている……そう言ってたな」
「うん……」
「じゃ、こう言う好みも似るんじゃないのか?」
「そう……なのかな……。でも、蒼汰はそれでいいの?」
「俺はこれが気に入った。だからこれを使い続ける。ずっとな……」
「…………」
「ダメか?」
「ダメじゃない、ダメな訳ない! でも……本当に良いの……?」
「くどい……。お前が選んでくれたストラップが嬉しくないわけがない。それがどんな物であってもな……。それに……」
「楓から始めてもらったプレゼント。それこそ二十歳の誕生日プレゼントだ。嬉しくないわけがないだろ」
「うん、なら良かった……。でも……それもごめんね……」
楓は笑うとすぐにうつむいた。
楓と付き合い始めてから、四年。俺達はお互いに誕生日プレゼントなどのプレゼントというものをあげたことも貰ったこともない。俺達には休みというものが存在しない。故に曜日感覚や日付感覚がおかしい。そしてその忙しさに紛れ「あ! また過ぎていた……」なんて事をお互い繰り返し、ただ「おめでとう」の言葉だけを送りあっていた。
「ああ、気にしてない。俺達の関係は、誕生日プレゼントを貰わなかったくらいで無くなるようなもんじゃない……だろ?」
「うん……そう思ってる。でもさ、それに甘えておざなりにしているのは良くない……。今度、ちゃんとしたもの、あげるからね……」
「ちゃんとした物?」
「うん……」
「キャットタワー?」
「……そんなの欲しいの?」
「いや、欲しくない」
俺は笑った。
「ふふふ……ちゃんと覚えてるんだね」
楓は笑った。
「ああ。あ、あれってまだあるのか?」
「うん、まだ使ってる。現役だよ。あれ、見てないっけ?」
「見てるはずだが……気づかなかった」
「今度来たら、あれで遊ぶと良いよ」
「遊べるか!」
「ふふふ……」
その後、俺達は終電間際まで、昔話に花を咲かせた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます