第76話 段取り


「天罰、五分の一!」


 パシャーン!


「ギャッ! ……ぐっ……」

 アリシアに弱めの天罰が落ち、アリシアは悲鳴を上げると膝をついた。

「はぁ、はぁ、はぁ……や、やっぱり……もっと強力なやつじゃないと、ダメなんじゃないですか?」

 アリシアは天井を見上げた。

「うーん……できればお前の意識がなくなるようなものはやりたくないんだが……」

「でも、私が死ぬレベルじゃないと、ルシア様は来ませんよ?」


 俺は自分の部屋で、アリシアに弱めの天罰を繰り返していた。


 ──


 三十分前。


「なぁ、アリシア……」

「なんですかー?」


 俺は自分の部屋のベッドに横たわり、アリシアは床に寝転び漫画を読んでいた。


「やっぱりお前のことって、楓に知られるとマズいのか?」

「んー……微妙なんですよね……。ほぼ知られてますけど……」

「だよな……それでもルシアに怒られないってことは、良いんじゃないのか?」

「あ……ダメですよ。そんなの」

「……何がだ?」

「ルシア様に聞け……とか言うじゃないんですか?」

「……ダメなのか?」

 俺はベッドの上で起き上がった。

「ダメです。そもそも、あなたは二年間という特別な相談期間を棒に振ったんですよ?」

「……まぁな……」

 俺はベッドに横たわり、天井を見上げた。


「なぁ……悪いことかも知れない事をする前に、これって悪いことですかって聞いたほうが良くないか?」

「は!?」

 アリシアはガバッと起き上がった。

「そ、蒼汰、一体何をしようとしているんですか!?」

「いや、大したことじゃない。ただ、お前のことを楓に話そうかと」

「……どうして? ……って、愚問ですかね……。じゃ、どうして今なんですか?」


「結婚したいから」


「あぁ……そういう事ですか……。隠し通す自信がありませんか?」

 アリシアはふわっと浮き上がり、ベッドに腰掛けた。

「いや、隠したくないんだ……。出来る事なら隠したくない。それにな……」


「お前も一緒に暮らして欲しい」


「……え?」

「もちろん、楓にはお前が見えないし、話すことも出来ない。でもな……一緒に暮らしてほしいんだ……」

「……それって、どういう……」

「俺の全てを知ってほしい」

「全て!? そ、それはダメです! そんな事したら、それこそこの一生がすぐに終わっちゃうかも」

「いや、だから! ……言ってもいい範囲での全てだ」

「は……? 言ってもいい範囲での全て?」

「ああ。……楓に悪い……ってのもある。でもな、お前にも悪い」

「私に悪い? どういう意味ですか?」

「悪いってのは違うか……。なんかこう……一緒に楽しんでほしい。うん、これが一番しっくり来る」

「一緒に……」

「ああ。俺は楓とお前と三人で、この一生を楽しみたい」

「蒼汰……」

「それでな、楓に言っちゃいけないことを正しく理解した上で、言っていいことを全て伝えたいんだ。アリシアという名前の女の子がずっと一緒に居て、俺を助けてくれること、楓のためにも色々としてくれていること。見えなくたって、喋れなくたって、そこに居る。俺達を支えてくれている。それを正しく伝えたい……正しく伝えた上で……」


「結婚したい」

 俺はアリシアを見た。


「……私とですか?」

「いや、そこはボケるところじゃない」

「あはは、冗談ですよ……。でも、そうですか……」

「どうだ?」

「……そのお気持ちは嬉しいです。でも……」

「でも?」

「それって、楓が困らないですか?」

「困る?」

「ええ……私が見えないし、私とは喋れない。それなら……今まで通り、無視し続けたほうが楓にとっては幸せなんじゃ」

「それを止めたいんだ」

「え?」

「アリシアを無視し続けるのを止めたいんだ」

「……なぜですか?」


「お前が幸せになれない」


「…………」

「強いて言えば、お前と楓はもっと幸せになれる。楓がお前を正しく理解したら、お前はもっと幸せになれる……そう思うんだ。ただ、楓からは見えないし喋れない。つまり、お互いに一方通行の、連絡のようなものになってしまって、相互理解が得られない。だとしても、楓がお前を意識して、お前に話しかけるようになったらお前……今よりは幸せになれるんじゃないのか?」


 少し間があった。


「アリシア……?」

「なれるん……ですかね?」

「もしかして……嫌か?」

「いえ、嫌ではないです……むしろ、嬉しいです……。私の名前を覚えてくれて、呼んでくれるようになったら……それだけで、嬉しいです……」


 ──


 その後、アリシアからもルシアには連絡ができないことが分かり、じゃぁどうやって聞く? という流れから、俺が天罰を食らわして、アリシアに重症を負わせたら、それを元に戻すためにルシアが現れるのでは? という話になった。


 そんな感じのやり取りがあり、現在に至る。


「さ、さぁ……手を抜かずに、ガツンと一発食らわしてください!」

 アリシアは再び立ち上がった。いくら弱いとは言え、アリシアは既に三回の天罰を喰らってフラフラになっていた。

「いや……死ぬぞ?」

「望むところです!」

 アリシアは両手を広げた。

「……じゃ、本当にやるぞ?」

「はい!」

「もし……あの部屋に戻ったら、ちゃんとルシアに事情を話して戻ってこいよ?」

「え……あぁ、わかりました」

「じゃ、行くぞ……」

 俺は大きく息を吸い込んだ。

「はい……」

 アリシアは覚悟し、息を呑んだ。


「天罰! 二十倍!」

 シュゥゥゥゥゥゥヒュゥゥゥゥン。と、聞いたこともない音がし始め

「に……二十倍!?」


 タピシャドォォォォォォォォォォォォォォーーーーーン!


 目の前が真っ白になり、部屋が轟音に包まれると白い煙が舞い上がり、同時に強い風が吹き荒れた。

 あ、二十倍っての、できるんだ……。ってか部屋、大丈夫かな……。


 暫くして白く立ち込めていた煙が消えると、中から驚きの表情のまま、真っ白に固まったアリシアが見えた。


「ア……アリシア!?」

 アリシアは身動きもせず、完全に硬く固まっていた。

「ル、ルシア! 大変だ、ルシア! アリシアが!」

 天井を見上げて精一杯に叫んだ。

『どうしました?』

「あ、ルシア! 話は後だ、先にアリシアを戻してくれ! 頼む!」

『わかりました』


 いつもの様に天井から一本の細い光が落ちて広がると、アリシアの身体を包み込んだ。アリシアが光から出てくると、アリシアは元に戻っていた。


「……あ、戻った……」

『一体どうしたのですか? 地球を滅ぼすような天罰がくだされましたが……アリシアが何をしたのですか?』

 え……あれって、そんなに強力なやつだったの?


 ── 俺達は事の顛末てんまつをルシアに話した。


『そんな事をしなくても、アリシアはいつでも私と話しをすることが出来ます』


「は……?」

「へ……?」

 俺とアリシアは、ルシアのその言葉に固まった。


『天界スマホはその為の物です』

「え?」

 俺はアリシアを見た。

「え……。で、でも。どこにもルシア様に電話するボタンなんて……」

 アリシアはスマホを取り出すと、ボタンを探した。

『何も操作をする必要はありません。ただ、私と話がしたいと念じるだけです』

「へ……? ……ルシア様と話したい」

 アリシアはスマホを耳に当てた。


 トゥルルルルル……ガチャ。

 自動的に電話がかかり、相手が出た。


『はい。ルシアです』

 スマホからルシアの声がした。

「え!? そんな機能が!?」

『はい。その為の天界スマホです。会話がややこしくなるので、電話を切ります』

 ガチャ。と音がして、電話が切れた。


「…………」

 アリシアは俺を見た。

「知らなかったのか?」

 俺がそう言うと、アリシアは何も言わずにコクコクと二回うなづいた。

「教えたんだよな?」

 俺は天井を見た。

『はい。最初に学んでいます』

「アリシア……」

 俺はアリシアを見た。

「え……あ、えっと…………すみません」

「なぁ、ルシア。その、天界スマホの機能とか使い方って、俺が知るのはダメなのか?」


『……良いでしょう……』

「え……あ、お……うお……ぉぉぉぉぉ……!」

 ルシアがそう言うと、俺の頭のなかにものすごい速度で映像が流れ込んできた。

 頭のなかには授業の様子のようなものが流れた。白い部屋で、俺の両脇に二人の生徒が座り、前で先生らしき人が授業をしていた。映像は一分もせずに終わり、俺の頭のなかには天界スマホの一通りが理解できていた。


「……な、なるほど……理解した……そんな機能まで……」

『それでは、本題に移りましょう』

「あ、ああ」

 あれ? やっぱりお見通しなのね……?


『現時点で、知られた記憶が消されていなかったり、あなた達の行動が巻き戻されていないということは、違反をしていないということです』

「そうなのか?」

『はい。違反が行われた場合、取り消しが行われます』

「取り消し……なのか……」

「あ、あの。違反をしたら……その一生が強制終了されるとか……じゃないんですか?」

 アリシアが聞いた。

『それは重大な違反、個体の一生が世界の破滅を促すようなものの場合に限ります。基本的に私たちは個体の一生を中断させることが出来ません』

「じゃぁ、違反になりそうなものをトライした場合の罰則はないのか?」

『ありません』

「違反は行われる前に阻止されるのか? それとも行われた後に処理されるのか?」

『後者です』

「じゃ、トライした場合の罰則がないってことは、いくらトライしてみてもかまわないと?」

『はい』

「そ、そうなのか……」

『この世界の秩序を守る天界のルールは、常に働いています。それは出来なくするのではなく、行われた行動を取り消すという方式です。そしてその理由は一つ』

 ルシアは言葉を区切った。


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