第46話 告白
「あはははは! それは災難だったね」
俺が触ると痛みが感じられる話をし、空さんにテストされた話をすると、楓は笑った。
「ああ、女性が毎月あんな痛みに耐えているなんて、知らなかった……」
「そりゃそうだよ、女にしか生理は来ないもん」
「いや、そうだが……」
昼になり、俺は事務所で楓と二人で、楓の買ってきてくれたコンビニ弁当を食べていた。
楓はミートソーススパゲッティを、俺は生姜焼き弁当を食べていた。
「なぁ楓」
俺には確認しておかなくてはならないことがあった。
「ん?」
「あれ、本気にしても良いのか?」
「あれ?」
「お前が、うちの親に挨拶に来る話」
「ああ……うん。私はそうしたい。もちろん、蒼汰が良かったらだけど……」
「俺が嫌がるわけ無いだろ」
「ありがと……。でも、ごめん……結婚はもう少しお互いを知ってからにしよ?」
「結婚は?」
「うん、今すぐにでもお付き合いはしてほしい。と言うか、私はもうそのつもりでいる……あはは」
楓は真面目にそう言うと、苦笑いした。
「そ、そっか……」
「うん、でもね。結婚は……もう少しお互いを知ってからのほうが良いと思うの」
「なんでだ?」
「蒼汰はまだ、年齢的に結婚できないってのもあるけど……。私は……きっと私の今の気持ちは変わらない。でも、蒼汰はまだ若い。これから沢山の人と出会って、もっと素敵な女性と出会ったら、私みたいなおばさんは嫌になっちゃうかも……。それに……私は蒼汰を縛りたくない」
「楓……」
「だから、もう少し……。もう少しちゃんと付き合って、お互いを知ろう? ね?」
楓は俺の顔を上目遣いに覗き込んだ。
「楓がそうしたいんなら、それでいい。でも……」
「ん?」
「俺も変わらないと思うぞ。それに……」
「それに?」
「……俺もお前を、小さい頃のお前を知ってるぞ?」
「それは……小さい頃の私でしょ? 今の私は知らないじゃない」
「今は違うっていうのか?」
「勘違いかもしれないでしょ? 年上の私に憧れているだけ……とか……」
「じゃ、楓も勘違いなのか?」
「私は違う! 本気で好きだもん。自信あるもん!」
「なぜ言い切れる? お前だって、小鉄だった頃の俺が好きなだけで勘違いをしているのかもしれない……。今の俺のことは何も知らないだろ?」
あえて言うなら、まだ、ちゃんと出会ってから二日しか経っていない。
「うーん……やっぱり話したほうが良いかな……」
楓はそう言うと、宙を見た。
「ん……? なんか違う理由でもあるのか?」
「あのね……蒼汰に最初に会った時、ドキッとした。初めてこう……ときめいたって、言うのかな? 今まで感じたことがない、そんな感じがした。私はそれから数日、ずっと蒼汰の事を考えた……。実は、蒼汰が小鉄かどうかなんて、どうでも良かった……。ただ、蒼汰に会いたくて……仕方がなかったんだよ……だから」
楓は言葉を区切ると、俺を見た。
「私はこの気持に自信がある。でも、蒼汰は違うでしょ?」
「俺は……楓が好きなんだ。俺の中の楓は、昔も今も、楓なんだ。それは数日前、お前を見たときから変わらない。もしかすると、お前の言う通り、俺は昔の楓と重ねているかもしれない……。でもな、昨日も、今日も、お前と話をして、お前の手伝いをして、楓は変わっていないと、変わらず好きだと、そう思った。こんな理由じゃ、ダメか?」
「……それって、飼い主だった私のことが、飼い主が好きって言うことじゃないの?」
「うーん……そう言われると……確かに俺は、昔と今を混同しているのかもしれない……。でも、俺は楓と付き合いたい。それじゃダメなのか?」
「……蒼汰、ズルくない……?」
「何がだ? 俺は自分の気持ちを素直に言っただけなんだが……」
「うーん……。じゃあ、ちゃんと言って」
「は?」
「ちゃんと、私に交際を申し込んで」
「え……今!?」
「うん」
「ここで!?」
「ここで」
「…………」
俺は黙った。
なんか、想像してたのと違う……。初めての告白ってこう……長めの良い展望台で夕日を見ながら……とか、高級レストランで
「嫌なの?」
「違う! そうじゃない!」
「じゃ、なに!?」
楓は不機嫌になった。
「蒼汰、チャンスですよ! 頑張れ!」
アリシアがそう言い、俺はアリシアを見た。
「お友達を見ない!」
楓が怒鳴り、俺はビクッと楓を見た。
「……じゃ、じゃあ……言うぞ……?」
「え……? あ、う、うん……」
俺が両手を膝に置き、姿勢を正すと、楓も急いで両手を膝に置いて姿勢を正して俺を見た。
なんだこれ……すごい緊張する……。
「か、楓さん!」
「は、はい!」
「お、俺は……楓さんが好きです! 付き合ってください!」
俺は頭を下げた。
「…………」
楓は黙った。
「楓……?」
俺は体を曲げたまま、頭だけ上げて楓を見た。楓は何も言わずに固まっていた。顔を真赤にして、固まっていた。
「……え?」
「返事は……?」
俺は体を起こした。
「……あ、ご、ごめん……慣れてなくて……」
楓はそう言うと立ち上がり、テーブルをグルッと回って俺のところへ来た。
「蒼汰、立って」
「お、おう」
俺は立ち上がって楓を見た。
「ありがとう……私も蒼汰が好きだよ……大好き」
楓はそう言うと、両手で俺の頭を掴み、優しく俺にキスをした。
生まれて初めてキスをした。記憶のある限りでは、最初のキスだった。
俺の生まれて初めてのキスは、ミートソースの味がした。
「こ、これって。OKって……ことだよな?」
「うん……信じられない?」
俺の目の前に綺麗な楓の顔がある。
「あ、ああ……っ」
俺がそう言いかけると、楓はもう一度俺にキスをした。
「ん、んん!」
とても近くから、大きな咳払いが一つ、聞こえた。
「ヒッ!」
俺と楓はその咳払いに驚き、ビクッと体を跳ね上げると、パッと離れて声の方を見た。
空さんがドアのところで腕を組み、仁王立ちをしていた……。
「社内で乳繰り合うのは禁止!」
「はい!」
「ひゃい!」
空さんが怒鳴り、俺と楓はそう答えると、気をつけの姿勢になっていた。
いや、乳繰り合うって……。
「てかお前ら、爆発しろ!」
「す……すみません……」
楓は空さんに謝った。
「あんたら、今、付き合いだしたの?」
俺達は並んで椅子に座り、空さんが向かいに座った。
「え……。な、なんの事でしょう? って、どっから見てたの!?」
「見てたのは楓が蒼汰くんの頭を掴んでキスするところから。でも、その前から廊下に聞こてたよ? 『ちゃんと、私に交際を申し込んで』の辺りから……」
あ、そこからなら大丈夫だ。
「え!? じゃ、みんなにも知られた!?」
楓は焦った。
「いや、周りには誰も居なかったし、知ってる人間は私だけだと思うけど……」
「あ、ならいいや……」
いいのか!?
「で?」
空さんは楓を見た。
「え……で?」
楓は聞き返した。
「いや、どうして今付き合いだしたのに、『彼氏でーす!』なんて、嘘ついたの?」
「いや……えっと……。流れで?」
「流れでぇ〜!?」
空さんは聞き返した。誤魔化そうとした楓に、少し怒りが芽生えていた。いや、すでに怒られた後だが……。
「うん……」
「じゃ、どんな流れなのか、聞かしてみ」
「え……? あ、あの……そう!
「……あんた、今思いついたでしょ?」
「ううん! 私は蒼汰が好きで、蒼汰は私が好きで、なら、何れこうなるから、最初から宣言しちゃったほうが良いかなー……なんて」
楓は視線を泳がせてそう言うと、空さんを見た。
「……一理ある。でもさ、嘘つく必要なんて、なくない?」
「あぁー……それは……」
楓は困っていた。
「俺が楓をナンパしたんです」
「あ……」
楓は俺を見た。
「ナンパ?」
空さんは聞き返した?
「はい。駅で楓を毎日見かけて、ずっと憧れていたんです。それで、思いが募って、つい駅で声を」
「じゃ、なんで付き合う前からこんなに仲がいいの? 声をかけたのっていつの話?」
「声をかけたのは一週間以上前で、その後暫く会えなくて、昨日、やっと再び巡り会えたんです」
「あぁ……二人共、ときめいちゃった訳?」
「そ、そう! 一目惚れ的な!」
楓が言った。
「ふぅ~ん……。でも、昨日の今日でこんなに仲良くなる? ……あ……まさか!?」
空さんは何かを思いつくと、身を乗り出した。
「いや、してない! してないよ! 私はそんな軽い女じゃない!」
楓は両手を前に出して振った。
「…………本当に?」
空さんは疑いの眼差しを楓に向けた。
「本当だって! 空が一番良く知ってるでしょ!?」
「……まぁねぇ……。じゃ、なんで昨日の今日でこんなに仲良くなってんの?」
「昨日、車の中で色々話してたら、意気投合しまして」
俺が説明した。
「あぁ、昨日、一緒にお届けに行ったんだっけ?」
「そうそう! そこでね、色々話しているうちに、こう……恋が芽生えちゃったの! ポンって」
ポンって……そういう音なのか……。
「……なんか、楓が言うと嘘くさいんだけど……」
「え、なんで?」
「蒼汰くんに聞くわ。あんたちょっと黙ってて」
「えぇっ!?」
「で、蒼汰くん。どんな話をしたのか、よかったら教えてくれない?」
空さんは俺を見た。
「はい。俺のこと、俺がいつも通学途中で楓を見ていたこと、ずっと思い続けていたことを話しました。そうしたら楓も最初に声をかけたときからずっと、俺のことを考えていたと知りました。あとはお互いのこれまでの話とか、今の話をして、そのままこんな状態に……」
嘘はいっていない。
「なるほど……で、現在に至ると。じゃ、嘘ついた理由は?」
「多分……恥ずかしかったんだと思います」
「あ、ナンパされてそのまま連れて来ちゃったこと? あと、蒼汰くんが若すぎるってのもあるのか……」
空さんはそう言うと宙を見た。
「ええ……」
俺は楓を見た。
「なんで蒼汰が話すと納得するの?」
「だって、納得できる話だもん」
空さんは楓を見た。
「私の話は、納得出来ないとでも!?」
「あんたはテンパると話がややこしくなるのよ」
「そうかな……?」
楓は俺を見た。
「いや、どうだろ……」
俺は楓を見た。俺にはわからない。
「そんな事ないよね?」
「あ、ああ」
俺は生返事をした。実際そうは思わないし……。
「だよね!」
楓は笑った。
「カッ! お前ら本当に爆発しろ!」
空さんは目を見開いて、捨て台詞を吐いた。
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