第45話 テスト




「でさ、話せるって言ったよね?」

 空さんは笑い終えると、俺に聞いた。

「はい」

「じゃ、この子はどこが痛いの?」

 空さんはケージの中の老犬を指差した。


「(痛い……痛い……)」

 老犬は痛いと繰り返していた。

「どこが痛いんだ?」

「(全部、痛い……)」


「全部痛いそうです。それに痛い、痛いと繰り返しています」

「うーん、そっか。この子は末期だからね」

「末期?」

「うん。末期がん。もう全身に転移してるの」

「あ、そうなんですか……手術とか」

「もう出来ないよ。この子の体力も持たないし、悪いところを摘出したら生きていけない」

「なるほど……」

「じゃ、この子は?」

 空さんは子猫を指差した。

「この子もどこか痛いんですか?」

「うん、相当痛いはず」

「聞いてみます」

 俺は子猫に顔を寄せた。

「お前はどこが痛いんだ?」

「(…………)」

 子猫は一言も発しない。

「何も言いません」

 俺は空さんを見た。

「ああ、喋れないのかもね」

「喋れない?」

「うん。痛すぎて喋れないのかも」

「そうなんですか……」

 そうか、喋ることが出来なければ、俺は動物から何も聞き出すことは出来ないのか……。

「蒼汰、触ってみてください」

 アリシアが言った。

「(え……? 触る?)」

 俺はアリシアを見た。

「はい。その子猫に触ってみてください」

「あの、この子、触ってもいいですか?」

 俺は空さんを見た。

「ああ、いいよ。そっとね」

「はい。じゃ……」

 俺はケージを開け、子猫を抱き上げようと体の下に手を入れた。

「あ、ダメです! 触るだけ!」

 アリシアが叫んだが、時すでに遅し。

 俺はケージの中の子猫を右手で抱き上げ


「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 俺の背中から首にかけて激痛が走り、俺は大声で叫んだ。そのままケージの中の子猫を離して手を引き、その場にうずくまった。


「ちょ、どうした!? 大丈夫か!?」

 空さんは俺の体を擦った。

「うっ……く……もう、大丈夫です……」

「蒼汰、『触ってみて』って、言ったじゃないですか……! 抱いたりしたら危ないですよ!」

 アリシアが言った。

「(もしかして……病状を感じられるようにしたのか?)」

「はい。なので重病な子ほど注意してください。でないと死にそうな目に会います」

「(もっと早く言え!)」

 本当に死にそうになったわ……。

「……すみません」

 アリシアは謝った。

 あれ……? 今度は、腹部に痛みが……イタタタ……。俺が触れているのって……。

「本当に大丈夫かい?」

 空さんはまだ俺の背中を擦っていた。俺の腹部の痛みは、どうやら空さんの痛みのようだ……。空さん、こんな痛みに耐えているのか?

「空さん……こんなに痛いんですか?」

「え、どうしたの!? どこか痛むの!?」

「空さん……生理痛ですよね?」

 この経験したことのない痛み、鈍痛。これはきっと生理痛だ。

「え……?」


 パン! と良い音がして俺は空さんに平手打ちを食らった。


 俺はそのまま床にドサッと倒れた。は、腹の痛みはなくなったが……今度は頬が痛い……。

「ど、どういう事!?」

 空さんは怒っていた。

「す、すみません……俺、触っている動物の痛みとか、感じられるように……」

「はぁ……!?」

 空さんの声はまだ怒っていた。

「こ、この子猫は、背中と首に、ものすごい痛みを感じています……」

「せ……正解!」

 空さんは突然の俺の回答にそう言った。


「触った動物の痛みがわかる?」

「はい」

「本当に?」

「はい……空さんのも言い当てましたし……」

「うん……でもそれって、現代医学を超越してるよ?」

「うーん……信じてくださらなくても良いんですけど、本当なんです」

「……君。蒼汰くんだっけ?」

 空さんは真剣な表情で俺を見た。

「はい……」

「その話、他の誰にもしちゃダメだよ?」

「え?」

「それが本当で……いや、私は信じるけど。それを知られたら君がモルモットにされる。現代医学がそんな便利な人間を放って置く訳がない」

「あ……はい。楓にもですか?」

「ああ、あの子なら大丈夫。でも、他の人には知られないほうがいい。それに、さっきの感じから言うと、君は触った動物と同じ程度の痛みを感じるらしい。だとすれば、死にそうな子に触った場合、君がショックで死ぬかもしれない……。その能力って、コントロールできるの?」

「できます」

 さっき、アリシアと相談して、俺が言った時だけスイッチを入れてもらうことにしていた。

「そう。なら、重病人や重病の動物には絶対に使わないこと。そうしないと、君が死ぬよ」

「わかりました」

「うん。じゃ、テスト」

 空さんは右手を俺に差し出した。

「テスト?」

「うん。本当に感じなくなったのか、テストしてあげる」

「ああ、そういう事ですか」

 俺は空さんの右手を握った。

「何ともない?」

「ええ」

「じゃ、ONにしてみて」

「はい(アリシア。エンパシー、ON)」

「はい」

 ピッ。とアリシアがスマホのボタンを押す。

「ぐーぅぅおぉっ……こ、こんな痛みに……耐えてるんですか!?」

 俺は空さんを見た。空さんは顔色一つ変えていない。

「おぉ、本当にコントロールできるんだね。その痛みも、二十年近く付き合うと慣れるんだよ」

「……慣れますかぁ!?」

「うん。相手に悟られないようにできる」

 俺にはできそうにない……それ程に、痛い……。

「(エンパシー……OFF)」

「はい」

 ピッ。痛みが止まる。

「くっ……はぁ、はぁ、はぁ……あなた、超人なんですか?」

 俺はまだ握手をし、腹を抑えて体を折り曲げたまま、空さんを見上げた。

「あれ、もう止めたの? 情けないなぁ……これで楓の旦那が務まるかなぁ……」

「くっ……」

 なんだと!?

「(アリシア、エンパシーON)」

「本当にやるんですか?」

 アリシアは確認した。

「(ああ、こう言われちゃぁやるしかない。ONにしろ)」

「はーい」

 ピッ。

「ぐおぉぉぉぉっ……」

「あ、またONになった……あはは。これなら大丈夫そうだ」

 空さんは笑ってそう言うと、俺と握手していた右手を離した。

 同時に俺の腹の痛みが消える。

「くはぁ……はぁ、はぁ……何がですか?」

 俺は息を切らしながら、空さんを見た。

「あの頑固者と付き合えるかも」

「そ、そうですか……良かったです……(アリシア、OFF)」

「はい」

 ピッ。


 俺はテストされていた。エンパシー(共感)のコントロールテストと同時に、楓の相手として相応しいのかを……。


 楓の周りって、変な人が集まるのか? 猫時代の俺しかり……。


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