第44話 告白?



「あ、ここに居た。楓、今日の診療だけど……誰?」

 エレベーターが開き、白衣を着た一人の女性が降りてきて、楓に声をかけると、俺を見て固まった。

「あ、そら。おはよ」

 楓は振り返ってその女性に挨拶をした。

「おはよ……って、この少年、誰?」

「蒼汰、自己紹介」

 楓は俺を見た。

「あ、初めまして。櫻井蒼汰、高1です。今日からこちらのお手伝いをさせていただくことになりました。宜しくお願いします」

 俺は立ち上がり、その女性に頭を下げた。

「初めまして。私はたちばな そら。二階の動物病院で獣医をしてます。宜しくね」

 空さんはそう言うと、俺に右手を差し出した。

「宜しくお願いします」

 俺は空さんと握手をすると、頭を下げた。

「楓、この子ボラさん?」

 空さんは俺の手を離すと、楓を見た。

「うん。今はまだボラさん」

「今はまだ?」

「うん、スタッフ候補生」

「え……? じゃ、実はすんごい動物に詳しいとか、凄い子なの!? 全然そうは見えないけど……」

 空さんは驚きそう言うと、俺を見た。

 ボラさん? って、魚のボラの事か? 出世魚で成長するたびに名前が変わる……アレか? でも、そうだとしたら、俺はまだボラ(成魚)ではなく、オボコ(稚魚)だ。イナにすらなっていない……。

「うーん……そうでもあるけど、そうでもない」

「なに? その意味深な言い方……」

「言うか……どうせバレるし……」

 楓はそういうと立ち上がった。

「な……なに?」

 空さんは怪訝そうな顔をして、身を引いた。


「実は、私の彼氏でーす!」

 楓はそう言うと、俺に抱きついた。


「は……? ……なっ! ……何ですとー!?」

 空さんは固まった。固まってから理解が追いつくと、驚いた。

 いや、俺も驚き、固まっていた。そういう事にしよう、付き合っている事にしよう、そう言ってはいたが、まさかこういう紹介のされ方をするとは思ってもいなかった……。

「えっ……でも、この子、高1でしょ!?」

「うん」

「それって、犯罪じゃないの?」

「犯罪じゃないよ、十六歳超えてるもん」

「いやいや、十八歳未満のゴニョゴニョは条例で禁止されてるでしょ!」

「大丈夫だよ。私たちは将来を約束した仲だから」

「え……。それって、両親公認ってこと!?」

「あぁ……うちのお母さんは承諾するだろうけど、蒼汰のご両親にはまだ会ってないなぁ……」

「じゃ、ダメじゃん……。あんた、行政に睨まれたらマズい立場なんだよ?」

「うーん、蒼汰」

 楓は俺を後ろから抱きしめながら、俺を見た。

「え?」

 俺は振り返った。

「今夜、遊びに行っても良い?」

「は?」

「お家に遊びに行って『蒼汰くんをください!』って、言っていい?」

「はぁ!?」

 俺は固まった。

「ありゃ、こっちはそうは思ってないのか……」

「なに? 私じゃ不満なの!?」

「いや、そんな事あるか! 楓が嫁とか、それ以上の事なんかあるわけ無いだろ!」

「本当に!?」

「ああ、本当だ……」

「じゃ、今夜行っても良い?」

「……親に聞いてみる」

「うん。じゃ、わかったら教えてね チュッ」

 楓は俺の頬にキスをした。

「っ……!」

 俺はそのまま固まった。

 ほ、本気……なんだよな?

 俺はまだ信じられなかった。


「……もう、お前ら、どうとでもなってしまえ……むしろ爆発しろ」

 空さんは呆れていた。



 その後、他のスタッフとボラさん(後にボランティアさんのことだと知る)が集まって朝礼、朝の連絡会が始まると、空さんの時と同様に、俺は楓から「彼氏です!」と紹介された。まだあまりの急展開についていけなかった……。なんかこう……自分の心だけが取り残されたような、そんな気がしていた。


 そして俺は五階に戻ると、会話をしながら一通りの動物のケージを掃除し、餌を与え、途中で空さんが来て往診をすると、その中の数匹を一緒に二階の動物病院へ運び、血液検査を行った。


 この血液検査がものすごく大変だった……。


「ほーら、大丈夫だよー。チクッとするだけだからねー」

 空さんは慣れた手つきで猫の腕を抑え、毛を剃ろうと、バリカンのスイッチを入れた。

 ブイィィィンとバリカンの音がした。


「(ギャー、殺されるー! 助けてー!)」

「大丈夫だ、殺されないから落ち着け」

 空さんが猫の腕の毛を刈る間、俺は猫をなだめながら押さえつけていた。

「(いやー! 殺されるー!)」

「心配するな、お前を助けたいだけだ」

 どうやらこの猫は虐待を受けていたらしい。

「(そんな事言って、また殴るんでしょ!?)」

「殴ってないだろ?」

「(いいや、人間はいつもそうやって口では良いように言うけど、私が何かを言うだけですぐ殴る!)」

「落ち着け、俺達は殴ってないだろ?」

「(殴らなくても痛いことするんでしょ!?)」

「痛いことはするが、チクッとするだけで、殴ったりはしない」

「(嘘!)」

「嘘じゃない。ここに来てから、一回も殴られてないだろ?」

「(……殴られてないけど、殴るんでしょ!?)」

「殴らない。チクッとするだけだ。お前のためなんだから、大人しくしてくれ」

「(……本当に?)」

「ああ、もし誰かに殴らえたら、俺を思いっきり引っかかせてやる」

「(……本当に?)」

「ああ、本当だ。なんなら先にひっかくか?」

「(いいの?)」

「お前が言うことを聞くんなら、少しだけな」

 俺はそう言うと、腕まくりをした。

 シャッ、と猫は俺の腕を引っ掻いた。

「痛っ……これでいいか?」

「(……仕返し、しないの?)」

「しない」

「(……本当に?)」

「まだ何もしていないのに、疑うのか?」

 俺がそう言うと、猫は引っ掻いた俺の傷を舐め始めた。


「あれ? なんでこの子、君を舐めてるの? ってか、会話のような独り言は何なの? 不思議ちゃん?」

 空さんは猫の毛を刈り終わると、俺を見た。

「改心したんです。俺が仕返ししないから」

「仕返し? あ、引っかかれてるじゃん!」

 空さんはそう言うと、急いで脱脂綿に消毒液を浸した。

「だ、大丈夫です。痛くありませんから」

「痛い痛くないじゃない! 感染症になるから、引っかかれたり噛まれたりしたら、すぐ消毒する! じゃないと、死ぬよ!?」

 空さんは大声でそう言いながら、俺の傷口を消毒し、絆創膏を貼ってくれた。

「はい……すみません」

「これでよし……ごめん、死ぬよは言いすぎた。でも、ひどい場合は本当に死ぬから気をつけて」

 空さんはそう言うと、注射を用意した。

「はい……。ほら、チクッとするぞ。力を抜け」

「ミャー(うん……)」

「おや、返事した。あれ? なんでこの子おとなしくなったんだろ?」

「俺と取引したんです」

「……取引?」


 その後、無事数匹全部の血液採取を終えると五階に戻し、五階で引き続き他の動物を見て回っていた空さんに、俺は「動物の言葉が分かる」と話した。


「え……動物の言葉が分かる?」

「はい」

「……楓もそれを知ってるの?」

「はい」

「あぁ、だから初心者をここに……あいつも酷いやつだなぁ……」

「いえ、それ以外に俺に出来ることがないので、それは適材適所なんだと思います」

「君、楓のどこに惚れたの?」

「え?」

「結婚前提なんでしょ? 君ら」

「え、ええ」

 まだちゃんと確認できていない。不安だ……。

「あの子、可愛いけど、ちょっと特殊だよ?」

「え……特殊?」

 これまでの、俺が知っている楓は特別でも、特殊でもなかった。強いて言えば「利発な子」だ。

「あぁ、君にとっては特殊じゃないのかな……。あの子さ、頭が良すぎてついていけない時がある」

「ああ、そういう……」

「それに、時々何かに取り憑かれたように頑固で、一つのことに執着し始めると、誰が何を言っても聞かなくなって、手に負えなくなるんだよ……。知ってるよね?」

「あ、はい」

 そこまでは知らないが……でも、確かに頑固そうではあるな……。

「それでも、あの子がいい理由ってなに?」


「うーんと……楓だから?」

 一番素直な理由だった。他に理由が見つからなかったのだ。


「え……? あはは……お似合いなのかも。あははは……」

 空さんは一瞬目を丸くしたが、すぐに大笑いした。

「そ、そうですか?」

「うん……はぁ、おかしい……」

 空さんは笑っていた。


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