第43話 最初の仕事
車は都内を走り、一時間ちょっとで楓の施設に到着すると、地下駐車場に車を止めた。
「ベラ・レンコントへようこそ!」
楓は車を降りると、そう言って両手を広げた。
「は? ベラ……なんだって?」
「ベラ・レンコント。この建物と団体の名前だよ。蒼汰は今日からここの一員。で、良いんだよね?」
「ああ。宜しくお願いします」
俺は頭を下げた。
「こちらこそ、宜しくお願いします」
楓も頭を下げると歩き出し、一緒に駐車場を出た。
楓が一階の扉の鍵を開け、俺も一緒に中に入った。
「あれ? ここって店なのか?」
昨日は気づかなかったが、壁際には首輪やリード、ペットフードなどが並べられていた。
「ああ、一階はペットサロンなんだよ」
「ペットサロン……?」
「うん、保護活動を始める前は、ここが私のお店だったの。今でもお店だけどね」
「お前、ペットサロンやってたのか?」
「うん。専門学校を出て、ここでお店を開いたの。これが全ての始まりだった」
「そうなのか……」
俺は楓に続いて奥へ入った。
「蒼汰、経験は?」
「え……!?」
「動物を飼ったり、売ったり、看護したり、ケアしたりした経験は?」
「……あぁ、そっちか。すまん……全くない……」
俺は生まれて初めて、自分の経験の無さ、無知さを悔やんだ。
「そっか……じゃ、何から始めるかな……」
楓は右手を顎に当て、考えた。
「あ、動物の言葉がわかったりするの?」
「は?」
俺は固まった。
「いや、猫だった経験を活かしてさ、動物の言葉がわかったり……」
「いやいや、俺は普通の人間だ。そんな便利な機能がついていたりはしない」
「しないの?」
「しない」
「というか、普通なの?」
「普通かどうかで言ったら、普通じゃないとは思う。けど、そういう特殊な能力があったりはしない」
「……小鉄だったのに?」
「いや、なんか勘違いされているかも知れんが……俺が猫だったときは、あくまでも人間の知識を持っただけの猫だ。だから猫らしくなかったというだけで、それ以外に特殊な能力とかがあったわけじゃ」
「(お腹すいた……)」
「え……?」
俺は振り返った。上にアリシアが居た。
「(腹減ったのか? 今まで飲み食いしたことなんかなかったじゃないか)」
俺はアリシアに言った。
「いえ、私は何も言ってません」
「(いや、今、お腹すいたって)」
「いえいえ、私は何も言ってませんよ。今、この猫が鳴いただけです」
アリシアはケージの中の猫を指差した。手にはスマホを持っていた。
「(お前、今何かやったろ?)」
「あはは、バレちゃいましたか」
アリシアはスマホを見せた。
「(そういうこと、やっても良いのか? 俺に特殊な能力をつけるとか……)」
「良いんじゃないですかね? 悪いことはしていませんし、それに私はあなたの補助ですから、あなたの役に立つことをするのは目的通りかと」
「(でもそれって)」
「蒼汰?」
楓が言った。
「あ、すまん。ちょっとだけ待ってもらえるか? 今、少しだけ大変なことに……」
「あ、うん……」
楓が頷くのを確認すると、振り返ってアリシアを見た。
「(なぁ、それってチートじゃないのか?)」
「うーん、大丈夫だと思いますけど……嫌ですか?」
「(嫌じゃない! むしろ大歓迎なんだが……こう……)」
後ろめたい。俺が楓の手伝いをするにあたり、何一つ知識も経験もないのだから、こういう特殊な能力はもってこいだ。ただ……後ろめたかった。
「わかりました。じゃ、こうしましょう。もし、この能力を付与することが問題だとしたら、その責任は私が取ります。どうですか?」
「(いや、責任は俺が取る。じゃ、ありがたく頂く……)ありがとう」
俺はアリシアにそう言うと、頭を下げた。
「はい」
アリシアは笑った。
「なになに? どうしてお礼を言ってるの?」
楓は俺に聞いた。
「ちょっと待ってくれ。少し確認をする」
「確認?」
「ああ」
俺はそう言うと、さっき話した猫のところへ行って、顔を寄せた。
「腹減ったのか?」
「(うん、お腹すいた)」
「分かった、ちょっと待ってろ。楓」
俺はそう言うと、楓を見た。
「ん?」
「この子、腹が減ったと言っている」
「……え?」
楓はその猫に餌を与えた。
「どういうこと? いや、朝だからお腹が空いているのは普通だと思うけど……今『言ってる』って言ったよね?」
「いや、急展開で申し訳ないんだが、急に喋れるようになってしまった……」
「急に、喋れるようになった?」
「ああ、さっきまでは全く喋れなかったんだが、今、喋れるようになってしまった……あはは」
俺は苦笑いした。って、信用してもらえるだろうか……? いや、普通はしないだろう。
「そうなんだ……。それってお友達の力なの?」
「え……? あ、うーん……そんな奴は居ない」
「……そっか……そうなんだ」
「信じるのか?」
「うん、信じるよ。でもさ、それって他の人にはバレちゃいけないこと?」
「うーん……良いんじゃないか?」
どうせ誰も信じないだろう。
「そっか。じゃ、蒼汰のお仕事は決まったね」
「……そうなのか?」
俺は首を傾げた。
「バウバウバウバウ!(出せ! 俺をここから出せ!)」
「クゥーン……(おかぁさーん……寂しいよー)」
「シヤーッ……!(近寄るな! それ以上近寄ったら、命の保証はしないぞ!)」
「キャン、キャンキャン!(痛い、痛いよ! 怖いよ!)」
「あー、うるさい! お前ら少し黙れ!」
俺がそう言うと、動物たちは鳴き止んだがすぐに同じ様に鳴き出した。
俺は五階に連れてこられた。そこには包帯を巻かれた子、薄汚い子、年寄り、生まれたばかりの子などが集まっていた。
「あ、やっぱり分かるの?」
楓は俺を見た。
「ああ、そうらしい……」
「じゃ、ここが蒼汰の最初の仕事場ね」
楓は笑った。
「なぁ、ここって何だ?」
俺は楓を見た。
「ここは、来たばかりの子が集められる場所だよ」
「来たばかり……」
俺は動物たちを見た。
「うん。この子達はここに来たばかりの子。まだ人を知らなかったり、虐待されたり、センターから来たばかりで、人に慣れていない、人が怖い子ばっかり」
「それで、こんなに怖そうなのか……」
動物たちの目から、恐怖心がありありと伺える。
「うん。それでね蒼汰」
楓は俺を見た。
「なんだ?」
俺は楓を見た。
「蒼汰には、この子達に人間は怖くない、むしろ助けてくれる動物なんだって、教える役割を命じます」
「……あ、なるほど」
「あれ? 嫌がらない……」
「どういう意味だ?」
「普通はね、普通の人は、こういう野生に近い、人間が怖い動物は苦手なんだよ。一日中泣き叫ぶ動物は、人間にとって恐怖心を与える。仮に恐怖を感じなくても、一日中吠えられたら、それこそストレスが溜まって、心が病んじゃうの」
「あぁ、なるほど。じゃ、いつもはどうしてるんだ?」
「全員が交代で、この子達の世話をしてる。本当は誰かがつきっきりで世話してあげて、一人目に慣れて、怖くないって思ってくれる方が早いんだけど、なかなかそうは行かないの」
「なるほどな……。でも、俺がそうならない可能性は低くないか?」
「うん。でも、蒼汰ならできるでしょ」
「なんで?」
「小鉄だから」
「……なんかその……元小鉄って言うだけで、過大に評価されていないか?」
「そうかな……?」
「そうだろ……」
「でも、蒼汰なら、出来る様な気がしない?」
「するけど……」
「じゃ、大丈夫だよ」
「なんだその推測に基づく極端な結論は……? 理由は?」
「うーん、勘?」
「勘……ですか……」
「うん、勘。私の中の何かが『こいつなら出来る!』って、そう叫んでる」
何その、中二病チックな説明!? ……まぁ、信用されているみたいだし、良いけど。それに最初の仕事でその信用を確たるものにしなくてはならない……。
「……わかった。やってみる」
「うん、やってみて! 大丈夫、蒼汰なら出来るよ」
楓は笑った。
「ああ……で?」
「え?」
「それで、何からすれば良いんだ? ただ、こいつらと会話しろ……とかじゃないんだろ?」
「あ……ああ。そうだよね」
楓はペロッと舌を出した。
その後、俺は楓から糞尿の始末や餌の種類と与える量、与え方と与える時間など、基本的なことを教わった。そして、個々の性格と接し方などを教わった。その間もずーっと全員がそれぞれに鳴きわめいていた。
「それ以外は、何をしたら良い?」
「今日はそれだけでいいよ。後はみんなとお話してあげて。それが一番有効だと思う」
「ああ、俺の能力でか?」
「うん、それもそうだけど。この子達を落ち着かせるには、分かろうが分かるまいが、一方的に優しく話しかけてあげるしかないんだよ」
「そっか……わかった」
「他になにか質問は?」
「いや……あ、何か困ったらどうすればいい?」
「あ、そっか。あそこの電話でボタンを押せば、他の階につながる。私はここに居続けられないから、困ったら連絡をちょうだい。それから、スマホは持ってるよね?」
楓は自分のスマホを取り出した。
「あ、ああ」
俺は自分のスマホを取り出した。
「赤外線とか出来る?」
「ああ、できる」
「じゃ、赤外線で飛ばすから」
「おう」
俺は自分のスマホを操作して、赤外線受信にした。
「送るよ?」
「おう」
楓は俺のスマホと背中合わせに自分のスマホを掲げると、ボタンを押した。
『片桐楓 受信しますか?』
とスマホに表示され、すかさず「OK」のボタンを押した。
俺のスマホには、初めて家族以外の女性が登録された。
この時ほど「スマホにしといてよかった!」と思ったことはない。と言っても、まだ買ってもらってから数日しか経っていないが……。
「じゃ、送って」
「おう」
今度は俺が自分のデータを送信し、完了した。
「うん、オッケー。じゃ、何かあったら連絡頂戴。あ、SNSもやってる? そっちも交換しとこう」
「ああ」
その後、SNSのID交換をし、これでいつでも楓と会話することが出来るようになってしまった。なんだかとても嬉しかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます