第47話 そして実家
こうして俺と楓は正式に付き合うことになった。
楓に本当に家に来るかと聞くと、行くと言うので両親に確認し、俺は自宅へ楓を連れ行くことになった。母親には「彼女を連れて行く」と伝えた。電話を受けた母親は、突然の出来事に驚いていた。
今日はお届けがないので、二人で一緒に電車で帰る。
楓は駅前で手土産だと言って、ケーキを買った。しかもホールで。
そして、俺の家への道のりを二人並んで歩いていた。
「なんだか、私が蒼汰を婿にくださいって言いに行く気分だよ……」
「この際だから、言うか?」
「私が!? 蒼汰がお母さんに言うんじゃないの?」
「どっちでもいいぞ」
「もう、蒼汰はお母さんを知ってるし、お母さんは蒼汰を知ってるからそんな気楽なんじゃない……もう、蒼汰爆発しろ……」
楓はふてくされた。最後は小声でつぶやいていた。
「いいのか?」
「いや、良くない良くない! ごめん……言葉の流れで心にもない事言っちゃった……」
楓はそう言うと、俺の腕に自分の腕を絡めた。
「なんか……恥ずかしいね……」
「そうか? 俺は誇らしいぞ」
「そう?」
楓は笑った。
「ああ」
俺も笑った。
「蒼汰のご家族って、蒼汰の過去のこと、小鉄時代のことは知らないんだよね?」
小鉄時代って……なんか日本の年表とかに出てきそうだ。たたらによる製鉄が盛んに行われ、鉄器が多く作られた時代……的な。
「ああ、楓と美月以外は誰も知らない」
「そっか……なんか優越感」
楓は笑った。
楓を連れて家に帰ると、父親と母親と妹と、家族総出で出迎えてくれた。逆に楓が萎縮してしまったほどだ。母親は急だったからと言い、夕食は寿司の出前を取っていた。俺が家で寿司の出前を食べたのは、今まで三回も無かった気がする。それ程までに歓迎してくれて、俺は嬉しかった。
何より驚いたのは、俺が楓を紹介する時、二十六歳と言ったにも関わらず、家族の誰も、顔色一つ変えなかったことだ。これには驚くと同時に感謝した。俺は先に言っておくべきだったと後悔していたが、そんなことは気にする必要がなかったのだ。まぁ、ここで
そのまま俺たちはそれぞれのこれまでの事を話し、楓の仕事の話をすると、昨日から手伝っているという話をした。両親はとても喜んだ。何に関しても全く興味がなく、何もしたがらない俺が、急にそんなことを始めたということに驚き、喜んでいた。何しろボランティアだし、聞こえもいいからな……。
こうして二時間に及ぶ夕食が終わり、俺は楓を駅まで送っていった。
「タクシー、呼ばなくて良いのか?」
楓は年齢を知られると、両親に飲まされていた。
「うん。今日はゆっくり余韻をかみしめながら、電車で帰りたいかも……」
楓は俺に腕を絡め、寄りかかって歩いていた。
「そっか。で、どうだった?」
「とっても良いご家族だったね……。嬉しかったよ。楽しかったしさ……」
「そっか」
「それに……蒼汰が私のことを『彼女です』って紹介してくれたのが、一番嬉しかったかも……」
楓はニッコリと笑った。
「そうなのか?」
「うん……本当に『蒼汰くんをください』とか『蒼汰くんとお付き合いをさせてください』って言わなくちゃいけないと思ってたから……」
「そっか……次に来るときは『嫁です』になってるかもな」
「あ、いいね! それ……あはは」
楓はとても嬉しそうだった。
「なぁ……」
「ん?」
「俺が二十歳になるまで、待ってくれるか?」
「え……。もしかして、結婚の話?」
「ああ。今の俺には何もない。技術も、知識も、それこそ楓を養う経済力も。まぁ、二十歳になったら手に入る物だとは思っていないがな……。でも、俺は早く楓と結婚したい……。その為なら死ぬほど努力する。だから」
「その前に、ちゃんと卒業して」
楓は俺の言葉を遮り、そう言った。
「え?」
「蒼汰の今のお仕事は勉強すること。お願いだから、そこだけは忘れないで」
「ああ、わかった」
「うん。でも……ありがとう。そう言ってくれると、嬉しいよ……とってもとっても……嬉しいよ……」
楓は俺の腕をギュッと抱きしめて俺を見た。輝くような笑顔の中のその瞳からは、涙が溢れ、今にもこぼれ落ちそうだった。
俺達はそのまま、歩いていた。
「でも、レンコンには行ってもいいんだよな?」
「蓮根……? あ、お店のことか。うん、助かる……レンコントね?」
楓は訂正した。
「レンコント?」
「うん。ベラ・レンコント。エスペラント語で『素敵な出会い』って意味の言葉」
「へぇー……そんな意味が……。てか、いい名前だな」
「でしょー!? 空と一緒に考えたんだー」
「空さんと?」
「うん。私と空は、専門学校が一緒なの。そこで仲良くなって、私がお店を始めて、その後保護施設を始めようとした時、別の動物病院で働いていた空を引き抜いたの」
「あ、そうだったのか……」
通りで仲がいいと思ってた。
「レンコントって、定休日とかあるのか?」
「ああ……お店、サロンと動物病院にはあるよ。でも、保護施設にはない。動物を扱う時点で、そうなっちゃうんだよ」
「楓は、それでいいのか?」
「ん? ああ、休めなくて良いのかってこと?」
「ああ」
「うん。保護施設を始めたいって思った時点で、その覚悟はできてたから。っていうか、動物を飼うって言った時点で、お休みなんてないでしょ?」
「そうだな」
俺だって楓に休みなく世話をされていた。動物を飼う、その時点で動物の世話を休むという考え方自体、存在しない。
「でも、交代で休むとか、そういうんじゃないのか?」
「ああ……。私はさ、自分でやりたくなっちゃうんだよ。別に他人を信用していないとかそういうんじゃなくて、こう……自分でやらないと気がすまないって言うのかな……。だから空からは頑固だと言われるし、もう少し他人を信用しろとか言われるけど、こう……どう言ったら良いのかな……?」
「なんかわかる」
「わかってくれる!?」
「ああ、なんか楓らしい」
「あ、それ。空にも言われる」
「空さんは、それ程楓のことを見ている。理解しているってことだろ?」
「うん、そうなんだけどね……。なんか、空には頭が上がらないよ……」
「それって、良いことじゃないのか?」
「そうなの?」
「ああ。自分のやりたいことをグイグイ推し進める楓、つまりアクセルな。それと、
「あぁ……なんかわかりやすいかも……。蒼汰って、本当に十六歳なの?」
「うーん……実際には違うのかもな……」
「小鉄の前の記憶ってあるの?」
「いや、ない。だから、小鉄の年齢を足しても、まだ十九歳だ」
「うーん……とても十九歳とは思えない……」
まぁ、ルシアの基礎知識もあるからな。むしろ、そちらの方が知識としては豊富だろう。
「こんな俺でも良いのか?」
「ん?」
「こんな実年齢不詳の十六歳でも良いのか?」
「あはは、愚問だね。私は蒼汰だから良いのであって、年齢なんか関係ないよ」
「そっか」
「うん……って言うか、蒼汰こそこんな十歳も年上のおばちゃんでいいの?」
「お前、ずっとそこを気にしてるよな?」
「しない訳無いじゃん! もう、どれだけ後ろめたいか……」
「今、年齢なんか関係ない……って、言わなかったか?」
「うーん……それは、私から見て蒼汰の年齢なんかって言っただけで、蒼汰から見て私の」
「関係ない」
「え?」
「俺から見ても、お前の年齢なんて関係ない。俺は楓が好きなのであって、今の、二十六歳のお前だけが好きなわけじゃない。お前がいくら年を取ったとしても、楓は楓だ。そこに変わりはないし、代わりもない」
「あれ……うまいこと言ったよ……」
「いや、誤魔化すつもりは無かったんだが、ちょっとこう……言ってる自分が恥ずかしく……」
「わかった!」
「え?」
「もうそこは考えないことにする。これからはただ、蒼汰を幸せにすることだけを考える事にするよ」
「ああ、そうしてくれ。俺も楓を幸せにすることだけを考えるようにする」
「うん。あ、でも……動物が一番になっちゃうかも……」
「ああ。それも仕方ない」
俺は笑った。
「うん。ありがと」
楓も笑った。
後日ちゃんと美月にも報告をした。美月は「なんか変な感じね」と言ってはいたが、反対することはなく、ちゃんと「うん、私は賛成」と言ってくれた。
こうして俺達は両親公認のお付き合いを始めた。
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