第16話 猫 収入を得る



 その後二つの写真集撮影を終え、俺の写真集が発売され始めると、結構な話題になっていた。


 そしてその三ヶ月後。


「楓……五十万円振り込まれてた……」

 美月は帰ってくるなりそう言って固まった。

「え……それって、小鉄の写真集のお金?」

「うん。……パートが終わって、そろそろ振り込まれる頃だなーって思って、口座をチェックしたら、預金残高がすんごい増えてて、驚いて……無事に帰ってこられるか心配だった……」


 そう、俺の写真集は一冊につき、およそ五千部。三冊合わせて一万四千部を売り上げていたのだ。そして本が発売されてから三ヶ月後の今日、最初の月の売上が振り込まれた。


「無事に……?」

「なんだか頭がほわーっとしちゃって……」

 美月はまだ信じられない様子だ。

「え、それで、何ともなかったの!?」

「あ、うん。こうして無事、帰宅しました」

 美月はそう言って楓を見ると、少し滑稽に敬礼をして、笑ってみせた。

「そう……ならいいけど……。お母さん」

 楓は心配そうに、美月を見た。

「うん?」

「外で残高見るの、禁止ね」

「うん、そうする」

 美月は楓の肩に両手を置くと、自分のおでこを楓のおでこにコツンとあわせ、そう言った。


  そして、そこからが早かった……。俺の写真集の売上が伸びるに連れ、三本のCMが決まると、二本のドラマが決まっていった。


「楓、このあとは!?」

「待って!」

 楓は鞄からスケジュールを印刷した紙を取り出して確認した。

「えっと……十三時から市ヶ谷、十七時からお台場!」

「今、十一時半だから……よし、タクシー!」

 美月は車道に踏み出すと右手を挙げてタクシーを止め、俺達はタクシーに乗り込むと、市ヶ谷へ向かった。


 俺達は土日にしか撮影を行えない。なので毎週、土日しかない休みを使い、一日に二〜三本の撮影というハイペースで撮影をこなして行った。

 これまではずっと電車での移動だったが、美月は「儲かるんなら、皆さんに迷惑の掛からない方法を選ぼう」と言い、家から最初のスタジオへの移動は電車で、スタジオからスタジオへの移動は時間を見てタクシーで移動するようになった。そして最後の撮影が終わると電車で家に帰る、という具合だ。


「小鉄……大丈夫?」

 移動中のタクシーの中で、楓はカゴの中の俺を見て言った。

「ああ、問題ない」

 俺はカゴの中で丸くなり、閉じていた目を開くと楓を見た。

「そう……? 調子が悪くなったりしたら、ちゃんと言ってね」

「おう」

「……それって、どうやるんですか?」

 アリシアはタクシーの助手席から振り返って俺を見た。もちろん、勝手にタクシーに乗り込み、助手席に座っていたのだ。

「え……? もう無理だーとか、言えば良いんじゃ……」

「いえ、それだと伝わらなくないですか?」

「なんで?」

「猫ですから」

「……あ」


 俺の言葉、通じないじゃん……。


 俺は固まった。これまで楓との会話は常に通じている、俺達は互いを理解できていると、そう思っていた。だが、実際には楓からされた質問を俺が返すが、その話の流れから逸れた話題を俺から出したことがない……と言うより、それは不可能だ……。


「なぁ……これって」

「ダメです!」

「……まだ何も言ってな」

「どぉーせ小鉄のことですから、お前のスマホでちょちょいと俺が喋れるようにしてくれとか、楓が俺の言葉を理解できるようにしてくれとか、はたまた、翻訳アイテムを作れとか言い出すんじゃないんですか?」

 アリシアは俺の言葉をさえぎると早口で一気に言い切り、怪訝けげんそうに俺を見た。

「……ダメなのか?」

「ダ・メ・です!」

「なんでだ?」

「エンジェルルールに反します」

「……エンジェルルール?」

 なんじゃそりゃ……?

「お前、天使じゃないんだよな?」

「あぁ……確かに天使か否かと聞かれれば、天使じゃありません。でも、天使のように可愛いかと聞かれれば、それは間違いなくYesです! なので、そう言う意味では天使ですかね」

「そんな事は聞いてない」

「……そうですか……まぁいいでしょう。エンジェルルールっていうのは、私がつけた名前で、おおやけにそういう名前のルールが有るわけではありません」

「ないのか?」

「はい、ありません。ですが……」

 アリシアは首をかしげて宙を見た。

「こう……私の中の何かが警鐘を鳴らすのですよ……」

「……警鐘?」

「はい。それをやるとヤバイぞー、それをやったら落ちるぞー……みたいな」

 危機察知能力が芽生えたとでも言うのか? ……まぁ、確かに生き物のルール……みたいなものは破ることになるのかも……。

「じゃ、今あるものだけでやるのは構わないのか?」

「ええ。私の補助無しならベストですね」

「そっか……」

 俺はタクシーに揺られながら、楓と意思疎通をする方法を考えていた。


 問題は「最初の一言」だった。


 実はタクシーの中で、楓の質問に正しく返答する方法は思いついていた。ただ、その方法を提案し、伝える方が難しかった。


 俺が考えた方法はこうだ。

 最初に考えたのは「翻訳機」。

 言葉が通じないとすれば、まず思いついたのは海外の人、他国の人と違う言語で会話する場合だ。この場合は「翻訳」をすれば会話が可能。実際にそういうアプリも存在している。ただ……猫語を翻訳できるものがない……そこにアリシアの能力を使って作ってもらおうと思ったのだが、それはNG。

 次に考えたのは「喋れない人はどうするか?」。

 つまり、喉などに障害があり、発声できない人だ。この場合「手話」が用いられることが多い。しかし仮に手話を俺が覚え、楓が覚えてくれたとして、俺は指を使うことが出来ない……猫なんで……。手話には指の形、実際には手の形や向きとその動きで表現するものが多く、これまたNG。

 じゃ、文字による会話はできないか? そんなことを考えていた……。


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