第17話 ファーストコンタクト


 なんか良いものは無いかな……。


 俺達は今日の撮影を終え、家に戻った。俺は家に戻ると家の中を物色した。実際に俺から楓に文字を伝えられる物がないか、探していた。

 うーん……ないなぁ……。

 寝室にある楓の机の上、文房具類などを漁ってみたが、実際に俺が鉛筆などを使って文字を書けるはずがなく……。だって、握れないし。俺は居間へ戻った。


 居間では美月が夕食の準備をし、楓はテレビを付けたままでテーブルの上のノートパソコンを操作していた。多分、スケジュール管理をしているのだろう……。

 俺は途方に暮れ、床に丸くなって目を閉じた。


『実際に癌になって、どう思いましたか……?』

 テレビのCMの音が聞こえていた。

『……なるほど、ではご家族のためにどうされたいと思いましたか?』

 同じ声で次の質問が始まった。ん……? 何で、返答無しで次の質問に? 俺はテレビを見た。

 テレビの中で、二人の男性がテーブルを挟んで向き合い、一人が口頭で質問すると、もう一人がノートパソコンで文字を打ち、自分の思いを伝えていた……。


「……これか!」


 俺は楓の膝に飛び乗り、そのままテーブルに飛び乗った。

「あ、こら! 勝手にテーブルに乗っちゃダメでしょ!」

 楓はノートパソコンの操作を中断して両手を挙げ、俺を見た。

「楓! そのパソコン、俺に使わせてくれ!」

「ん……? 今、スケジュールを直してるから、小鉄は降りてなさい」

 俺は楓に抱き上げられ、そのまま床に降ろされた。

「いや、違うんだ!」

 俺は再び楓の膝に乗ると、テーブルに乗った。

「あ! 小鉄! って小鉄……どうしちゃったの?」

 俺は普段、楓に禁止されているので、勝手にテーブルに乗ったりはしない。

 楓、意図をくんでくれ……。

「楓、これ、これを使いたい!」

 俺はパソコンを指差した。

「小鉄……?」

 お? 反応あり!?

「本当にどうしちゃったの……?」

 よし、今だ! 俺はそのままキーボードの「K」を押した。

 あれ……?

 画面には「ljk」と表示されていた。

 あ……この手だと一つのキーを押せないのか!? くぅぅっ、名案だと思ったのに……。俺は恨めしそうに自分の手を見た。

「あっ、小鉄! ダメ! イタズラしちゃダメ!」

「いや、イタズラじゃない! 違う!」

「もう! 小鉄のお仕事をしてるんだよ!?」

 楓はすっかりおかんむりになってしまった……。

「ちーがーうー! 俺はパソコンが使いたいだけなんだー! 楓の邪魔がしたいんじゃないー!」

 俺はそのままテーブルの上に仰向けになり、手足をジタバタさせて、体をくねらせた。

「……遊んでほしいの? でも、もう少しだけ待ってね……」

 楓はそう言うと、再びパソコンを使い始めた。

 俺はすっかりわがまま猫扱いされていた……。世の中の猫って、みんなこういう思いをしているんだろうか……。

「ちーがーうー!」

 俺はそのままテーブルの上でジタバタしていた。


『実際に癌になって、どう思いましたか……?』


「あっ!」

 またあのCMが流れた!

 俺はサッと飛び起き、テレビを見た。

「楓! あれ、あれ!」

 俺はそう言いながら、テレビを指差した。

「ん……?」

 楓はそれに気づき、テレビを見た。

「ほら、あれ! あれがやりたい!」

 俺は必死に訴えながら、テレビを指差した。

 楓はテレビを見たが、すぐに俺を見た。

「小鉄、本当にどうしちゃったの……?」

 そのままCMが終わった。

 俺はがっくりと肩を落とし、そのままテーブルの上でうーんと伸びをすると、そのまま手足を広げ、パタンとうつ伏せになった。

 はぁ……。伝わらなかった……。


「楓、今のCMみたいなことがしてみたい……って言ってるんじゃないの?」

 台所から美月が言った。

「え?」

 俺と楓は同時にそう言うと、美月を見た。美月はまだ台所で料理を続けていた。

「CMみたいな事……ってどういう……?」

「うん。今さ、小鉄が何か言いながらテレビを指差してたでしょ?」

 ナイス、美月! 俺は飛び起きた。

「うん」

「小鉄、あれがやりたいんじゃないの?」

「……あれ?」

 楓は首をかしげた。

「今、小鉄が指差してたCMってさ、喉頭がんになって喋れなくなった人が、パソコンに文字を打って普通の人と会話してたでしょ?」

「うん……。えっ? そういう事!?」

 楓は美月に向かって小さく頷くと、少し考えて俺を見た。

「ああ、使わせてくれ」

 俺は楓を見て大きくうなずいて見せた。

「え……うなずいた!?」

 楓は驚いた。あ……これでもいいのか……。まぁいい。

 俺はゆっくりと歩き、楓の目の前に座ると、ノートパソコンに向かった。

「なになに? 本当にやるの!?」

 美月が火を消し、こちらへやってきて、楓の後ろからパソコンを覗いた。


 俺が「K」のキーを押すと、画面には「ljk」と表示された。


「うーおっ! そうだった!」

 俺は自分の手を見ると、項垂れた……。

「なぁ、楓。この手、なんとかならんか?」

 俺はそのまま右手を楓の前に差し出した。

「あ、手が大きいからキーを押せないんじゃない?」

 美月が言った。お、今日の美月は冴えている!

「ああ」

 俺は大きくうなずいた。

「うん、そうみたい……」

 楓は納得すると、俺の手を見て考えていた。

「じゃぁ……突起をつければ……」

 楓は立ち上がって、寝室へ行った。なにやらガチャガチャと音がすると、筆箱とセロテープを持って戻り、椅子に座った。

「小鉄、ちょっと我慢してね……」

 楓はそう言いながら俺の右手をとり、鉛筆のキャップを俺の右手にセロテーブでぐるぐる巻きにして固定した。

「これならどう?」

 右手が重い……。だが、これなら……。俺はそのままパソコンへ向き直った。


 俺は「K」のキーを押した。画面には「k」と表示された。


「おお、打てる! 打てるぞ!」

 俺は楓を見た。

「出来たね!」

 楓は笑った。

 よし、じゃぁ……。俺はエンターキーを二回押し、改行した。しかしこうやって改めて見ると、キーボードってでかいな……まぁ、人用なんだから当たり前か……。

 俺はそのまま文字を打った。


『かえで』


 俺がk、a、e、d、eとキーを打つと、画面にはそう表示された。何故か最初に伝えたい文字、言葉はその三文字だった。


「え……。私の……名前……?」

 楓はパソコンの画面のその文字をじっと見て、固まっていた。

 楓の目からは大粒の涙が頬を伝っていた。



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