第13話 猫 テレビに出る



 その後撮影は続けられ、お手とおかわりを撮るとくねくね頂戴を撮り、俺が楓にブラッシングされているところを撮って伸び運動をさせられているところを撮る。そして猫じゃらしで遊んでいるところを撮った。


「はぁー……やっぱり時間がないかぁ……」

 榎本は一通りを撮り終わると、再びため息を付いた。

「どうしたの?」

 楓が聞いた。

「うん、もう時間がないんだよ……。あ、全員撤収! こんなに出来る子だと思ってなかったし……」

 榎本の掛け声でスタッフが全員動き出し、一人、また一人と外へ出ていった。

「どういう意味ですか?」

 美月が聞いた。

「片桐さん。この子、間違いなくスターになれます」

「スター……ですか?」

「はい。動物タレントという意味です。これは私の個人的な意見ですが、これまで多くの動物、特に犬猫を見てきた私が言うのですから、ほぼ間違い無いと思います。それで、多分この回が放送された直後、次の撮影のご相談があると思います。うちの局からも……多分他の局からも。もちろん、私が取材させていただきたいのですが、こればかりは局の意向なのでお約束できません」

「……はい」

「それで、先にお聞きしておきたいのですが……」

 榎本は言葉を区切った。


「この子を動物タレント、スターにする気はありませんか?」


「小鉄が……スターに……」

 美月は俺を見た。

「なんでもやるぞ!」

 俺は美月を見た。

「……やるの?」

「ああ」

 こんなチャンスは二度と無いだろう。差し伸べられた手はガッチリとつかむ。

「楓、どう思う?」

「良いと思う! ……でも……」

 楓は大きな声で返事をすると、うつむいた。

「どうしたの?」

「お母さんに迷惑、かからない?」

「あぁ、そういう事?」

「うん……」

「そっか……。あの、そのお話って……時間に融通は効くんでしょうか?」

 美月は榎本を見た。

「そうですね……。最初にこちらから『この日はいかがでしょうか』とお聞きするので、ご都合が悪ければ、他の日時を指定していただくとか、そういう融通は効くと思いますよ」

 榎本は少し考えながらそう言うと、美月を見た。

「うーん……私はパートがあるので、平日は自由に動けないんですけど……」

「あ、はい。そういう方も多いので、そう言っていただければ大丈夫です。むしろ、こういうのは長く続くものではないので、お仕事をお辞めになってまでやられるものではないかと」

「わかりました。では、是非。お願いします」

 美月は榎本に頭を下げた。

「はい! こちらこそ、宜しくお願い致します」

 榎本は美月に頭を下げた。


 ピンポーン。とチャイムが鳴った。


「あ、うちの子かな?」

「はーい」

 美月が玄関を開けた。

「あ、すみません。榎本さんに……あ、えのさん、これ」

 補助のスタッフがやってきて、ビニール袋を差し出した。

「ああ、ありがと。そっちは終わったの?」

 榎本は玄関へ行くと、スタッフから袋を受け取った。

「はい。榎さん待ちです」

「わかった。もう少ししたら行くから、待ってて」

「はい。じゃ、失礼します」

 スタッフは玄関を閉めた。

「これ、御礼の品です」

 榎本は美月にビニール袋を差し出した。

 その時、袋の中からコンという、聞いたことがある素敵な音がした。

 む、この音は!?

「猫缶ー!」

 俺は飛び上がり、袋に爪を立ててぶら下がった。そのまま袋はビ、ビビビビビと音を立てて俺の体重で破け……。

 ガン、ガコン、ダン、ドン、ガラガラ! 袋が破け、中から大量の猫缶が転がり落ち、缶同士がぶつかりあい、床にあたって大きな音を立てた。

 ほら! やっぱ、猫缶じゃん!

「あ、こら! 小鉄! ダメでしょ! ごめんなさい……」

 楓が飛んできて、俺を上から押さえつけ、そのまま榎本に謝った。

 ぐぅ……。「ごめんなさい……」

 俺は小さい頃、まだ施設に居た頃に聞いたことがある、猫缶の音に我慢できなくなっていた……。

「あ……謝った!?」

 猫缶を美月と一緒に拾い上げながら、榎本はそう言って固まった。



 一ヶ月後。


 取材された内容の放送日。

「あ、始まった! 小鉄ー! 始まったよー!」

 ベッドで寝ていた俺に隣の部屋の楓からお声がかかり、俺は立ち上がるとどれどれと居間へ行った。楓と美月は夕食を済ませ、テーブルに座ってテレビを見ていた。

 俺は床からテレビを見上げた。ここだとちょっと見えないな……。いよっ! と。

「あ、一緒に見る?」

 俺が楓の膝に乗ると、楓は俺を見た。

「ああ」

 楓の膝の上からテレビを見る。

 うーん……ここでもまだテーブルが邪魔だな……。

「楓、今だけテーブルに乗っちゃダメか?」

 俺はテーブルに片手を載せ、楓を見た。

「ん……? あ、見えないの?」

「ああ、ダメか?」

「お母さん、小鉄がテーブルの上で見たいって。いい?」

「あ、いいわよ」

「いいって」

 じゃ、遠慮なく。よっ! 俺はテーブルの上に上がると、テーブルの一番前、テレビの真ん前に陣取った。うん、良く見える。

 楓と美月はそれに合わせ、少し椅子を動かした。あ、そっちが見えなかったか……。

 猫はあまり目が良くない。と言うか、視力が弱い。動くものには機敏に反応できるが、正直目の前の美月の顔と楓の顔を判別できない。頼りになるのは声と匂い。それと足音や動くリズムだ。

「お母さんも、録画してる?」

「うん、ほら」

 美月が指差す先を見ると、テレビの下の棚に入っているレコーダーの赤いランプ二つ付いていた。どうやら楓が事前に録画設定をし、さらに美月が録画設定をしたので、同じ番組を同時に2つ、録画しているらしい……。ま、どちらかがミスってもどちらかが撮れている、みたいな、バックアップ的には良さそうだ。


「なかなか始まらないねぇ……」

「うん……」

 番組は三十分を過ぎ、予定放送時間の半分が過ぎていた。

「あっ! でた!」

 楓が叫んだ。


『CMの後は、衝撃の人っぽい猫が登場!』

 というナレーションと一緒に、俺と楓が写り、すぐにCMになった。


「CMの後か……トイレトイレ……」

 美月がトイレへ行った。

「楽しみだねー」

 振り返ると、楓は椅子に座ったまま前のめりになり、俺を見て笑っていた。

「ああ、楽しみだな」

 頼むぞ、榎本……。


「そんなにスター猫になりたいですか?」

 突然、アリシアが聞いてきた。

「ん? そういやお前、撮影の時は一言も喋らなかったな」

「ええ、お邪魔になると思ったので」

「そっか……」

 ほう、そういう常識は持ってるのか……てか、俺と同じ常識を持っているのだから、当たり前っちゃ当たり前なのか?

「なりたいか? と聞かれれば、限りなくYesだ」

 それも限りなく強いYes。


「あ、始まった!」

 CMが明け、美月がトイレから戻って椅子に座ると、それを待っていたかのように俺たちの映像が流れ始めた。


『雑種の猫、小鉄君、一歳。この子は最近SNSで話題のスーパー猫ちゃんだ!』

 というナレーションと一緒に俺が歩いてくる映像が流れた。俺がカメラに猫パンチすると、ドカッというSEが流れる。お、いいね……。

「あ、あれだね」

「うん!」

『こちらのアパートに住む片桐家には、今話題のスーパー猫、小鉄くんが住んでいる』

 周囲がぼかされた映像にアパートの玄関が映る。カメラがチャイムを押し、中から美月が出てきた。

『あ、はい。どうぞー』

 と言ってカメラを中に入れる。

「あ、お母さん!」

 楓が叫ぶ。

「なんだか不思議な感じがするわね……」

「うん」

『この小鉄君、何がスーパーなのかと言うと……』

『小鉄、お手、おかわり』

 俺が楓にお手とおかわりをしている映像が流れ、スタジオの面々が「おぉー」と声を上げる。

「あ、楓が映った!」

 美月が叫ぶ。

「うん! でも、確かに変な感じがするね……」

「でしょ?」

「うん……」

『芸をする猫、というだけでもスーパーなのに、この小鉄くん、それだけじゃない!』

『はい、くねくねー』

『にゃぁー』

 あ、俺がにゃぁーと言った……と言うか、俺ってこういう声なのか……。

『何だこれ!?』

『かわいいー!』

 スタジオから感嘆の声が漏れる。


 その後、俺達と榎本が会話している映像が流れ、俺の小さい頃の写真が出て、その他の、楓がSNSにあげている映像が流れ、なんと十分近く俺達のコーナーが続き、俺達のコーナーは終了した。


「あー、終わっちゃったー……」

 楓はテレビを見たまま、椅子に持たれた。

「でも、結構長かったわね」

「うん。でも、撮影はもっと長かったから、もっと映るかと思ったー」

「でも、一時間番組で、十分くらいやってたわよ?」

「そうだね……」

 確かに。一時間番組の十分に渡るコーナーになるとは思っていなかった。榎本が特別扱いしてくれたということなんだろう。



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