第12話 猫 と取材
取材の日。
夕方になるといつものように楓が先に帰ってきて俺にご飯をくれ、俺と遊び、俺に伸びをさせていると、美月が帰ってきた。お、今日は早い。
「楓、これに着替えて」
美月は帰ってくるなりタンスを開け、楓の服を取り出した。
「え、普通でいいんじゃ……」
「そうだけど、楓に恥ずかしい思いをさせたくない。ね、着替えよう?」
「うん、いいけど……」
楓は美月のすすめる服、自分のお気に入りの服に着替えた。
「じゃ、楓は小鉄のブラッシングと、顔の周りを綺麗にしてあげて」
「うん」
楓はティッシュと俺用のブラシを持って俺のベッドの前に座り、俺を抱き上げると膝の上に載せた。
美月も小綺麗な服に着替えると、そのまま落ち着かない様子で、まだ部屋の隅々を拭き掃除していた。
「よぉーし、小鉄、キレイキレイしようねー」
楓はそう言いながら、俺の目やにを取り、口の周りを拭き取ると、俺に優しくブラシを掛けた。
ううん……悪くない……。
ピンポーン。そうしていると、玄関のチャイムが鳴った。
「はーい!」
美月が玄関の覗き窓を覗き、玄関を開けると、一人の女性が立っていた。
「夜分に失礼します。○○テレビの
「あぁ! メールの方ですね?」
「はい。もう、撮影させていただいても宜しいですか?」
「あ、ちょっと待って下さいね……楓! もう撮影してもいいかって!」
「うん! いいよー!」
楓は俺にブラッシングしながら、玄関に向かって叫んだ。
「はい、大丈夫です」
「ありがとうございます。それでは、一旦玄関を閉めさせていただき、再度外から伺うところから始めさせてください」
「はい。わかりました」
「では、廊下を歩いてくるところから始めますので、チャイムが鳴るまでお待ち下さい」
「はい」
「それから……ちょっとライトつけて」
榎本さんが振り返ってそう言うと、明るい光が廊下に投光された。
「このライトがドアの外からカメラと一緒に入ってきます。眩しいかと思いますが、光を遮らずに行動していただけますか?」
「あ、わかりました」
「それでは、失礼します」
榎本さんはそう言うと玄関を閉めた。ほう……こういう段取りで撮影するのか……。
暫くすると台所の窓、玄関の外の廊下に面した窓の外に明るい光が近づいてくるのが見えた。
「はい、そこで五秒……。カメラさんチャイム」
外から榎本さんの声が聞こえる。
ピンポーン。チャイムが鳴り、美月が恐る恐る玄関を開ける。外に人がいるのが分かっているので、ゆっくりと開けていた。
「…………」
美月は黙った。
よく見ると、カメラの横で榎本さんが何かを持っている。
『入っていいですか?』
「あ、はい。どうぞー」
美月はそれを読むと、撮影スタッフを中に招き入れた。榎本さんが持っていたのは「カンペ」だ。大きな画用紙がまとめられたスケッチブックに、会話のための質問などが書かれているらしい。あ、自分たちの声が入らないようにしているのか……なるほど。
見ると俺の隣りに座っている楓は小さく震えていた。緊張しているのか? 俺は楓の足を舐めた。
「ひゃぁ! ……あ、ありがと小鉄」
楓は俺を見て笑った。
「楓ー!」
美月が楓を呼んだ。
「はーい!」
楓が立ち上がり居間へ行ったので、俺はそのまま楓について明るい光と複数の大人たちの前へ歩いていった。
「あ、一カメお子さんからの猫ー……で、そのままロー……」
榎本さんが小声で指示を出す。どうやら予定外に俺が先に出てしまったらしい。ま、仕方ない。大きなカメラを担いだ人がしゃがみながらカメラを肩から下ろし、両手でそのままま俺の前に出した。
「こんばんわー」
俺はそのままカメラに挨拶し、匂いを嗅いだ。
「はい、キープ……十五秒」
そのまま誰も動かない。
長いな……なんかやるか? 猫パーンチ! 俺は右手をカメラのフードに繰り出した。
「くくくくっ……はい……カットー!」
榎本さんが笑いをこらえながらそう言うと、静止していた全員が動き出し、ライトが消された。
「何この子! もう、最初からこれって……」
榎本さんはそう言うと、その場に崩れて四つん這いになった。
「榎本さん、よろしくな」
俺は榎本さんのところへ行き、優しく猫パンチした。
「うおっ、挨拶した……なにコレ……かわいい……」
榎本さんは固まった。
「うん。小鉄はおしゃべりできるから」
「え? ヤバっ……カメラロール! ずっと撮って! こっから指示出すまではカット前提で長回し! 撮りながら全員中へ! 玄関閉めて!」
榎本さんがそう言うと再びライトが点灯され、気を抜いていたスタッフは全員構えるとそそくさと中にはいり、玄関を閉めた。
撮影スタッフは六人居た。大きなカメラを持った人が一人、小型のカメラを持った人が二人、その中の一人は榎本さんだ。大きなライトを持った人が一人、小さなライトを持った人がもう一人、あともう一人は榎本さんの補助をしていた。
「さてと、少しだけ説明しますね」
「エノちゃん、回してていいの?」
「うん、回してて。説明中は猫フォローでお願い」
「おう」
スタッフの一人が榎本さんに聞き、榎本さんがそれに答えていた。
「えっと、今日撮影させていただきたいのは、SNSで話題の『くねくね頂戴』と、『おて、おかわり』と、後は少しお話を伺わせてください」
「わかりました」
「えっと、お嬢ちゃんは、楓ちゃん……であってる?」
榎本さんは手元の資料を見てから楓を見た。なんか二つのライトと二つのカメラがずーっと俺を撮ってるんですけど……。何かした方がいいのか? 俺は時々カメラを見ては、そばに寄って軽く猫パンチをしていた。そうする度にカメラの人は何も言わずに笑っていた。
「うん」
「楓ちゃんがいつもSNSに写真とか動画を上げてるんだよね?」
「うん」
「じゃ、楓ちゃんがやったほうが、小鉄君は色々やってくれるかな?」
「多分そう。でも、誰がやってもやってくれると思うよ?」
「え、そうなの?」
「うん……多分……」
楓は俺を見た。
「任せろ!」
楓のためなら誰にでもやってやる。
「おぉ……また返事した。この子、本当にわかってるみたいだね……」
「うん。なんでも分かる」
「…………」
榎本さんは固まった。
「じゃぁさ、私の用意スタートで、あっちから歩いてきてカメラの前で止まってとかも……いや、まさかね……あはは」
榎本さんはそう言うと笑った。
「出来ると思う」
「うそ!?」
「本当……できるよね?」
楓は俺を見た。
「ああ、できるぞ」
俺は楓に答えた。
「もしかして……出来るって……言ってる?」
「うん」
じゃ、試しにやってみようと言うことになり、一旦カメラを止めると家の中で一番長い直線、玄関から居間を抜けて寝室までの直線を使い、俺が寝室から玄関に向かって歩いていくという撮影が始まった。てか、良く信じるな……この人。
「じゃいくよー」
「うん」
俺と楓が寝室で待ち、楓は映らない場所で俺を見ていた。一応、動物トレーナー的な、指示出し役らしい……。
「はい、ヨーイ! ……スタート! アクション!」
「小鉄、いいよ」
俺は楓の声に合わせて座った状態から立ち上がり、そのままゆっくりと玄関で待つカメラの前に歩み出てカメラの前で座ってカメラを見た。
「そのまま十五秒待ってー……」
おう、わかった。俺はカメラを見たまま座り続けた。
「アイ、カット! す~ごいね! 君、タレントになれるよ! この子、触っても平気?」
「うん、平気」
「うーら、うらうらうら。良く出来まちたー」
榎本さんは俺の顎の下をなでた。お、悪くない。上手いぞ榎本。
「はぁ……でも困ったな……」
榎本さんはつぶやいた。
「え、何か問題でも?」
美月がそれを聞いて、聞き返した。
「いえ、困ったというのはいい意味で困ったという……よし、先に必要なものを撮っちゃおう」
「……はい」
美月は何も理解できず、生返事した。
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