第10話 猫 デビューする
一年が過ぎ、楓は小学四年生になっていた。
「楓、あなた……小鉄の写真とか、動画をSNSに載せてるの?」
「うん……どうしたの?」
楓は小さな声でそう言いながら、心配そうに美月を見た。
楓は自分のスマホを持っていた。俺がこの家に来たときから持っていた。
アリシアからルシアの一般常識を受け取った時、どうしてこんなに小さな子供がスマホを持っているのだろう? と疑問に思っていた。だが、その理由は直ぐに判明した。
楓の父親は二年前に亡くなっていた。
会話の中に父親の話も出てこなければ、父親が家に帰って来ることもない。ただ、毎朝、毎夕、楓と美月は家を出る時と、家に帰ってきた時、仏壇に手を合わせていた。その仏壇の中には楓の父親らしき遺影が立てかけられていた。
そしてどうやらその一年後、俺が施設から引き取られた。と、そういう事らしい。
その後楓は俺を育て、俺と一緒に遊びながら俺と一緒に成長していった。そんな中、生活の一環として楓は俺の写真や動画をSNSに上げ、他の人達とのコミュニケーションを楽しんでいた。ただただ、楽しんでいた。知らない人たちと「面白いね、楽しいね」と会話をしながら、互いの猫を見せあい、喜んでいたのだ。
そして楓は頭がいい。美月はどうやらパソコン系、家電などの操作に弱い。それはテレビの録画、予約、パソコンの操作などにからっきし弱く、しょっちゅう楓に聞いていたから、俺が勝手にそう思ってるだけだ。つまり、楓は一人で様々なことを覚え、こなしていったのだと思う。そう考えると、楓は小さいながらに頭がいいと、そう思った。
だが「楓は頭がいい」と思う理由はもう一つある。「そうしなくてはならなかったから」という環境的な要因だ。父親が亡くなり、美月と二人で生活しなくてはならなくなった楓。その小さな頭の中には何が思われ、考えられていたのかなんてことはもちろん分かる筈がない。ただ、そう言う状況に立たされた時、小さな楓は楓なりに色々と考えた筈なのだ。母親が一人で稼ぎ、自分を育て、生活を確保する。その状況の変化は小学三年生でも理解できたことだろう。だとすれば、その母親の苦労は小さな楓にも容易に想像できる筈。故に楓は、如何に迷惑をかけず、如何に役に立つ子供になろうかと、努力し続けてきたんじゃないだろうか? そう思えてならなかった。
「あぁ、違うの違うの! 別に何か問題があったとか、そう言うんじゃないのよ。なんか、テレビ局の人からメールが来て……」
「え……? テレビ局?」
「うん。なんかね、小鉄の取材に来たいって、テレビで使ってもいいかって」
「小鉄がテレビに出るの!?」
えっ……? 俺は隣の部屋の自分のベッドの中で耳を澄ましてその話に聞き入っていたが、楓のその言葉を聞き、頭をもたげて隣の部屋を見た。
「ええ。テレビ番組の一部として使いたいんだけど、取材に行っても良いですか? って。OKしてもいいの?」
「うん!」
楓は美月にそう答えると、隣の部屋で寝ていた俺の前にタタタと走って来た。
「小鉄っ、テレビデビューだよ!」
楓はぺたんと床に座り、俺を抱き上げると目の前に持ち上げた。
「やったか!?」
「嬉しい!?」
「ああ」
「私も嬉しいっ!」
楓は俺に頬ずりをした。俺は楓の頬を舐めた。俺の舌が楓の頬を撫でると、ジャリッ、ジャリッと音がした。
「小鉄、くすぐったいよ……」
楓は肩をすくめた。俺はそのまま楓を舐め続けた。猫が人にできることなんて殆どない。言葉も通じなければ大きさも違うので、頭をなでたり抱き合ったりすることも出来ない。笑ったりして楽しい、嬉しいという感情を表現することも出来ない。そんな中、唯一俺が、猫が楓に出来ること、してやれる事。それが舐めること。
「小鉄……なんかエロいですよ」
「お前……頭大丈夫か?」
俺はアリシアを見た。
「なっ……!?」
「また、そこに誰かいるの?」
楓は俺の目線を追い、アリシアを見た。
「いや、気にするな。頭がおかしい変なやつがいるだけだ」
俺は楓を舐めた。
「頭がおかしい!?」
「…………」
アリシアの言葉をスルーしながら、俺は楓を舐め続けた。
「あ、くすぐったいってば……。でも、こうされると、少し嬉しいかな……」
楓は肩をすくめ、俺を見て笑った。
「そっか」
俺も笑った……そうは見えないんだろうけどな。
「お楽しみのところ、悪いんですけど……私はスルーなんですか?」
「ああ」
人の恋路を邪魔するやつは、馬に蹴られて何とやらだ。今回俺は悪くない。
美月はテレビ局の人にOKのメールを出した。その後、テレビ局から取材予定日と時間が送られてきた。
どうやら番組自体は美月と楓の好きな「あの動物番組」らしい。まぁ、美月がそう言っていたと言うだけで、俺はその動物番組ってのがよくわからないのだが……多分、いろいろな動物の紹介をしたり、面白い動画を紹介したりという
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