1通目 ④

「そんなところ覗いてなにしてるの。」

郵便受けの中を覗いていた私に気づいて、お婆さんが近寄ってきた。

「あ、いえ、あのこれはですね、届けた手紙見てて、多分お孫さんのお手紙かなって、あのそれで、」


そんな言い訳をする愛莉の手からお婆さんは手紙を受け取った。

「あら、これは…。」

そう言うと愛莉たちの顔を順番に眺めた。

「なぜ、あなた達がこの手紙を持っているの?」

「その手紙が私の元へやってきたからにございます。」

ヒューモスは防止を取りながら英国紳士のように頭を下げた。

「でも、この手紙はずっと…。」

「たとえであったとしても、やはり届けたい人に送るのが手紙にとっても、あなたにとっても、幸せなのではないでしょうか。」

そんなヒューモスの話を聞いて、お婆さんはそっと微笑んだ。

「そうね、手紙は送らなきゃよね。

でもね、もうこの手紙は送る必要も、送る相手も、全くないの。」

そう言って、お婆さん―幸江さんはぽつりぽつりと続けた。


この手紙はおよそ40年前、まだ幸江さんが高校生だった頃、片想いしていたクラスの人に宛てて書いた手紙だった。その人はクラスの中でもまとめ役で、本当に憧れの存在だった。

しかし、幸江さんはその頃内気な性格で、告白どころか話しかけることすらできないでいた。このままじゃいけないと思い、もし卒業まで何も言えなかったら渡すために手紙を書いていた。

そんな中、戦争が始まり、高校生の男子は徴兵されてしまうことになった。もちろん、憧れの人も。

幸江さんは勇気を振り絞り、直接告白することが出来た。その返事は戦争が終わってからと言われた。


それが、その人との最初で最後の会話となった。


その後この国では大きな戦争が起こり、その人は戦争へ兵士として行ってしまった。



「だから、その手紙は渡す必要がなくなったのよ。相手がいないんじゃ手紙も出せないしね。」

幸江さんが話し終えてから、愛莉は何も言えずただ黙っているしかなかった。


「もし今、返事を貰えるとしたら、欲しいですか?」

ヒューモスは飄々とこんなことを聞いてきた。すると幸江さんは笑って返した。

「そうねぇ、もし貰えるならたとえ40年越しでも貰いたいねぇ。でも手紙どころか、あの人さえもういないから。」


「ならば、こちらをどうぞ。」

少し悲しそうな顔をした幸江さんにヒューモスはポケットから手紙を取り出し渡した。

「ずっと前うちに届いたんですが、焼け焦げて何もわからなかったのでずっと保管していたんですが、きっと、あなたの元に届けられたかった手紙ではありませんか?」


その手紙は焼け焦げてほとんどの部分は読めなかったけど、幸江さんはその手紙を手にして涙をこぼした。

「そうねぇ、これは、あの人の字だ。わざわざ手紙で寄越してくれたんだ。しかも、こんな…。」

手紙を手に幸江さんはゆっくりと静かにあの人との思い出に浸っていっていた。



その帰り道、少し先をゆくヒューモスに対して愛莉は呟いた。

「幸江さん、よかったですね。お返事を貰えて。」

「アリスはまだ何か勘違いをしているみたいだね。送られた本人がどう思うのかは私は知らない。私が考えるのは、手紙を届くべきところに届けることだけだよ。」

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