第4話 おとぎばなし

「どうぞ、入って」


「…お邪魔しまーす」


私の家に着くと、ルイをおぶっているリアンを家の中へと招いた。その様子はどこか落ち着きがなく、私を初対面で口説いてきた男とはまるで別人だった。あの最初の勢いは何処へ行ってしまったのか。こうしてみると普通の男性なのだけど、でもきっと違うんだろう。未だに部屋の真ん中で立ち尽くすリアンに、ルイをベッドへ寝かせるように指示を出し、私は2人分のお茶を用意する。

こうやってお客さんが来ることが中々ないから、正直私も緊張している部分はある。しかも異性だし。だけど何故、初めて会った時に大口叩いていた人物が緊張しているのか、少し納得がいかない。


「…お茶、よければ…」


「あ、ああ…いただきます。」


ルイを私のベッドに寝かせたリアンはやっと座布団の上に座り、お茶をすする。私も対面するように座布団の上に座る。そしてお茶をすする。しかし、私たちはどちらも言葉を発することはなかった。ひたすらお茶のすする音が部屋に響き渡る。お茶を飲みすぎて、私たちの湯呑はすぐに空になってしまった。

そこから手持ち無沙汰になってしまったリアンは、湯呑を置き髪をガシガシと掻き、バツの悪そうな顔で再びソワソワし始めた。


「ねぇ、なんでそんなに落ち着きがないの?」


「いや…だって、それはさ…」


「私がソワソワするのはわかるけど、リアンはそういうタイプじゃないでしょ」


「俺だって!!……いや、それより聞きたいこと、あるんだろ」


私の言葉が図星だったのか、リアンは反論しようとした。かと思いきやすぐに冷静を取り戻し、別の話題へと変える。もしかしたら、話を逸らしたという方が正しいのかもしれないが、私は特に追及することなく疑問に思ってることを聞いてみようとした時だった。リアンの声でルイが目を覚ましてしまったのだ。


「んぅ…ど、こ……」


「あっ、ルイ!起きた?痛いところない?」


すぐさまルイの元へ行くと、どうやら驚かされてしまったようで怯えていた。


「や…やだ……」


「わっ、ごめんね!おどかすつもりは…お腹すいていない?何か食べる?」


必死にあやそうと試みるも、ルイの顔はどんどん泣き顔に変わっていく。しかしその視線は私に向けられていない。視線の先を追うと、リアンが真面目な顔でルイを見つめていた。しかしそれが怖かったのだろう、ルイはついに泣き出してしまった。


「えっ、ちょっと!リアン怖がらせないでよ!」


「いや別に、そんなつもりは…」


ルイは泣いていた。大声で泣くと思っていたが、声を押し殺して泣いている。こんな子、見たことなかった。まるで今まで何かに耐えてきたような。そのせいで変に我慢強くなってしまったのではないだろうか。しかし、身近に子供がいなかった私はどうあやしていいか分からなかった。咄嗟に私が好きな絵本を本棚から取り出し、それをルイの目の前で広げて見せた。


「ねえルイ。この絵本知ってる?めがみのうたごえ」


「…うん、ぼくそれ…す、す……」


必死に自分の気持ちを伝えようとするルイ。しかし、私の表情を怯えながら伺う様子に、この子はきっと虐待されてきたのだろうと確信した。そんなルイをなだめるように頭を撫でてあげると、少しだけど安心した表情を見せてきた。


「そっか!じゃあ、読んであげるね。むかーしむかし…」



―――むかしむかし、あるところに


とある国をまもる、めがみさまがいました。


めがみさまのうたごえは、


人々をいやし、たべものをゆたかにしてくれました。


そんなめがみさまは、ある日すきな人ができました。


しかし、すきな人はわるい人でした。


めがみさまはおちこんでしまい、


こえが出なくなりました。


そのせいで国は、


みんなびょうきになり、たべものもなくなり、


せんそうまでおきてしまいました。


めがみさまは5人にみらいをたくしました。


はかいのちからをもつ、やさしい子


みらいが見える、たにんにきょうみがない子


ことだまのちからをもつ、ひっこみじあんな子


きずをなおすちからをもつ、じぶんだいすきな子


そして、うつくしい顔を持つ、そんとくかんじょうで生きる子


そんな5人がちからをあわせて


わるいやつをたおしました


めがみさまはこえをとりもどし


国はへいわになり


またみんなでしあわせにくらしましたとさ―――



「めでたしめでたし」


話を終え、ゆっくりと絵本を閉じた。すっかり落ち着きを取り戻したルイは、私に微かな笑みを向けてくれた。ほっとしたのもつかの間、私の隣から大きなため息が聞こえてきた。



「…おとぎ話だ?くだらねぇ」


「リアン!なんてこと言うの?!」


「お前それ読んでて、違和感感じなかったのか?」


「違和感って……」


リアンに言われて、おとぎ話を回想した。確かに全く違和感がなかったわけではない。しかも今この状況で改めて読んで、おかしいとは思った。でも所詮おとぎばなし。まさかそんなわけ…


「ぼ、ぼく……ことだまの、ちからをもつ、ひっこみ…じあんな、子…?」


ルイの言葉で、バラバラに散らばっていたロジックの謎が一気に解けた気がした。

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ラスト・セレクタ 深海エレナ @elenashnk

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