第3話 言霊能力

ビルの中に入ったはいいが、この建物には6階建てにも関わらず、エレベータがなかった。まさか、この階段をあの男の子は登ったのだろうか?いや、もしかしてリアンに騙されたのか?と再び疑いそうになったが、先ほどの彼の表情が頭に浮かんだ。今は疑っている場合じゃない。可能性がある場所は今のところここしかないのだから。

無我夢中で階段を駆け上る。しばらく同じ光景が続き、終りがあるのか不安になる。

やっとのことで階段を登りきると倒れそうだったが、目に飛び込んできた光景に一気に血の気が引いていった。

なんと、柵の向こう側でビルの下を眺めている男の子の姿がそこにあった。


「はぁ、はぁ、君!待って!!」


「…っ!」


「何があったか分からないけど、そこにいると危ないよ!お姉さんと一緒に話そう?ね?」


「こ、な……で…」


6階分の階段を登って疲れ果てた身体を引きづるように、一歩ずつ、柵の向こう側にいる男の子のもとへゆっくりと近づいていく。男の子は怯えていた。何に怯えているのかは分からない。間違えてここまで来てしまい、戻るに戻れなくなってしまったのか。もしくは死のうとしているところを見つかり、阻止されるのを恐れているのか。

どちらにしろ私には関係ない。早く男の子を助けなければ。あと数メートルまで近づいた時、男の子は突然叫んだ。


「こ、来ないで!!!」


「っ…!」


驚いたのは、その子が突然大声で叫んだからではない。私の身体が急に金縛りにあったように、まるで動かなくなってしまったからだった。すると後ろから足音が聞こえた。リアンが来たのだろうと思い、すぐさま助けを求める。


「リアン!!その子を助けて!!」


「カンナ!何があったんだ?!」


「来ないでよ!!」


再び、男の子は叫んだ。するとこちらへ向かっていただろうリアンの走る足音が消えた。私と同様、リアンは私の少し後ろで固まってしまったようだ。これは偶然ではなかった。この男の子によって、私たちは動かなくなっていたのだった。


「これはまさか……おい、坊主!死ぬ前にこれだけ答えろよ」


「ちょっ、リアン!あなた何言って…」


「お前、名前は?」


「………る、い…」


「ルイ、か。なるほどな」


一人納得するリアンとは裏腹に、私は身動きが取れず、いつルイが飛び降りるか分からない状況に焦りを感じていた。ルイが再び視線をビルの下へと下ろし、片足を前に出そうとした瞬間、金縛りが解けた。でもこのままじゃ間に合わない…あの柵さえなければ…!


「ルイ!!」


走り出し柵に手をかけようとした瞬間柵が破壊され、開けたその中に無我夢中で飛び込んだ。男の子の手を掴み、もう片手でビルのへりを掴み、ぶら下がってる状態。まさに間一髪だった。

そして少し冷静になって気付いた。この状態からじゃ登るの無理かも…。


「カンナ!!!」


そこに血相を変えてやってきたリアン。ビルのへりを掴み私と同じようにぶら下がって隣に来たと思いきや、軽々と私たちを抱えて登る。再び落ちても困ると、柵から離れたところに降ろされた。

取りあえず助かったことに安堵し、ふぅと一息つくと、明らかに不機嫌そうな顔のリアンが私を見下していた。


「ビルの屋上から飛び込む奴がいるかよ!死ぬところだっただろ!」


「ご、ごめん!無我夢中で…ルイ、大丈夫?ケガはない?」


「………」


ルイはというと、どうやら死ぬと思ったのか気絶していた。


「取り敢えず、また死なれても困るからこの子は家に連れていく」


「そうだな。……俺も行く」


「ちょっと!本気で女の子の家にまで付いてくる気!?」


「……お前、俺に聞きたいこと山ほどあるだろ」


「そ、それは…」


ごもっともだった。私は口を噤む。

私一人ではこの状況を把握することは出来ない。

やはりリアンは何かを知っている。


私には、拒否する選択肢は用意されていなかった。


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