第2話 小さな男の子

「それで、いつまで付いてくるつもり?」


ショッピング街を人混みを縫うように歩きながら、私の数歩後ろを歩く彼に言葉を向けた。街並みに目を向ける横顔、改めてその精悍な顔立ちに見とれてしまいそうだった。何故突然私に話しかけたのだろうか。何故あんなことを言ったのだろうか。そして、私の聞き違いでなければ……私は以前、彼と会ったことがあるのだろうか。


「そうだな…とりあえず、お前は24時間以内に俺を好きになるから…」


「ま、まさか私の家に来るなんて言わないよね?!さすがに今日会ったばかりの男の人を家に連れ込むほど、落ちぶれてないので…!」


いつの間に隣に来ていたリアンは、私の肩に手を置いて声を殺して笑っていた。


「へぇ…でも、しばらく男は出来てないだろ?その様子じゃ……」


すると突然、リアンの笑い声が止まった。そして勢いよく後ろを振り返るその顔は、尋常じゃないほど切羽詰まった顔をしていた。しかしすぐに我に返ったように私の顔を見るなり「行こう」と促した。私はあんな顔を見て、スルー出来るはずがなかった。


「なに?今の男の子…何かあったの?」


「いや……人違いだったようだ」


これ以上は詮索無用とばかりに、一人歩きだす。私は男の子から目を離せないでいた。リアンの反応はともかく、こんなに人が多い場所で、子供一人で歩いてるなんてどう考えたっておかしな話だ。もしかしたらお母さんとはぐれて迷子になっているかもしれない。

すると男の子は横道に入っていった。思わず来た道を戻るように走り出す。人の流れに逆らって進むのは、思いのほか時間がかかった。見逃してはいけない、本能が警鐘を鳴らしていた。早く、早く…男の子を見失わないように…もっと早く走って…!


やっとのことで横道へ入った瞬間、後ろから腕を掴まれた。


「待てよ!俺達には関係ないだろ!」


「何が関係ないの?迷子になってるかもしれないんだよ!?それか…ほかに何か、理由があるの?」


「それは…」


私の質問に対して言葉を濁す彼。どうやらどうしても言いたくないらしい。バツの悪そうな顔で私から顔をそらし、渋り続ける彼に痺れを切らした私は腕を振り払った。そして「さよなら」と告げると、予想外にも辛そうな顔を私に向けた。一瞬ためらったが、今は男の子を探さなくてはならない。後ろ髪を引かれながらも、リアンに背を向けて再び走り始めた。


あれからどのくらい走ったか分からない。男の子の姿は一向に見つからなかった。

私の体力も限界に近づく。壁に手をついて息を整えながら、横道に入るときの男の子の顔を思い出した。あの時、何か意志を持ったような、決意したような表情をしていた。それは年相応のあどけない表情とはかけ離れていたように思える。そしてリアンの反応も踏まえると…ここで諦めたら、私はきっと後悔する。そんな気がしていた。


「なんだろ、こんなに熱くなっちゃって。私にしては珍しい」


思わず笑いが漏れた。そう、私は平凡な日常を送ってきた。一般家庭で、普通に育って、普通…でもないけど恋愛して、普通のOLになった。何一つ、特別なことはない。特に不満も抱えてなかった。ただ…――


何かが足りない。そんな気持ちを抱えながらいつも生きてきた。


「はぁはぁ…やっと見つけた」


聞こえるはずのない声に驚いて顔を上げた。そこには私と同じように息を整えるリアンの姿。ずっと探してくれていたのだろうか、汗がしたたり落ち、かなり息が上がっている。でも、私の彼に対する不信感はまだ拭えていない。すぐに顔をそらした。


「…何しに、来たの?」


「はぁ、はぁ…そこの、ビルの…屋上にいる…」


息も絶え絶えにそう囁いた言葉とともに、彼が指さしたビルを見上げた。そしてリアンの顔を再び見つめる。嘘をついているようには思えなかった。訴えるような顔。まるで、頼む、俺を信じてくれ。なんて言っているかのような。ここは彼を信じ、私は走ってビルの中へと入っていった。

少し考えたあと、私の後を追うように、リアンもビルの中へと入っていった。



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