初夜編 棺桶の上で踊るプリマ達06

「良い光景だな」


 コンラッドは、若者二人のやりとりをしっかりと聞いていた。とても清らかで、美しく、また白々しい。美しく 正しく 初々しさを見せつけられた彼は、彼らの関係を汚したいと思い、彼女を欲した。彼は、村の領主だ。初夜権の名の下、権力を振るえば、大抵のものは手に出来る。眉間に皺を寄せる者はいれども、彼を、合理的に論理的に止める事が出来る人間はこの場にいない。薄く、脆い二人の空間を壊す事すら、彼は厭わない。その不用意な背中は、欲望に惹かれる彼を誘うセックスシンボル。抗う事はできない。

 

「トラン、良かったな。夫と再会できて」


 突然、彼女は背中から抱きつかれた。ベルは息を飲む。警戒範囲は自分の視野のみ。背後のことなど気にせず、意識はオリヴァの頬にへばりついた白い皮膚に注がれていた。警戒不足。己の不用意さに心の底から嫌悪感が引きずり出される。


「本当に良かったです。ずーっと頭の悪い人間達と話をしていたので、頭が痛くなっていました。もう、頭の悪い人間に振り回されるのはゴメンです」


 己の不手際を責任転嫁した。棘のある言い草に、コンラッドは身体を震わせて笑う。強い言葉を発しても、今の彼女は無力。抱きついた瞬間、手にしていた短刀は、手首を反らし、地面に落とした。ジンジンと力が抜ける鈍痛。腰を労わるような手つきで臀部を弄る不快感。顔を伏せ、唇を噛み締める。必死に小さな体をゆすり、コンラッドからの拘束を解こうとする。そうすればそうするほど、背後からコンラッドは吐息を漏らし歓喜の声をあげるのだ。オリヴァは、ベルを助けようとコンラッドに近寄るも、その手を遮るものがいた。親方である。


「トラン。君の夫は、我々の課した試練をくぐり抜け、征服者として我々の村の一員となった。君もこの村の女になるならば、村の子を孕んでもらわなければ困るのだ」

「お断りします。村人の一員になりたいとは言いましたが、あなたの子を宿したいだなんて思わない。おまけに、ここの村人みたいな頭の悪い子を身籠ったら、子供が不幸よ。子供だってね、バカの血脈なんて受け継ぎたくないわ」


 ベルは顔を上げ、負けじと声を張り上げ、コンラッドと村人を罵倒した。被っていた猫の皮は、投げ捨てた。しかし、投げ捨てた皮を拾い上げ、村人をしばき上げない。とは言っていない。物語病の患者トリトン村の人々。彼女が嫌う現実を直視しない人々へ吐き捨てたい言葉を、ようやくぶつけられ、彼女の心は一瞬、透き通るように穏やかになった。村人は、ベルに怒声を浴びせる。侮蔑の表情も送った。ベルの思った通りの反応が帰って来れば来るだけ、浮き足立った心が地に足がつく。


(事実を言って、顔を真っ赤にする人っておっもしろーい)


 ニヤニヤとイヤらしい笑顔を浮かべた彼女に、コンラッドも同じ笑みを浮かべた。


「つれぬ事を言うな。とても、興奮するじゃないか」


 窮地に立っても、敵の喉仏を食いちぎろうとする気概。 その姿は、コンラッドの好みの姿である。

コンラッドは下卑た笑顔を浮かべ、顎をしゃくる。コンラッドが指示を出したのは親方であった。親方は、確認するよう、背後を振り返り、コンラッドの顔を見つめる。領主はもう一度、顎をしゃくると、「了承」の意味を込め、深く頷いた。


 親方は、高い視線からオリヴァを見下ろす。親方が手にしているのは、彼らしい大きい得物。幹の太い柄を杖のように体重を乗せている。羽を広げた鳥のように幅広の刃。刃を覆う布を剥ぎ、空へ投げ捨てると、彼の得物が姿を表す。

 両手持ち 両刃のツーハンドアックス。平時は、他の兵士と同じようロングソードを愛用しているが、「此処一番」という時にだけ、彼の得物は姿を見せる。「一振撃命」 自警団を引退した村人がポツリと漏らした。その言葉には説得力がある。一度、彼がツーハンドアックスを振れば、肉塊は出来上がるに違いない。


「親方」


 ツーハンドアックスを持った上司。意味の重さを知り、何人かの自警団員は彼に駆け寄る。だが、親方の鋭い怒鳴り声に、彼らの足はピタリと止まる。


「これは、コンラッド様が俺に与えた仕事だ。お前らは、コンラッド様をお守りしろ」


 親方の射抜く眼光に、自警団員達はなすすべくなく、ズコズコと引き下がっていく。オリヴァに視線を戻すほんの一瞬、彼はベルを見る。眉間に皺を寄せ、必死に抵抗する女性の姿を彼は確かにその目で捉えていた。


「どいてくれませんか?」


 オリヴァは、感情を抑えた声で親方に言う。背後から、親方をけしかけるよう、コンラッドは声を投げた。


「親方、ロサリオは魔獣の心臓を喰った征服者ばい。丁重に扱え。まぁ、扱えきれなければ、君が、彼の心臓を喰い、更なる征服者となっても良いんばい」


 それだけを言うと、コンラッドは豪快に笑った。ベルの服の下に手を潜り込ませ、脇腹からゆっくりと上へ上へと動かしていく。ナメクジが這い寄る心地悪さに、ベルは首を振り、彼から逃れようと身をよじる。そうすれば、そうするほど、彼は、あえて彼女が嫌がる屈辱的な嫌がらせを嬉々として行うのだ。ベルの声とコンラッドを耳にし、親方の表情が消えていく。


「どいてくれませんか?」


 オリヴァは重ねて親方に言う。彼は、柄を握る手に力を込め、感情を押し殺すように口を開く。


「俺はひかん」


 短い一言に、オリヴァの眉間に皺が寄る。


「人をどかすな。己でどかせ」


 そして、言葉を続けた。


「いい機会だ。ロサリオ。男は戦場いくさばの花。花は、咲く姿も、散る姿も美しい。一瞬の刹那に見る魂の輝き。男は、魂の輝きで世界を照らす生き者でなければならない。だから、進め! 戦え! 喰い散らかせ。貴様が、魔獣の心臓を喰らい、誰よりも獣に近づいたのならば、咲かせろ! 見せろ! その生き様を!」


 そう言うと、親方はツーハンドアックスを振り上げ、オリヴァの足と足の間に刃を叩き入れた。飛び散る砂利と小石。ワンテンポ遅れ、オリヴァは背後へ飛び退いた。


「貴様は、女を守るのだろう。貴様は、守るものがあるのだろう。ならば、守るべき物 守るべき人を守り通せ。己を喰い殺せ。死ぬ気で足掻け! 俺から、その娘を守れ。ロサリオおおおおおおおおおおお」



 親方は、刃を地面から抜くと、引きずりながらオリヴァを追いかける。彼が射程に入った。と判断すると、彼はオリヴァの首めがけ、ツーハンドアックスを振るう。オリヴァは身をかがめ、振り下ろされるツーハンドアックスに巻き込まれないよう、受け身の体制で体を転がす。


(うるさい。そんな事。そのような事言われなくとも。俺は。守るべきものを守る。足掻いて足掻いて。俺は、絶対に筆頭侍従に戻るんだ。キルク様の下へ俺は戻るんだ)


 オリヴァは親方の動きを見て、行動を予測する。彼に対抗しように彼が持っているのは、エイドから借りた命の剣。残念ながら、刃が欠けている。ツーハンドアックスを前にすれば、労して効なし。

 残る選択肢は、持久戦。そうなると、魔獣戦で、精も根もつき果たしたオリヴァには分が悪い。相手は、益荒男を束ねる自警団のいただき。体がバケモノ。オリヴァは忌々しく舌打ちをし、思考を巡らす。ベルと共にこの村から逃げ出す事。初夜権の証拠品であるベルはなんとしてでも王都に届けなければならないのだ。そうこう考えているうちに、ベル達の近くへやってきた。

 コンラッドは目をキラキラさせ、オリヴァと親方の戦いを見つめている。ベルの頭に顎を乗せ、彼女の足の間に自分の足を絡ませ拘束している。そんな彼女の姿を見て、ここからどうすれば。と思っていた時だ。


「伏せろ」


 その声は、二人に投げられた声。

 オリヴァはコンラッドの体にタックルをすると、そのままベルを横から奪い、ぐるぐると地面へもつれ込んだ。

 オリヴァがベルを奪取した時と同じタイミングで、二人のの頭上で、重たい物体が、轟音を立て、空気を切り裂く。切り裂かれた空気に色が混じる。己の異質さを示すよう、濁った臭いが強烈に二人の鼻腔に突き立てられた。

 


オリヴァの体の中に収まったベル。薄い瞼にチクチクと非難がましい視線が途切れ途切れに刺さっている。うっすら目を開けると、視線の主は目の前にいた。オリヴァもベルも口を真一文字に締め、主を見つめる。


 領主コンラッドの首が、大地から生えていた。


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