初夜編 棺桶の上で踊るプリマ達02

(狂っている)


オリヴァは、ようやくコンラッドが、遺骸を魔獣と即断したのかを理解した。

 魔獣という認定さえ、出来れば、村人は満足する。

 彼らが、欲しているのは、魔獣を倒した。という事実。例え、新しい魔獣が現われたとしても関係ない。ロサリオに倒させても良いし、また「魔獣を倒した」という事実を作り上げればよい。

 「」という事実があれば、彼らは、コトウに打ち勝てる。という根拠のない自信を固定させ、生活できるのだ。

 聖剣に愛され、聖剣に寵愛を受けたというプライドと共に。

 では、どうやって、新しい魔獣に対応させるのか。次なる問題である。それが、ロサリオに役目である。彼という駒を魔獣にあて、勝とうが負けようが、適当に追い払わせるだけ。ロサリオの目の前には、トランというニンジンが常にぶら下がっている。手を抜いて、対処する事はない。と皆、ふんでいる。


(魔獣の殺人と、魔獣の心臓を喰らう。本当に俺が禁忌を犯すかだなんて、どうでも良い。魔獣を殺した。という形が欲しいだけだ。でも、俺は知っている。コレは、魔獣の遺骸で、魔獣そのもの。元聖職者。聖職者を殺し、魔獣の心臓を喰らえば、俺は、一体、どうなるのだ)


 オリヴァの絶望した顔は、彼の中で嘆く娘を刺激する。止めろ。と娘は父親に嘆願する。非人道的行為を制ししたいが、彼の身体はその場から動かない。代わりに、全身の毛は逆立ち、鳥肌が立つ。得物を握る手は、寒さに震えている。


「珍しい親方。君も体調不良かね?」

「いいえ。違います」

「それなら、この現場をしかと見届けよ。かつていた領主も自警団の団長も見たことがない。魔獣の心臓が喰われ、気高き征服者がこの村に誕生するのだ」


 親方の言葉の後、オリヴァの身体は、アヌイの下腹部に乗せられる。駄々をこねる子供のように、首を横に振り、口をきつく閉めていた。だが、ぬっと大きな手が、背後から顎を掴む。別の方向から手が 手が 手が。あの触手を思わせる太い指がオリヴァの顔全体を覆う。彼の顔のパーツで見えるのは、筋の通った鼻筋の一部と鼻頭だけだ。


「さぁ。ロサリオ。食うのだ」


 コンラッドの言葉の後、村人は合唱するかのように言葉を重ねた。


「食え」

「食え」

「くえ」

「くえ」


 手拍子と共に、言葉を重ねる。音の大きな手が、最後にオリヴァの頭を遺骸に押し付ける。

 口を開かないオリヴァに頬の穴から指が入った。大の男の力の前に、非力なオリヴァは、無力だ。奥歯にありったけの力を込めても、奥歯は少しずつ浮いていく。髪の毛一本通るぐらいの隙間はいつしか、指が一本入るほどの大きさになっていた。自警団員は空いた奥歯に指を滑り込ませ、オリヴァの顎を開いていく。ある自警団員は、反対の頬の穴に指を突っ込み、彼の舌を掴んだ。跡は、生理反応というしかない。女のような甲高い声をあげ、口が開く。

 今だと、アヌイの心臓は太い血管を千切り、自らオリヴァの口の中へ飛び込んできた。

屈強な男たちの指をかき分け、口腔内に侵入する。狭い軌道を無理やり拡張させ、難所を越えると、ポチャンと音を立て、胃袋の奥へ 奥へ沈んでいく。手を伸ばそうとしても、もう誰の手にも届かない。深遠へ消えてしまったのだ。


(食べてしまった)


オリヴァ・グッツェーは、禁忌を犯した。


“死んだ人の肉を食べるな”


 取り返しの付かない過ち。トリトン村の人々は、拍手で彼を祝福する。だが、これのどこに救いがあるのだろう。

 禁忌を犯した以上、大いなる意思は、彼を見放す。偉大なものの加護を失いし者は、アヌイのような惨めな末路しか約束されないのかもしれない。


(キルク様。キルク様)


 オリヴァは心の中で主の名前を呼ぶ。服の上から胸をかきむしり、虫唾が走る嫌悪を必死に謝罪した。


(私は、過ちを犯しました。このような過ちを犯しても、私は貴方の傍にいてもよろしいのでしょうか。また、筆頭侍従に戻ってもよいのでしょうか)


  彼の瞳から一筋暖かいものがこぼれ落ちた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る