初夜編 棺桶の上で踊るプリマ達01

「おめぇ、本当にロサリオかい?」


 村の入り口では人だかりが出来ていた。

彼は、魔獣アヌイの体を引きずり、トリトン村まで戻ってきた。門扉の柱にもたれかかり、酷く憔悴している。。


「ヨソもんがよーやるばい」


 誰かが漏らした一言に無言の同意が広がる。

 人々は訝しげに、彼を見つめ、そして、真っ黒に縮んだ塊を凝視している。


「アレは本当になんかい?」


 別の村人がポツリと呟く。失言を戒めるよう「シッ」と叱責する声が聞こえた。オリヴァは顔を動かし、村人の顔を見る。彼のポッカリと穴の空いた頬を見て、「ひっ」と小さな悲鳴があがった。彼は、笑おうと口元を歪める。だが、笑顔にはならず、口元と目は訴える表情が異なり、彼らを小馬鹿にした表情となっていた。


「どけどけどけええええぇぇぇぇい! トリトン村の秩序を守る自警団員が颯爽と登場ばあああああああい」


 人だかりを散らすよう、自警団員達が現われた。


(バカが来た)


溜息のつもりで息を漏らすと、開いた頬肉に火鉢を押し付けられた痛みが走った。自警団員達は、甲冑を鳴らし、オリヴァの顔を見ると、血気盛んな男が口を開く。


「なんじゃー。われ。一緒に出て行ったカタルカさんはどげんしたっとね」


 オリヴァはキョトンと目を丸める。発言者は、舌打ちをすると、大きな言葉で言葉を変えた。


「馭者の男ったい。ぎょーしゃのカタルカー。どげんしたんかい。っち聞いちょるとね」


 オリヴァは暫しの空白の後、納得した様子で首を横に振る。馭者の男 カタルカ。付き合いは短く、つい昨日死別お別れしたばかりである。昨日の出来事であるのに、ひどく昔の話であるように思えた。

 自警団員達は、カタルカの死をどこかで予想していたようで、諦めたような表情を浮かべる。そして、その後に待っている残務処理に辟易しているようだ。


「わかったばい。そう言う事になったんやな」


 先ほどの男がオリヴァに声をかける。


「無事に帰ってきた。もう、


 その一言にオリヴァは安堵した。ようやく、まともな場所で休めると安心した時である。自警団員の一人が、オリヴァの髪を背後から掴んだ。


「せやけんど、お前の話、よーけ、聞かせてもらうきんね」


 男達は身を屈め、オリヴァの顔を見ると、皆に聞こえるように大きな声で叫んだ。


「誰かー。音の剣ば持ってこんね。コイツ、頬肉ないんばい」


 どっと起こる笑い。アヌイの時に感じた悪臭と同じ、ハラワタが腐った空気を感じた。ゲラゲラと笑いながら、オリヴァをその場に座らせ、後ろ手を縛り上げる。小柄の団員の男が小ぶりの剣を持ってきた。その中身を確認すると、オリヴァの顔を一瞥し、含みを込めた笑いを浮かべる。オリヴァの髪の毛を掴んでいる男は、彼の背を激しく蹴った。反動で、頭は、天を仰ぎ、曲芸師みたく背を反らせる。無防備なオリヴァの首。音の剣が剥き身のまま宛てられた。騒げば殺す。という事を示していた。


「コンラッド様が到着するまで、ちょっくら俺達の話ば、聞いちょくれんね」


 ある自警団員がそう言った。そして、彼らによる青空の取調べが始まるのである。




「いやぁ。ロサリオ君。よくやってくれた」


 青空取調べの最中、彼らはやってきた。

 村の権力を象徴するような脂ののった身体。榛色の瞳を爛々と輝かせ、口の端を嫌みったらしく吊り上げる。質の良い藍色の服に袖を通し、大げさな身振り手振りでオリヴァに声をかけた。


「君は、この村の勇者と言っても良い存在だ。本当に、魔獣を殺したのならばな」


 コンラッドの一言に、オリヴァの眼球が素早く動く。コンラッドの語尾に含まれる不愉快な一言に、彼の感情は面白く動いた。彼の殺気立つ視線を不遜とみなし、自警団員はオリヴァの首に当てていた刃を薄い皮膚の下に埋め込む。刃の居場所を示すよう、彼の太い首から、赤い液体がぷっくりとにじみ出た。咽仏を動かせば、声帯は、その役目を終えるであろう。

 自警団員の荒ぶる不必要な加虐性を、コンラッドの傍に立っている親方は許すわけがない。彼の短い叱責に、自警団員は皆、われに返る。背中に針金を入れ込んだように、ピンと背筋をただし、直立する。団員達の反応を、コンラッドは粘度の高い視線で見つめた。ニチャァと音を立て、領主の口が開かれた。


「良い。話を聞こう」


 団員達は、姿勢を崩さず、直立の姿勢のまま報告した。


「生還者1名 ロサリオ」

「死者 1名 自警団員カタルカ」

「生還者報告。魔獣は女性にょしょう人形ヒトガタ。馬の四肢を素手で千切る強力の持ち主」

「人語を解し、また会話も可能」

「ロサリオの報告によれば、聖職者の真似事が出来るほど、高度な知能を有するとの事」

「なお、カタルカは魔獣の手により殺害されたとの事」


 オリヴァを取り囲んでいた自警団員が彼から引き出した情報を報告する。カタルカの死の報告の際、泣き叫ぶ女の声がした。カタルカの妻だ。彼女は村の者に支えられるようにして建物の中へ消えていく。オリヴァの彼女の叫びを、背を反らせたまま聞くのであった。

 コンラッドは、自警団員の報告と縮こまった遺骸を見つめる。フンと鼻づまりを取るよう鼻を鳴らすと、オリヴァの前に屈んだ。

 自警団員たちは、反らせていた彼の身体を丸め、コンラッドの目の高さに彼の顔を合わせる。無論、彼の首には音の刃が宛がわれたままだ。


「ロサリオ、私から君に質問しよう。魔獣の瞳の色は何色だったかね」


 オリヴァは口を開き、声帯を震わせる。音の剣は、声帯の振り幅を正確に捉え、彼の声を代理し、言葉を紡いだ。


「緋……色」


 短い返答である。だが、それで十分だ。コンラッドは満足そうに頷くと立ち上がり、両手を広げ、高らかに宣言した。


「そうだ。その瞳の色こそ魔獣。女の姿で聖職者の言葉を借り、人を刈る。緋色のケダモノ。まさに我々の敵。魔獣だ」


 コンラッドは頬を赤く染め、口上を続ける。


「今日は良き日だ。偉大にして最高の領主。マルト以降の出来事だ。人間の仇敵 魔獣を殺害した。喜べ、皆、喜ぶのだ。我々は、また勝ってしまったのだ」


 コンラッドの言葉にトキが上がる。人々は、魔獣の死を喜んでいる。だが、そう結論づけるには、あまりにも短絡的過ぎるとオリヴァは思った。

 目の前で萎縮し、背を丸めた遺骸。オリヴァはその遺骸は魔獣のものであると知っているが、オリヴァ以外の者は、その遺骸は魔獣であると断言できないはず。そもそも、彼は、目の前にある丸まったものを魔獣と何故か言えるのだろうか。

遺骸には、緋色の瞳の他に特徴的だった黒々とした髪も透き通る肌は無いというのに。

オリヴァが浮かべる表情にコンラッドは気づいた。


「何か不満があるのかね?

「いえ、別に」

「それなら、君も喜ぶがいい」


オリヴァはコンラッドの勧めに乗らなかった。喜びに浸れる程の歓待すら受けていない。


「あぁ。そうだ。ロサリオ。君は、王都にいた時、聖職者の話 説法などを聞いた事はあるか?」


にはある。だが、には無い。


「この村の人間は聖職者の言葉を聞いた。無論。私もだ。あれは、村にある御堂が出来上がった時の記念の説法会だった。その聖職者が言った言葉がなかなか忘れずにいる」


コンラッドは一拍の間を置き、口を開いた。


「大いなる意志は人間に3つの禁忌を科した。

一つ 不必要に人を殺すな

二つ 死んだ人の肉体を食らうな

三つ 死んだ人を姦淫するな

大いなる意志は、何故このような禁忌を科したか、わかるかね」


オリヴァは答えない。人間に科した3つの禁忌の話は初めて聞く話だった。だが、その趣旨は理解できる。


「一つはな、人間の尊厳を守るためだ。いやぁ。これには驚かされた。そういう細かな配慮を大いなる意志は重んじられるのかと思うと、我々も反省しないとなぁと」


コンラッドは自分の額を態とらしくペシペシと叩く

彼はをしてこの言葉を口にする。聖職者に説かれるまでもなく、そのような行為は野蛮な行為として、原則推奨しない。だが、一方村人はどうだ。歳を重ねた者は渋い顔をしている。それだけではなく、一部の村人は、笑いの延長線でヘラヘラと軽い表情を浮かべている。その表情がいやに目についた。


「フフフーン。そしてだね、ロサリオ君。私は、君に一つ言うことを忘れていたんだ」


コンラッドは上機嫌に口を開く。


「あの魔獣は、元はだ」


オリヴァの中でブチリと何かが大きく音を立てて壊れた。彼の頭の中で魔獣の姿が思い起こされる。

魔獣となった聖女を殺した。 非道徳的な過ちに、クラクラと乾いた大地が揺れ動くのを感じた。


「彼女は、人から魔獣へ身をだけではない。彼女は、人の身でありながら、不必要に村人を、その肉を干していた。噂によれば、最初の犠牲者ジェフの体は姦淫されていたそうだ」


コンラッドはオリヴァに背を向ける。饒舌となった口は、止まることを知らない。


「あぁ。あぁ。禁忌の話に戻るがね。どうして人間にそういう禁忌を課したのか。これは、あくまで私とエイドの考えでもあるんだが。大いなる意志は、聖剣に匹敵する人間の存在を恐れたのではないかね」


自警団員の中からクスクスと笑いが起きる。オリヴァの耳にはその声は届かない。


「英雄 豪傑は、言い方を変えれば、征服者。人間の身体を壊し、汚辱する。自らの血肉とする事がなんざ、征服者の冠を頂くならば当たり前の事であろう。だが、この行為が連綿と続き、一本の糸となった時。人の全てを征服し、糧とした征服者の頂点に立つ者の力は? それこそ、聖剣と肩を並べる力の持ち主かもしれない。だから、大いなる意志は、3つの禁忌を科したのだ。なぁに。人を食うには、人を殺さなければならない。人を殺した時点で禁忌は犯しているのだよ。ロサリオ君」


コンラッドは自警団の男に目配せをする。彼は、コンラッドの意志を汲み取ると、腰に下げていた剣を抜いた。

彼は、黒い遺骸の前に立つと、手慣れた手つきで遺骸の解体を始めた。くの字二曲がった腕の部分を肩から切り分ける。足も同じ要領だ。体をひっくり返し、背骨に沿い、刃を縦に入れる。その次に、繊維に逆らい、細めに、刃を横に入れる。体をもう一度ひっくり返し、肩に掌を置くと、彼は渾身の力を遺骸にこめた。

体がぴしゃっと崩れる音と共に丸まった遺骸の背中が反る形に変化する。男は服の裾で刃についたすすを落とし、胸部に剣を刺した。剣を真っ直ぐに下腹部辺りまで下ろすと、剣を投げ捨て、両手で胸部の切れ込みに指を入れる。果物から果肉

取り出す要領で胸部を開くと、そこには手のひら大のがあった。

今にも動き出しそうな筋肉のハリ。青黒い細い血管 深紅の太い2本の血管。体は水分を失っている。だが、心臓だけは今もみずみずしく、ひひ色を保っていた。


「征服者となれ。ロサリオ。人の禁忌を犯した魔獣の力だ。お前も人の禁忌を犯している。禁忌を超え、あらゆる者を超越した征服者のひとりとなるのだ。我々の村は、征服者ロサリオを歓迎しよう。我々は、征服者ロサリオが村の一員となることを心から求める」


魔獣の首が刎ねられた。彼女の首は群衆の中へ投げ込まれる。人々は、縁起物に触れようと手を伸ばす。首に差しのばされる 手 手 手。血から生えた不気味な職種は魔獣の首を捉え、ワサワサと取り込んでいった。

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