初夜編 夢魅る少女じゃいられない02

 コンラッドの寝室から逃げ出し、1階下の3階へ。ここからは、階層の造りが異なる。1階は、ただただ平面。2階 3階とロの字が積重なり、各階それぞれ6つの部屋が存在している。吹き抜け部分に風が舞えば、3階まで手を伸ばせることだろう。


(そういえば、1階の床って特徴的だったよね)


 ベルは手すりにもたれかかり、底を覗き込む。だが、奇抜な色の組み合わせの市松模様のタイルは見えなかった。


(昼間だったら、さぞかしお上品に見えたでしょうね。あぁ。残念)


 ベルはもう一度「残念」と重ねる。現在、この邸宅は闇が支配している。皆がするように身を乗り出せば、下に漂う闇が彼女の身体をパクリと飲み込んでしまう。得体の知れない生き物がとぐろ巻き生暖かい吐息をベルの頬を撫でる。ブルリと身体が震える。身体が冷えた証拠だ。と言い聞かせ、手すりから手を離す。気を抜いたのだろう。米神から大きな雫が滴り落ちる。慌てて拭い、手にしていた短剣をブーツに収納する。


(とりあえず、服を回収しなきゃ)


 マナを注ぎこみすぎたせいで、彼女の指先は強張っていた。気分を落ち着かせるべく、掌から指先をグニグニと手で解す。血が走る僅かな感触が戻ってきた。最後に、息を吹きかけ、掌を壁につく。


(宝探しをはじめますか)



 3階層には6つの部屋がある。暗闇の中、ベルは指先の感覚一つで目的地を探す。連なる壁。平らな平地を彼女の指先は駆け抜ける。暗闇の中、眼を凝らし、音と感触だけで目当てのものを探し出す。時折、巨木額縁モニュメントに当たるも、指先は軽やかに巨木を踏み倒し、石を蹴倒す。限りない平原。ただ違うのは、この平原には規則正しく6つのドア枠がある事だ。そして崖と崖の間に大きな岩場ドアノブがある。ベルの指は一つ目の崖を軽やかに飛び立つ。崖と崖の間にある大きな岩場に着地すると、ベルの足は止まる。彼女は、岩場を丹念に触った。


(違う)


 岩場は彼女の望むものではなかった。落胆した素振りも無く、彼女の指は、岩場から飛び立ち、崖を越える。そうして、指は再び平原を駆け巡る。そう繰り返すこと2回。手ごたえは無かった。

 廊下の角を2回曲がり、反対のエリアに出る。こちらにも3つ部屋がある。ベルは先程と同じ様、指を走らせる。1つの部屋を越え、2つ目の部屋に差し掛かった時だ。ドアノブを撫で回すと、下側に、削られたような感触に当たった。ベルは身体の向きを変え、もう一度ドアノブに触れた。鋭い切り口。深い溝。


(当たり)


 彼女の口元が歪んだ。ドアノブを捻る。施錠された音はない。

 ギギギと軋んだ音が切なそうに口を開く。人の厚みほどの隙間を作り、身体を潜り込ませ部屋に潜り込んだ。


 後手でドアを閉め、クルリとドアに背を向ける。常闇が支配する部屋。人の気配は感じられない。試しに床を鳴らしてみるが何も反応は無い。暫く息を殺し様子を伺ったが、特段の変化は見られなかった。

 ベルは目を細め、室内を睨みながら窓に背を向ける。ドアノブは握ったままだ。反対の手で、ドアの表面を撫でる。ワシャワシャと撫で回す様は馬の毛並みを確かめる手つきに似ていた。撫でまわし撫でまわし、彼女の眉間に皺がよる。指先にチクリと棘が刺さる傷みが走ったのだ。

 ベルの棘の場所を探すべく、今度は人差し指で周辺を撫でる。獲物はすぐに見つかり、輪郭を確かめ引っこ抜いた。

 ひんやりと冷たい。硬質の感触だ。モノは試しと自らのマナを注ぎ込むと、先端からポワッと種火が起きる。


(火の剣の破片ね)


 部屋の中に淡い光が灯る。光を頼りに彼女はあるものを探した。壁にかかる薪だ。目的物はすぐに見付かる。顔を出している枝に、破片を刺す。種火は枝を食い、一人前の灯りとなった。

 室内にが生まれ、あっという間に一人前の灯りとなった。

 明るい室内。やはり、人はいない。

 そこにあるのは、一人用のベット。上には女性用の服が畳んで置かれていた。


(ふふふーん。ベルちゃんって日ごろの行いが良いから、やっぱりこういう時にツいてるんだよね)


 こぼれる笑みをこらえ切れず、勢い良くを広げてみた。

 置かれていたのは濃紺ジャケットと胸の開いたシャツ。そして、黒のショートパンツだ。


(はあ?)


 ベルの眉間に深い とても深い皺が刻まれる。自分の身の丈にあうか、服を宛ててみるも、シャツは完全にヘソが見えている。前屈みになれば黒のショートパンツから尻の割れ目は見える。


(あのさぁ。どーいう基準なの? これ。ってか、これ着てた人ってどんだけ幼女体系なの?)


 一人でブツクサと文句を零すと、パンツのポケットからスルリと何かが落ちた。

 「あっ」と小さく声を上げると、灰色の絨毯にソレは落ちた。赤褐色の鍵だ。鍵を拾い上げ、光に当てる。何か刻まれていないか丹念に眼を凝らすも目立った傷は見当たらない。相当使い込まれたようで赤褐色はツヤがかかっていた。暫く見つめると、鍵を口にくわえ、シャツとジャケットに袖を通す。

 続いて、ショートパンツに足を突っ込むのだが。これがなかなかの厄介者である。

ベルの太ももに引っかかり、なかなか上がらない。


(全く。困るのよね。平均を知らない人って。自分が一番って勝手に思い込んでさ。細けりゃそれにあわせろ。ってすごーく傲慢じゃない?)


 ベルはベットの上に寝転がり、身体をよじるも、動かない。足をばたつかせるも、パンツはその場から動かなかった。

 勢い良く引きあがれば、更に強く太ももに食い込んでいく。

 それならば、今度は前屈みだ。とベットから降りる。


「フンヌっ!」


 彼女の作戦は成功だ。飛び降りた勢いにパンツは負け、一気に腰まで上がった。その代わり、ミリミリミリッとパンツのどこが裂けた音がした。

 何事も無い表情でボタンを締める。


 ムチムチッッ


 ベルの表情は完全に固まった。自分の中で何かが終わった音が聞こえる。

 彼女は、尻の割れ目辺りから涼しい風を感じた。


 ベルはしばらくその姿勢のまま、パンツの上に乗っかっている柔らかな肉を摘む。プニプニと赤子の頬みたいな柔らかな弾力。肉は優しくベルの心をなでてくれた。


(贅肉とは贅沢な肉を言うのです)


 肉は、そう囁いた。

 姿勢を正し、ジャケットの裾を引っ張るも、ズボンの上に乗る横っ腹と下腹は隠せなかった。


(こ、この肉は……)

 

 身に覚えがないとは言えない。

 思い返せば、コンラッドの部屋の中では、寝る。食うをローテーションしていた。

 暇になれば、ドアの外にいる自警団に「30秒以内に菓子を持ってこなきゃお前に性的悪戯を受けた。ってコンラッド様に言いつけるよ」とおねだり恫喝し、砂糖タップリの菓子をむしゃむしゃと頬張っていた。

 食事時は、

 主食 白米

 主菜 白米

 副菜 白米 とその他。

と白米三昧。ベル曰く、トリトン村の白米は王都で食べる白米と比べものにならないほど甘みが強いらしい。一度食べれば彼女の手がとまらない。

 おいしそうに白米を頬張るベルの姿を見て、コンラッドはとても喜んだ。


「そうか。そうか。そんなに美味か。トラン。ほれ。それなら、私の白米も食べんね。ほらほぉら」

「うん。トラン、白米だーいすき! 白米を分けてくれるコンラッド様、もーっとだいすきぃ!」

「ほほぉ。トランは良い子だなぁ。そうかそうか。それなら、私の白米全部食べんね」


 そうやってこんもりと積もっていく白米の器。彼女はもう一度、自分の横腹を触った。


(この肉は! この村にいる男どもに! 獣のような視線から私を守るための鉄の壁。肉に見える壁。えぇ。鉄壁よ。無駄な肉じゃない。必要な肉。だから、贅肉じゃない。誰がなんと言おうと、これは贅肉じゃない)


 そう自分に言い聞かせ、カギをパンツに中に捻りこむ。


(でも、絶対に痩せよう)


 そう誓うのであった。

 

 

 自分を騙す事で、一つ落ち着きを取り戻す。枝にさしこんだ剣の欠けらに息を吹きかける。二度三度と念入りに欠けらに息を吹きかけて熱を冷まし、細い枝を一本手折り、ドアの前に立つ。


(泣いても笑っても、明日になれば私はこの村から抜け出せる。情を持つな。押し殺せ。略奪しろ。ベル。ブツも情報も。あらん限りの簒奪を。収奪を。私を静めるほど成果を手にしろ)


音の剣でドアノブに傷を付けると、そのまま部屋を飛び出す。

彼女が目指す先は執務室のある地下だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る